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魔法少女リリカルなのは Reflection 15

 さしものクロノも前のめりになった。
「アルフ! ザフィーラ!」
 予想だにしなかった展開に、東京支局の一同も口を噤む。
 数秒ほど遅れて、ザフィラーの反応が返ってきた。 
『申し訳ありません、こちらは自力で何とかします。容疑者をお願いします!』
「あ、ああ。すまない」
 すぐにでもザフィーラたちに救援を送りたかったが、ほかでもない彼らが、今優先すべきことを意識している。
 クロノは気持ちを切り替え、次の指示を出した。
「キリエ=フローリアンが機動外殻と合流次第、その進行方向で結界を展開! 容疑者には協力者がいることも忘れるな」
「監視、強化します!」
「それからシグナムたちに、カレドヴルフ社製武器の投入を伝えてくれ」
 敵が魔法を無効化できることは、はやての情報から判明している。アルフたちが戦線離脱を余儀なくされた今、開発中の物理兵器の出番だった。
「まだ試作の段階だよ? クロノ君」
「カレドヴルフ社は喜ぶさ。実戦で有用性を証明できるんだから」
「この事態を喜ぶひともいるわけかあ……複雑」
 エイミィに合の手を打ちながら、クロノはふたりの魔導士に通達する。
「なのは、フェイト。聞いての通りだ。イリスの動きは気になるが、キリエ=フローリアンさえ押さえれば片付く。君たちは彼女が結界に入ったところを、止めてくれるか」
『了解』
 なのはの脇からフェイトが口を挟んだ。
『結界は問題ないの? クロノ』
「そこは任せてくれ。ザフィーラたちに先行して、準備を進めてある」
 『結界』がないことには、魔導士は全力で戦えない。それがわかっていたからこそ、クロノは状況の推移に関わらず、結界のほうに人員を割いた。現時点でキリエ=フローリアンに後れを取っていない、唯一のアドバンテージだ。
「ふたりは容疑者の確保を頼む」
『任せて。行こう、なのは』
『うん。私たちで止めよう……キリエさんのためにも』
 決戦は近い。

                 ☆

 キリエ=フローリアンは数台の大型トレーラーを誘導しつつ、バイクで高速道路を臨海道方面へ走っていた。
 フェンスやビルの合間で、剥き出しの地平線が見え隠れする。
(もしかして、あれが……?)
 夜中のせいで真っ黒な平地にしか見えないが、あれが『海』らしい。
 エルトリアの汚染されきった海洋とは違うのだろう。昼間のうちに少しくらい見ておけばよかった、という感傷が胸に去来する。
(……ううん。昔のエルトリアを取り戻せばいいだけ)
 しかし今は作戦の最中だ。雑念を振り払い、バイクの操縦に集中する。
 キリエたちの暴走を、パトカーの一団が追いかけてきた。
『止まりなさい! 今すぐ車を止めなさい!』
 回転灯を赤々と光らせながら、スピーカー越しに警告を連発する。
(これが『警察』ってやつね。何もかも新鮮だわ)
 エルトリアの荒野しか走ったことのないキリエにとって、警察に追われるのも初めてのこと。とはいえ、迎撃するつもりはなかった。
(なるべく穏便に……)
 イリスのほうでは交渉が決裂し、八神はやてと交戦。しかもアミティエが駆けつけ、早くも戦闘に介入している。
 この状況下でキリエが高町なのは、フェイト=テスタロッサに接触するのは難しい。
(追ってこないでって言ったのに。アミタのせいだからね?)
 そこでキリエたちは、あえて姿を見せ、標的をおびき出すことにした。
 一般人を巻き込みたくないのは、時空管理局とて同じはず。キリエを『結界』に誘い込んだうえで対処しようするだろう。
 不意に後続のパトカーが忽然と消え、高速道路はキリエとトレーラーだけになった。
「……これが結界ってやつ?」
 空間の位相をずらし、似て非なる場所へキリエたちを迎え入れる。
 街並みや道路は健在だが、誰もおらず、街灯もすべて消えていた。イリスが用いた『封鎖領域』があくまで人払い程度のものに対し、『結界』は戦闘可能な空間を作り出す。
 つまりこの中では、時空管理局の魔導士も攻撃を躊躇わないということ。また、キリエは結界に閉じ込められた形になる。
 イリスからの通信にはノイズが混ざった。
『聞こえる? キリエ』
「なんとかね」
『ごめん、こっちは失敗。でもまだチャンスはあるわ。結界に誘い込まれたのは、こちらにとっても好都合。私たちも好き放題できるものね』
 イリスと八神はやての交戦で、ひとつ確信したことがある。
 相手の魔法を無効化できる以上、フォーミュラで圧倒できる――姉のアミティエさえ出張ってこなければ。
『八神はやてもアミティエと一緒に追ってくるわ。そこを押さえて、闇の書を』
「オーケー」
『高町なのはとフェイト=テスタロッサは、まずは魔法の力を解放してもらって。あとはその手で触るだけで、データを取得できるようにしてあるから』
 キリエの手甲に数列の表示が走った。
「やることが多いわね……」
 闇の書の奪取と、なのは・フェイト両名のデータの取得。敵地でもある結界の中、ぶっつけ本番でクリアするのは、いささか厳しい気もする。
 イリスが表情を曇らせた。
『ごめん。私が闇の書を取り逃しちゃったせいで』
「ううん。イリスはよくやってくれたの、知ってるから」
 やはり一番の障害はアミティエか。
 そんな予感を胸に、バイクの速度を上げる。
『結界からの脱出は私に任せて。その時になったら、誘導するわ』
「お願い。あてにしてるわよ、イリス」
 その行く先でキリエはひとりの少女を見つけた。
(あの子は……!)
 高速道路の真中で佇むのは、純白の魔導士。十歳前後の風貌なのに、それこそ歴戦の勇士のような、凛然とした雰囲気を漂わせている。
「ロック!」
 それが発動するまで、コンマ数秒もなかった。キリエのバイクも、トレーラーのタイヤもバインドの魔法で一挙に拘束され、走るに走れなくなる。
(――!)
 トレーラーは側面からフェンスに激突し、キリエのバイクも制御不能に陥った。
 キリエはバイクごと転倒。起きあがったところを、また別の誰かに背後を取られる。この結界でキリエを待ち伏せしていたらしい。
(へえ……)
 挟み撃ちにもかかわらず、キリエはヘルメットの中でやにさがった。
 正面の、純白の魔導士がアームドデバイスをキリエに向け、警告する。
「時空管理局です。そのまま動かないでください」
「何か事情がおありとは思いますが、詳しくは局のほうで」
 後方にいる漆黒の魔導士も、同じようにキリエに通告した。隙のない立ち姿で、ブロンドのツインテールを靡かせる。
 目的のふたりだ。