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魔法少女リリカルなのは Reflection 29

 と思いきや、レヴィはバインドの魔法で拘束されてしまった。
「ん? え……何これ?」
 レヴィの力でも簡単には引き千切れず、完全に動きを封じられる。
 意識を取り戻した時、フェイトは見覚えのある人物に抱きかかえられていた。
「よかった。無事ね」
「リンディさん……ど、どうして……」
 間一髪でリンディが助けてくれたらしい。しかしレヴィにバインドを仕掛けるだけで精一杯だったのか、フェイトの代わりに背中を刺されている。
 にもかかわらず、リンディは穏やかに微笑んだ。
「ちょっと失敗しちゃったわね」
「どうしてこんな無茶を!」
 フェイトはリンディを責めたいのか、謝りたいのかわからず、混乱する。
 身を挺して誰かを庇う――それならできる自信はあった。しかし『誰かに庇われる』など、考えたこともない。リンディの怪我をまるで自分のせいのように感じる。
 リンディは健気な笑みを絶やさなかった。
「大切なひとが危ない目に遭ってるのを、帰ってこなくなっちゃうのを……黙って見てるなんて、嫌だもの」
 彼女もまた過去の事件で最愛の夫を亡くしている。
 だから、理不尽な形で失うことの辛さを、悔しさを知っている。
「なのに置いていかれて……あなたもひとりぼっちで、心細かったでしょう?」
 フェイトは首を横に振った。
「違うよ。私……ひとりじゃなかったよ」
 しきりに声を震わせながら、ずっと自信の持てなかった気持ちを吐露する。

