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魔法少女リリカルなのは Reflection 04

 今日の無念はフローリアン家のものだけではなかった。
 いつからか、研究員たちの間で合言葉のようになったフレーズがある。
『このエルトリアを、いつか花と緑でいっぱいにするのが夢なの』
 誰の決意なのか、今となってはわからない。ただ、大勢の先駆者たちがフローリアン家と同じくエルトリアの復興に情熱を、人生を懸けたらしいことはわかった。
 過去から現在に至るまで、連綿と願いは受け継がれている。
『いつか花と緑でいっぱいにするのが夢なの』
 なのに、自分たちはそれを『未来』へ繋ぐことができなかった。
 おそらく現地の研究員はフローリアン家で最後だろう。エルトリアは死の星として未来永劫、みすぼらしい有様で宇宙を彷徨うことになる。
 悔しかった。
 滅茶苦茶に泣き喚いてやりたい。
 しかし憔悴しきった母や、妹のことを思うと、できるはずもなかった。
 自分がしっかりしなければ。自分は長女であり、姉なのだから。
 地下の研究室では、妹のキリエが一心不乱にデータを漁っていた。本来の研究所が事故で閉鎖されてしまったため、父は自宅の一部を研究用に改築している。
 なるべく平静を装いながら、アミティエはキリエの背中に声を掛けた。
「また調べものですか? ここのところずっとですね」
 キリエは驚いた様子もなく即答。
「私なりに調べてるの。一刻も早く私たちの故郷を救う方法」
 振り向くこともせず、膨大なデータに視線を走らせる。
「この一週間、ママとお姉ちゃんが私に秘密の内緒話をしてる間も、ずっと」
 アミティエは苦笑するしかなかった。
(顔を見せてもらえないのも当然でしょうか……)
 キリエの機嫌が悪いらしいことは、背中越しの雰囲気でわかる。
 移住の件を打ち明けるためには、この圧力を和らげなくてはならない。
「気を悪くしないでくださいね。私と母さんはとても大事な相談をしていて……」
「子どもだもんね、私は ママもお姉ちゃんもいつもそうだったから」
 しかしキリエに姉妹の関係を引き合いに出されると、アミティエは言葉に窮した。
「そんなことは……」
 子どもだから、妹だからという理由で彼女を遠ざけたのは、一度や二度ではない。ベースの付近に怪物が出現しても、大抵はアミティエがひとりで出撃している。
 キリエがアミティエの指示に従わなくなったのは、父が倒れてからだ。この半年、度々キリエは独断で出撃しては、驚異的な戦果を上げていた。
 無論、それは追い詰められたことの反動に過ぎない。じっとしていられない――その気持ちに共感したからこそ、あえてアミティエは何も言わなかった。
「でも聞いて」
 キリエが静かに口を開く。
「私、見つけたの。パパの病気も、この星の病気も、全部まとめて治せる方法」
 何を言っているのか、アミティエには理解できなかった。
 危篤の父を、ましてや惑星エルトリアを救う方法など、万に一つもありはしない。研究者の端くれとして、アミティエもそれは重々に承知している。
 にもかかわらず、キリエは続けた。
「こことは違う次元、違う世界……救う鍵はそこにあった。見つけたの」
 でたらめにしか聞こえない。そんなでたらめにも、妹は縋ろうとしている。
 今日こそキリエの現実逃避にブレーキを掛けなくては――そう思い、エミティアは妹に言い聞かせるように打ち明けた。
「私と母さんのふたりで、今後について色々話しあったんです。一旦、エルトリアを離れて……父さんにはゆっくり静養してもらうのがいいだろうって」
 さっきの母と同じ方便を使うしかないのが辛い。
「もちろん父さんが治ったら、きっとここへ帰ってきますよ」
 本当はアミティエとて、母の言葉を鵜呑みにしたわけではなかった。それでも素直に頷かなければ、また母が疲弊してしまう。だから理解はできずとも、納得はした。
