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魔法少女リリカルなのは Reflection 23

 別室にてリンディの監督のもと、アミティエの聴取が始まる。
「緊張しないで、肩を楽にして、ね」
「はい。リンディさん」
 フェイトはモニター越しに重要参考人と向かいあった。
「では、これより聴取を始めさせていただきます。会話はすべて証拠として保存されますので、ご理解をお願いします」
『はい』
 アミティエは入院患者のような恰好で素直に応答する。
 彼女の立場はあくまで『重要参考人』ゆえに、治療のためとはいえ、実際は時空管理局に身柄を押さえられている形に近い。それでも彼女は律義に従ってくれた。
「まずは、あなたのお名前を」
『アミティエ=フローリアンです。アミタと呼んでください』
 その気持ちはフェイトにもよくわかる。
 フェイト自身、時空管理局で裁判を受けたことがあるからだ。あの時は叙情酌量が働くよう、リンディやクロノに尽力してもらっている。
 だからこそ、今度は自分がアミティエの力になりたかった。
「身体のほうはどうですか?」
『ご心配をお掛けしてしまい、すみません。もう大丈夫ですので』
「じゃあ、その……詳しい事情を聞かせてもらえますか」
『わかりました』
 深呼吸を挟んで、アミティエは少しずつ経緯を語りだす。
『私たちの故郷、エルトリアは砂漠化の進行や地上資源の枯渇、環境汚染といった生存環境の悪化が著しく……エルトリアのひとびとは星を捨て、宇宙での生活を選びました。
 ですが、私たちフローリアン家は星に留まり、研究を続けています。
 エルトリアの再生と緑化が家族の夢なんです。しかし……』
 淡々としていたアミティエの声が、不意に沈んだ。
『父が病に倒れ、余命幾許もない状態で……研究は中止。フローリアン家はエルトリアから引きあげ、コロニーへ移ることになったんです』
 キリエの真相にフェイトは固唾を飲む。
「じゃあキリエさんは、お父さんを助けるために……」
『はい。父の病気はエルトリアに特有の『死蝕』というものでして、もはや成す術がありません。もう何ヶ月も意識が戻ってないんです』
 やはり昔の自分と同じだった。
 母プレシアのために戦線へ赴き、なのはと戦った、あの頃の自分と。
『ところがキリエは見つけたようなんです。星の命さえ操るという永遠結晶を』
「永遠結晶……?」
 戦闘の最中、キリエもそんな言葉を使っていた気がする。
『キリエの研究データによれば、その鍵となるのが、はやてさんの持つ魔導書……』
「夜天の書、ですね」
 キリエ=フローリアンの目的も明らかになってきた。
『妹の調査は綿密でした。永遠結晶の在り処、計画にとって重要となる人物の選定……高町なのはさんとフェイト=テスタロッサさん、あなたがたも狙われていたんです』
「え……?」
 フェイトは驚き、腰を浮かせそうになる。
『私にはよくわかりませんが……おふたりでなければならない理由があったようです。キリエはその、プレシア=テスタロッサ事件も調べていて……ごめんなさい』
 アミティエは深々と頭を下げた。
『キリエがフェイトさんの触れられたくないところに触れていたら、それは私が謝罪しておかないと、と……』
「大丈夫ですよ。でもお気遣いありがとうございます」
 フェイトの口元から小さな笑みが零れる。 
(このひとはお姉さん気質なのね)
 キリエをただ止めるのではなく、彼女と一緒に助けたい――今こそそう思えた。
 主要なメンバーはこの聴取を聞いているはず。自分たちが狙われた件については、クロノやはやてに任せ、フェイトはアミティエに話の続きを促す。
「キリエさんを止めるために、アミタさんもここへ?」
『半日遅れでやってきました』
「その時点で時空管理局に相談なりしていただければ、よかったんですけど」
 フェイトの指摘を受け、アミティエはばつが悪そうに渋面になった。
『それは、あの……』
 時空管理局に連絡すれば、妹は次元犯罪者として逮捕されてしまうかもしれない。それを危惧し、単独でキリエを追いかけたのだろう。
