見出し画像

魔法少女リリカルなのは Reflection 20

 まだろくに字が読めない妹のため、絵本を読んであげるのが好きだった。
 お菓子のお城。何でも願いが叶う不思議な指輪。
 そして女の子を助けてくれる、素敵な『魔法使い』のお話。
「お姉ちゃん、お菓子のお城ってどこにあるの?」
「さあ……どこでしょう。でもきっと、どこかでキリエを待ってますよ」
「わたし、行く! お姉ちゃんと、パパと、ママと一緒に!」
 妹は自分でページを捲り、無邪気に微笑む。
「魔法使いが連れてってくれるのよ。お姉ちゃん、知らないの?」
「それは知りませんでした。どんなひとでしょうね」

 そこで目が覚めた。
 アミティエは白い部屋の中、ベッドの上で仰向けに横たわっている。
「私は……」
「気がつきましたか? あ、まだ動かないでください」
 身体には何重にも包帯が巻かれていた。四肢は周囲の機材とコードで繋がり、心拍数やらを送信している。
 心地よい夢から醒めたことを、アミティエは察した。
(そうか、私はキリエに撃たれて……)
 妹を止めることはできなかったらしい。
 幼い頃の夢ではない、キリエの辛そうな表情が脳裏に蘇る。
『わかんないでしょ? わたしがどんな思いで、どんな覚悟でここにいるか』
 大切な妹にあんな顔をさせてしまった――。
 アミティエは呆然と虚空を見詰める。
 きゅるる、とお腹が鳴った。

                 ☆

 救護隊によって、なのはたちはひとまずオールストン・シーへ運ばれた。
 ホテルの一室に沈痛な雰囲気が立ち込める。八神家の面々は押し黙り、クロノからの報告に耳を傾けていた。
『アミタと呼ばれる女性は、先ほど本局の救急病棟に搬送した。今は検査と、できる限りの治療をしてる。意識が戻ったら、すぐにでも話を聞かせてもらわないと……』
 敗北の事実を読みあげなくてはならないクロノの声も重い。
 銀狼の姿で包帯を巻いているザフィーラが呟いた。
「アルフのおかげで一命を取り留めたか。その……アミティエ、だったか」
『ああ。アルフと、フェイトにも感謝だな』
 キリエがシステムオルタで猛威を振るった際、フェイトはアルフに、表向きは救助の名目で逃走を指示している。
 その甲斐あってアルフは難を逃れ、まずはシャマルに応急処置。そしてシャマルが癒しの力でアミティエに可能な限りの治療を施し、救護隊へ引き渡した。
「アミティエさんも、まさか妹さんが自分ごと撃つとは思わなかったでしょうね」
 シャマルの言葉にヴィータも相槌を打つ。
「あの覚悟はゾッとしたぜ。私たちはシステムオルタに負けたんじゃねえ。あいつの執念に負けちまったんだ……」
「同感だ。たったひとりで、あの状況を覆したのだからな」
 誉れ高い守護騎士のシグナムさえ、キリエには脅威を感じたらしい。
「せっかくの試作品も台無しになってしまったか……」
『気にしないでくれ。実戦データは一応取れたし、壊されたのが君たちのアームドデバイスじゃなくてよかった』
「おう。次はグラーフアイゼンで度肝抜いてやらぁ」
 ただ、今回の敗戦では得られるものもあった。
 キリエの戦技やイリスの機動外殻については現在、本局の技術部が総力を挙げ、解析に乗り出している。なのはたちのアームドデバイスも、バリアジャケットの破損分を修復するとともに、さらなる調整が図られていた。
 クロノの口から謝罪めいた言葉が漏れる。
『しかし修復と調整が済めば、なのはたちを再び戦わせることになる……』
 シャマルやヴィータは口を噤んだ。
 誰しも少女たちを戦わせたいわけではない。だが、なのはもフェイトも自らの意志で立ちあがってしまうだろう。同じく、そこで寝ているはやても。
『はやてとリインはまだ目を覚まさないか』
「それが……」
 シグナムが応答しようとした矢先、はやてはベッドから身を起こす。
「起きてる」
 クロノとの通信はすべて聞いていた。守護騎士たちの気持ちもわかっているつもりだ。
 それでも夜天の書の主として、唇を噛む。
「とんだ失態や。申し訳ない」
『想定外の相手だ、謝ることじゃない。それに今回の責任は、指揮した僕にある』
「ううん。クロノ君だけのせいにはできへんよ」
 市街地での強襲。こちらの魔法が通用しない相手。
 はやてたちは奮闘したものの、結果として高速道路は数ヶ所が破損、民間に怪我人も出ている。地上の報道はこの事件で持ちきりだった。
 キリエとイリスに翻弄されてしまった苦々しい記憶が、はやてを責める。
(夜天の書を悪用させるわけにはいかへん。あの子のためにも……)
 しかしまだ終わっていない。夜天の書の主としての矜持が、はやてを奮い立たせた。
「取り返すよ。失態のツケも、私の宝物も」
 シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラも真剣な面持ちで頷く。
「無論です」
「次はバッチリ準備して、こてんぱんにしてやろうぜ」
「とにかく今は身体を休めるのが先決よ。みんな」
「ああ。じきに作戦が決まるはずだ」
 八神家の結束は固い。