 同じことをキリエもわかってくれるはず。そう信じて、声が震えないように努力する。
「だからキリエ、そんな無茶なことしてまで、結果を求めなくていいんです」
 端末を叩いていたキリエの手が止まった。
「……本当に?」
「本当です」
 溜息をついたのは一瞬のこと。
 キリエは鬼気迫る表情で振り返り、姉のアミティエを睨みつける。
「私、知ってるの。パパの病気のこと。治療しても、持って半年……一年後の生存率は1パーセントもないって」
 その通りだった。
「だ、だからその可能性を少しでも増やすために、この星を離れて……」
「それで増える可能性はどれくらい?」
 父は死ぬ。その現実から目を逸らしていたのは、実は自分ではないのか。
 キリエは躊躇いもせず、残酷な事実をまくし立てていく。
「私たちはパパのために何ができるの?」
「それは……」
「みんなが見捨てたこの星を、昔みたいにキレイに戻すんだって、ずっと……ずっと苦労してきたパパがさ? 辛い思いしてても、あたしたちにはいつも笑っててくれた、パパがさあ! 何も報われないまま終わるなんて絶対にイヤだ!」
 目の前で今喚いているのは、キリエではなかった。
 アミティエだ。アミティエの本心だ。
 アミティエが心の底でずっと思っていて、しかし口に出せなかったこと。我慢してきたこと。それをキリエの口から聞かされ、胸が張り裂けそうになる。
「キリエ……父さんに死んで欲しくないのは、私だって一緒です。だけど……」
 だけど、この悲しい結末を受け入れなくてはならない。
 キリエは怒気を鎮めると、懐かしそうに語った。
「お姉ちゃん、昔よく絵本を読んでくれたよね? お菓子のお城とか……夢がいっぱいだった。お祈りすれば何でも願いが叶う不思議な指輪……本当にあったらどんなお願いをするか、ふたりでずっと話してたっけ」
「ええ」
 それは幼い頃のキリエが大好きだった、素敵なおとぎ話。
 アミティエも妹に読み聞かせるのが大好きだった。あの頃は、家族と一緒の平和な日々がいつまでも続くものだと、思っていた。
 キリエは視線を落とし、唇を噛む。
「だけど私たちの世界には、お菓子のお城も、願いが叶う不思議な指輪もない。悲しんでる女の子を助けてくれる魔法使いもいない」
「キリ――」
 慰めの言葉を求め、一瞬の逡巡があった。
 そのせいで対応できなかった。
 唐突に『銃』を向けられ、アミティエは慄然とする。
「キ、キリエ? あなた……」
「必ず帰ってくる。だから邪魔しないで。追いかけてこないで、絶対に」
 地下室に銃声が響いた。

 今は少しすれ違っていたとしても、キリエなら話せばわかってくれるはず――。
 それが浅はかな甘えであったことを、アミティエは痛感していた。
『追いかけてこないで、絶対に』
 妹の沈痛な表情が何度もフラッシュバックする。
 キリエの銃は殺傷力のないモードだったものの、アミティエの動きを一時的に封じるには充分だった。その隙にキリエはアミティエを捕縛。鋼製のワイヤーで両腕ごと胴を、下半身に至っては太腿・膝・くるぶしを念入りに縛っている。
 しかもフォーミュラの使用を妨害するチャフまで撒かれていた。
 あまりに手際がよすぎる。いくら身体機能を強化されているとはいえ、訓練もなしにできる芸当ではなかった。
「くぅ……コレをどうにかしないことは……」
 アミティエにしても、要人を捕縛するような技術は修得していない。せいぜい基礎を学んだくらいで、あとは怪物との戦闘訓練を優先している。
 必要がないのだから、妹に手ほどきもしていない。
 ところがキリエは今しがた鮮やかな手並みでアミティエを無力化した。
(まさか……イリスに教わったのでしょうか?)
 その心当たりにぞっとする。
 だとしたら、キリエの凶行もイリスによって手引きされている可能性が出てきた。
 キリエと遊んでくれていた『教会のお友達』が――。
(教会へ急がないと……!)
 貴重な時間は刻一刻と過ぎていく。