『すみません。姉として至らず……』
「いえ、アミタさんのせいじゃありません。今後も協力していただけますか?」
『もちろんです』
 アミティエは安堵の色を浮かべるも、すぐに鬼気迫る表情となった。
『妹を庇いたい気持ちもありますが……今回の事件、真犯人はほかにいます。キリエはあの子の口車に乗せられて、こんなことをしてるんです』
 フェイトはまさかと口を開きかける。
「はやてを襲った……」
『イリスです』
 アミティエの口舌は止まらない。
『そもそも永遠結晶なんて、私には信じられません。本当にそんなものがあるなら、父がとっくに発見してるはずですので』
「そのイリスについて、わかってることは?」
『キリエが幼い頃に近くの教会で見つけた、石碑型の人工知能です。キリエが調査に使っていました。こちらへも小型の端末を持ち出したんでしょう。キリエにとっては友達みたいな存在……のようですから』
 彼女の物言いにフェイトはふと違和感を覚えた。
「妹の友達……なのにアミタさんは、イリスと面識がないんですか?」
『見かけたことくらいは何度もありますが……イリスは私、特に父さんや母さんには絶対に姿を見せようとしないんです』
 人工知能のイリスはキリエとだけ接触するらしい。
『はやてさんを襲ったという車も、その人工知能が操作してたんだと思います。キリエのフォーミュラスーツにシステムオルタを搭載したのも、彼女で間違いないでしょう』
「イリスがキリエさんを唆し、手引きした可能性がある……と?」
『はい』
 いつの間にか前のめりになっていたらしいフェイトは、背筋を伸ばした。
「あと、お聞きしたいことがもうひとつ……アミティエさんはエルトリアから、どうやってここまで来たんですか?」
『さっきお話した、教会の石碑です』
「帰りはどうするおつもりで?」
『恥ずかしながら……自力では帰れそうにありませんので、妹と合流次第、時空管理局にお願いしようと』
 そこに不整合があることに、アミティエが気付く。
『あれ? キリエはどうやって永遠結晶を持って帰るつもりなんでしょうか』
 重症のアミティエにまだ無理はさせられないと判断し、フェイトは聴取を終えた。
「ありがとうございました。状況が大分、掴めてきました」
『いえ、こちらこそ……勝手に押しかけた身で、治療までしていただいて』
 フェイトとアミティエの笑みが重なる。
「ところで……どうして聴取の担当者に私を指名したんですか?」
「あ、はい。フェイトさんは優しそうなかたでしたので」

 アミティエの言葉になのははにっこりと微笑んだ。
「ね? ヴィータちゃん」
「へいへい」
 一緒に夜空を飛びながら、ヴィータはげんなり。
 すでにヴィータ班、シグナム班はキリエの捜索を始めていた。東京湾の一帯に捜索エリアを絞り、キリエとイリスの行方を追う。
 通信越しにシグナムやシャマルの声も届いた。
『キリエもアミティエと同じとすれば、そろそろ回復する頃合いか……』
『あの傷で、よく痕跡を残さずに逃走できたものね』
 日中の蒸し暑さもなりを潜め、眼下の街は黙々とネオンを光らせている。
 キリエとの戦闘は一部始終を本局のほうでモニタリングしていたが、逃げきられてしまった。外部からイリスの介入があって、ロストしてしまったらしい。
 シグナムが声のトーンを下げる。
『さっきの聴取……気になる内容だったな』
 相槌を打つのはヴィータ。
「永遠結晶で家族を救えるってのは、デタラメかもしんねえぞ」
『私も同感よ。キリエはイリスに踊らされてるんだわ』
 シャマルにもはっきりと明言され、なのはは小さな唇をきゅっと噛んだ。
(キリエさん……)
 キリエはイリスに騙されている――その可能性は高かった。
 人工知能のイリスには実体らしい実体がないため(質量は確認されたが)、キリエを唆し、実行犯に仕立てあげたのだろう。病床の父親を理由にすれば、制御も容易い。
 何よりキリエには、エルトリアへ帰る手段がなかった。
 仮に夜天の書の力で帰還すれば、はやてに返すことができなくなる。なのに、
『少しの間貸して欲しいだけなの! だから、そこをどいてってば!』