 時空管理局・東京臨時支局にて、クロノはエイミィとともに事件を振り返った。
 報告に来た部下は、あえて躊躇わずにまくし立てる。
「本日未明、江戸川区の廃車場にて爆発事故が発生。その後、都内各所で重機盗難事件が相次ぎました。その容疑者と目される、異世界渡航者がこちらの二名――」
 物々しい事件にしては華やかなビジョンが立ちあがった。
「イリス。キリエ」
 クロノとエイミィは息を飲む。
「三原木四丁目付近の高速道路にて、『イリス』が八神捜査官を強襲」
 まずは赤いドレスの少女、イリス。彼女は機動外殻を引き連れ、はやてに夜天の書を要求した。一時は追い込まれたものの、アミティエの介入によって窮地を脱している。
「撃破した機械群は現在、技術部が解析中です」
「盗難した重機をベースに作ったと見て、間違いないな」
「だね」
 映像がショベルカーのものに切り替わった。
「詳しい数値は未確認ですが、装甲の強度や内部の構造など、もとの構成素材とはまったくの別物になっているそうです」
「そういった技術を持っている……ということか」
 エイミィが呟く。
「あの武装……フォーミュラ、だっけ?」
「関連はあるかもしれない。しかし、イリスはここでロストか」
 クロノは腕組みを深め、今日の戦闘を順番に思い出した。
 キリエの協力者らしい人工知能のイリスが出張ってきたのは、一度だけ。八神はやてを襲撃するも、夜天の書の奪取には失敗している。
「こちらが結界を張ると踏んで、外で待機し、キリエの脱出を手引きしたか……だとしたら、なかなか頭の切れる連中だ」
「アミティエさんのことは、よっぽど警戒してたみたいだね」
「ああ。だからイリスも交戦は避けたんだろう。アミティエの相手は厄介と踏んだのか、それとも……イリス自身に大した戦闘力はないのか」
 エイミィが不思議そうに指摘した。
「ねえ、このイリスって子……可愛いよね」
 彼女の暢気な物言いに、クロノも部下も呆気に取られる。
「いきなり何を言い出すんだ?」
「エイミィさん……」
「そ、そうじゃなくて! おかしいと思ったの」
 エイミィは神妙な声で続けた。
「はやてちゃんがアミティエさんから聞いた話によれば、この子はAIなんでしょ? なのに、容姿にここまでソースを分けてるのが、ちょっと気になって……」
「趣味性の強い人工知能なら、あるんじゃないか? ほら、AIのアイドルとか」
「うん。だから……このイリスって子、戦闘向けじゃないよね」
 彼女の言わんとするところが、だんだんとクロノにも読めてくる。
「確かに……戦闘AIなら、ひとの形に拘ったりしないな」
「でしょ? レイジングハートやバルディッシュは、あの姿でこそ百パーセントの性能を発揮できるんだし」
 つまりイリスは戦闘用の人工知能ではない。容姿の優先度が高い、何かしら特別な用途のあるAIという可能性が浮上してきた。
「キリエについても聞こう」
「はい」
 部下が報告の続きを読みあげる。
「次の戦闘は臨海道方面、高速道にて『キリエ』を捕捉。彼女の姉『アミティエ』の協力もあり、一時は拘束に成功しましたが、対象の抵抗により現地の捜査員はすべて無力化。八神捜査官の『夜天の書』を奪われました」
 クロノとエイミィの表情がともに苦々しくなった。
「キリエの武装と能力については?」 
「ええと……シームレスに形状変化する武装と、こちらの魔導を戦闘中に解析し、無効化する技術。システムオルタなる極めて危険度の高い高出力の機動術式。いずれも現在、本局技術部にて解析中です」
 実体がないらしいイリスとは打って変わり、キリエ=フローリアンはさまざまな戦闘関連のスキルを有している。
「ああも瞬時に魔法を解析できるものかな。どういう技術なんだろう」
「出身地は確かエルトリア……だっけ? ユーノ君に調べてもらうのはどう?」
「もう伝えてあるよ。あとで聞く」
 クロノは息をつくと、部下を下がらせた。
「報告ありがとう」
「はい。追加情報がまとまり次第、ご連絡します」
 東京臨時支局のオフィスでは今なお慌しい時間が続いている。
「ともあれ、解析待ちかあ」
「ああ。対策をして挑まないと、同じ轍を踏むことになる」
 解析待ち、報告待ちの現状にやきもきしつつ、エイミィが声のトーンを下げた。
「みんな軽症で済んだのは不幸中の幸いだけど……さっきのはやてちゃん、大丈夫かな」
「あの調子だもんな。あれは相当、気負ってるぞ」
 夜天の書を奪われたことで、はやては今までにないプレッシャーを感じているに違いない。それはクロノにとっても気掛かりだった。
「シャマルにでも一言、念を押しておくか。……ところで『彼女』のほうはどうだ? さっき意識は戻ったと聞いたが」
 アミティエの話になるや、エイミィが苦笑する。
「いやあ……それがね?」