   プレシア母さんに生み出してもらって、
   アルフと一緒にリニスに育ててもらって……。
   アリシアお姉ちゃんも、ちゃんと私の中にいる。

   今だって、こんなに優しい家族と、たくさんの友達に囲まれてる。
   ほらね、母さん。
   私は一度もひとりぼっちになったことはないんだ――。

 自分にはいつもたくさんの『愛』が向けられていた。
 プレシア=テスタロッサがフェイトを作り出したのも、娘に愛があってのこと。お目付け役のリニスは最期までフェイトを案じ、アルフは今も傍にいる。
 小学校に通うようになって、友達も増えた。なのは、アリサ、すずか。
 時空管理局に所属し、はやてたち八神家の面々や、ユーノ、エイミィ、あまり兄らしくないクロノと一緒に、充実の日々を過ごしている。
 すれ違うことはあった。
 母プレシアと、一度はなのはとも。
 それでも自分はたくさんの優しい『愛』に囲まれている。
 そのことを今、目の前の母親に教えられた。
 本当の親子ではない、それ以前に自分は普通の子どもですらない。そのせいで臆病になり、寂しさを断ち切れずにいるフェイトを、抱き締めてくれる存在がいる――と。
 育ての親代わりのリニスも、そうだった。
『大丈夫。フェイト、あなたは優しくて強い子ですから』
(私の胸は空っぽなんかじゃない……そうだよね、リニス? 母さん、アリシアも……)
 この胸には愛がある。
 大切なひとを思い、受け入れるための、無限の気持ちがある。
 フェイトはバリアジャケットのマントを外し、リンディの背中に被せた。
「あの子を止めてくるね。行ってきます、母さん」
「フェイト……」
 やっと、このひとを『母さん』と呼べた気がする。
 このひとの愛の深さに触れた気がする。
「これを使って。バルディッシュよ」
「ありがとう」
 虎の子のバルディッシュもフェイトの手に戻ってきた。
 レヴィはバインドの拘束から逃れ、ぶんぶんと腕を振りまわす。
「おっし! 取れた~」
 リンディを傷つけられたからといって、レヴィに怒りはなかった。自分でも不思議なくらいに心が落ち着いている。
「ごめんね、お待たせ」
「別に待ってないし……ってぇ、そもそもなんだよ? 卑怯者。仲間の助けを借りるなんてズルっこいぞ」
「レヴィもロボット使ってたし、おあいこ」
 レヴィはリンディに視線を向け、つぶらな瞳を瞬かせた。
「あれ、フェイトのお母さん?」
「うん。私のお母さん」
 誰かに母親を紹介するのは初めてで、戦闘中なのにこそばゆい。
「子どものケンカに親を呼ぶとは、ますます卑怯な。ボクが成敗してやる」
 子どもであることを自覚しているらしいレヴィの素っ頓狂な言動も、フェイトを楽しませてくれた。おかげで、自然と優しい笑みが零れる。
「さっきも言ったよね? レヴィ。今は知らないひとでも、いつか大切なひとになったりするかもしれないって。二年前まで、私はあのひとの顔も名前も知らなかった」
「……ん? どっかの誰かさん、だったってこと?」
「うん。でも出会って、家族になった。今ではとても大切なひと」
 誰かを大切だと思える――そのことが嬉しかった。
 自分はひとりではない。もうひとりだとは思わない。そしてこれからは、別の誰かを囲む『みんなのひとり』でありたかった。
「レヴィとお話するの、楽しいな。あとのふたりは、王様と……シュテルン?」
「あー、それはボクだけが呼んでいいあだ名。シュテルンはシュテル」
 気まぐれなレヴィはへそを曲げる。
「シュテル、だね。みんなで一緒にお話ししたいな」
「無理だね。なぜならここで、ボクがキミをブチ転がすからだっ」
「そうならないように頑張るよ」
 フェイトがバルディッシュを構えると、金色の電流が走った。
「力を貸して、バルディッシュ。全力で行く」
『Yes, Sir !』
 レヴィを倒すのではなく、愛するために。
 水の半分ほどが蒸発したプールの上で、再びふたりの魔導士が激突する。
 レヴィの雷光弾を、フェイトは一閃のもとに引き裂いた。バルディッシュが大鎌となって、アクロバティックなフェイトの動きに円形の斬撃を織り交ぜる。
「わわっ、速くなった? マントを外したくらいで?」
「もっと速くなるよ。バルディッシュ!」
『sonic form !』
 フェイトのバリアジャケットがフォームを変えた。黒い水着に金具を嵌め込んだようなデザインとなり、うら若い身体の線を露にする。
 さらにフェイトはバルディッシュを二本のブレードに分け、両手に携えた。
「キリエさんの武器を参考に、ね」
 レヴィの眼前を一条の光芒が横切る。
「へっ?」
 群青色の夜空を、金色の流星が変幻自在に飛びまわった。
 前の閃光が消えないうちに、次の閃光が現れ、みるみる数を増やしていく。
「ウソぉ? ど、どんだけ速いんだよ、お前!」
 視界のすべてを光の網に掛けられながら、レヴィはたじろいだ。
 フェイトの瞬間的なスピードは、アミティエのアクセラレイターにも匹敵する。それほどの力を、フェイトは苦もなく発揮していた。
(そっか……そうだったんだ)
 魔導士として目覚めてからまだ間のないはずの高町なのはが、どうして自分やシグナムたちと互角に渡り合えるのか、疑問に思ったことがある。
 その答えを今、知った。体感した。
 想いの強さが魔法となる――心が奇跡を起こす。
 飛翔するフェイトを追って、ブロンドの髪が優雅に靡いた。
 甲高い金属音がレヴィを掠める。
「ひゃあっ?」
 一気呵成に連撃が始まった。レヴィは慌てて防壁を張るものの、まるで荒波に浚われたボールのように翻弄される。
 右、左、下、前、上、後ろ。あらゆる方向から奇襲が入った。
 レヴィは反撃もままならず、逆さまになって目をまわす。
「ちょっ、ストップ! 待って待って、待って!」
 さらに、その両手両足にバインドの魔法が合わさった。フェイトの連撃はダメージではなく、これを狙ってのもの。
「また縛るやつ? これ嫌いぃ!」
 もがくレヴィの真正面へフェイトが降りてきた。
「行くよ。レヴィ」
「い、行くって……エエッ?」
 二本のブレードが一本の、極端な大きさの剣となる。
 先ほどのレヴィの剣と同じ長さで、全長は優に十メートルを超えた。
「受けてみて。私とバルディッシュの全力全開」
 それを力いっぱいに振りあげ、ありったけの魔力を込める。
 そして。
「はあああぁああああーッ!」
 大気が震撼した。
 身動きできないレヴィに目掛け、巨大なザンバーが前のめりに突っ込む。
「う~~そ~~~っ!」
 今までにない手応えだった。
『you did it!』
「ふふっ、ありがとう。バルディッシュ」
 清々しい気持ちでフェイトは夏の夜風を満喫する。
 目的のための手段として力を行使したのではなかった。高揚する心に呼応して、自然と力が沸きあがってきたかのような、新しい感覚。
(これが……私の魔法なんだ)
 この力を完璧にコントロールできれば、キリエのシステムオルタに後れを取ることもないだろう。ふとシグナムの言葉を思い出す。
『その手の武器が肌に合わないのなら、魔法のみで突き詰める方法を模索すればいい。だがな、テスタロッサ。必要なのは、相手を制する技術と力だ』
『敵を弑するも、制するも、すべては使用する者の技量と性根次第。相手を傷つけるのが怖いからと言っていては、逆に助けるチャンスを失うことになるぞ』
 従来の魔法であれ、物理兵器であれ、戦いは自分の心で決めるもの。それを信念として胸に抱き、フェイトは相棒のバルディッシュに誓った。
「やっぱり私はこれからも魔法一本で頑張るよ。よろしくね、バルディッシュ」
『me too』
 それからプールサイドへ降り、失神中のレヴィを回収する。
「きゅう……」
 その頃にはリンディも背中の傷に処置を終えていた。
「お疲れ様。さっきアルフを呼んだから、すぐに来てくれるはずよ。その子は?」
「気絶してるだけ。母さんのほうこそ怪我はどう?」
「もう平気よ。でも一応、あとでユーノ君かシャマルさんに診てもらうから」
 ここは静かなものだが、東京湾では今なお戦闘が続いているはず。
「みんなを助けないと」
「ええ。私もサポートにまわるわ」
 フェイトはリンディからマントを受け取り、バリアジャケットのフォームを戻した。
「はやてさんはまだまだ経験が浅いし、なのはさんは何かと無茶をするから……ふたりのこと、お願いね。フェイト」
「うん。じゃあ、また行ってきます。母さん」
 レヴィをリンディに預け、戦場の夜空へ飛び立つ。