 それ以前に、魔導の心得がない彼女に夜天の書を扱えるのか。
「あの能力で夜天の書を解析してんのかな」
『あるいはイリスが、すでに……』
 怪訝そうにヴィータはまた別の疑問を提示した。
「あいつ、なのはとフェイトのデータも持ってったよな? それも永遠結晶を手に入れるのに必要ってのが、わからねえ」
『いや。そのことについては察しがつく』
 と、銀狼のザフィーラが口を挟む。
『なのはとフェイトは過去に一度、夜天の書にリンカーコアを吸収されている。だからこそキリエたちにとって、標的はふたりでなければならなかったのだろう』
 シグナムとシャマルも頷いた。
『ふむ……なるほど』
『可能性はあるわね。闇の書事件のことはよく調べてたようだし』
 魔導士における魔力の核、リンカーコア。闇の書事件の折、なのはとフェイトは夜天の書にリンカーコアを摘出されたことがある。
『キリエは……いや、イリスは夜天の書で、何を始める気なんや?』
「私たちで止めようね。絶対に」
 メンバーと話し込んでいると、誰かが通信に割り込んだ。
『いずれにせよ、夜天の書が永遠結晶の鍵となるのは、間違いないだろうね』
「ユーノ君!」
『こんばんは。なのは』
 資料部務めのユーノ=スクライアは移動中らしい。
『と……悠長に挨拶していられる状況でもないか。調べられるだけ調べたけど、永遠結晶の詳細は掴めなかった。ただ、イリスとキリエの目的にはどうやら齟齬がある』
『ごめん、お待たせ』
 同じタイミングでフェイトもシグナム班に合流する。
『ユーノもこっちに来てくれるんだね。助かるよ』
『僕にもできることはありそうだし。とにかく……永遠結晶で星を救えるというのは、十中八九、真っ赤な嘘だ。そのことをキリエに伝えないと』
 ヴィータの嘆息が夜空に散った。
「はあ……そいつが聞く耳持たねえってことは、私らが証明しちまったからな」
『闇の書事件の時の私たち、ね……』
 シャマルの表情も沈む。
 かつて守護騎士たちは八神はやての命を救うため、夜天の書のページを収集した。なのはとフェイトのリンカーコアを狙ったのも、夜天の書を完成させるためのこと。
 ところが夜天の書には、完成とともに暴走するようにプログラムが仕組まれていた。それを知ったなのはたちは説得を試みるも、交渉は決裂、刃を交えている。
 シグナムは果敢に言い切った。
『説得はあとまわしにして、先にキリエ=フローリアンを拘束してしまえばいい』
 あくまで『話を聞く』スタンスでありたいなのはは当惑する。
「シグナムさん? でも……」
『ううん、なのは。シグナムの言う通りだよ』
 しかしなのはの反論は、フェイトがやんわりと制した。
『キリエさんを気遣ってたら、かえってキリエさんを助けられなくなる……前に言ってたことだよね、シグナム』
『ああ。高町、お前の気持ちもわからなくはないが』
 なのははスローモーションで頷きを返す。
「うん……」
 本当はわかっていた。
 臨海道方面の高速道路で戦った時も、キリエを気遣うあまりチャンスを逃している。彼女に逃げられてしまったのは、魔法を無効化されたからでもなければ、システムオルタに驚かされたからでもない。自分が説得に拘ったせいだ。
 その結果、キリエはより危うい状況に陥ってしまった。イリスのてのひらの上で踊らされている――それが本当なら、彼女は第一の犠牲者にもなりかねない。
 決意を胸に、なのはは夏の夜空を駆けていく。
「早くキリエさんを見つけよう!」
「待て待て! 勝手に突っ走るんじゃねえ」
 クロノから通信が入った。
『キリエの逃走ルートを再計算した。僕の班は市街に降りて探すから、シグナム班とヴィータ班は引き続き、空から当たってくれ』
『了解した』
「了解~。あと、なのはが私の指示を聞かねえ時は、どうすりゃいい?」
『ユーノに押しつけるのが一番だ』
『ええっ? まさか、そのために僕を呼んだんじゃ……』
 この街のどこかにキリエがいる。
(待っててください。今度は必ず……助けます!)
 その確信はあっても、正確な居場所まではわからないのが、もどかしかった。