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魔法少女リリカルなのは Reflection 12

 その頃、はやてはすずかの父の車でオールストン・シーへ向かっていた。助手席でなのはからのメッセージを確認しつつ、安堵の笑みを綻ばせる。
「すずかちゃんたち、お風呂に入るの待っててくれるそうです」
「そうか」
「ふふっ、楽しみです」
 スケジュールの折り合いがつかず、社会科見学(という建前の遊園地行き)は夜からの参加となってしまった。そのことを少し後ろめたく思っていたが、なのはたちははやての仕事を理解したうえで、寛容に待ってくれている。
 ハンドルを切りながら、すずかの父は遠慮がちに口を開いた。
「でも本当によかったのかい? せっかくの遊園地、ひとりだけ遅れて……」
「それもどうかと思ったんですけど、夏休みは始まったばかりですから」
「確かにね。初日から焦ることもないか」
 彼も今日は仕事を抜けられなかったようで、夜からの参加になってしまったらしい。ホテルのバーあたりで、アリサの両親やリンディと席を設けるのだろう。
「そういえば……」
 と、すずかの父が言葉を付け足す。
「はやてちゃん、まだ病院に通ったりしてるのかい?」
「え?」
 『身体はもう大丈夫?』と聞かれることが多いため、意外な質問だった。
「いえ、通うほどのことは……でも様子見も兼ねて、夏休みに診察があるんです」
「お医者さんも驚いただろ? 急に元気になって」
「それはもう。先生、自分のことのように喜んでくれました」
 身体が自由に動く――そんな当たり前のことが、とても嬉しい。
(元気になってよかった……)
 これも全部、なのはたちや守護騎士、そして先代のリインフォースがはやてを救ってくれたおかげだった。もちろん、闘病生活を支えてくれた病院の医師も。
「先生にはちゃんとお礼したいんですけど、月村さんは何がええと思います?」
 すずかの父がはにかむ。
「そんなに畏まらなくても、ケーキを持っていくくらいでいいさ。一緒に食べながら、今後のこととか話してあげると、喜んでくれるとも」
「ああ。ええですね、それ」
 大人の意見にはやては納得した。 
 友達の父親と話すのは新鮮で、自然と笑みが零れる。
「そういう気配り上手なところ、すずかちゃんと似てはりますね」
「娘もあれで、どんどんしっかりしてくるものだから……嬉しい反面、やっぱり寂しい気もしてね。せめて小学生のうちは甘えて欲しいものだよ」
 笑い声が重なった。
 その談笑を遮るように、臨時支局のクロノから連絡が届く。
『緊急の案件だ。はやて』
「え……?」
 事態の深刻さを察したらしいすずかの父は口を噤んだ。
 はやてが時空管理局を出てから、車で臨海道方面の高速道路へ乗る間に、何かが起こったのだろう。クロノのやけに明朗な口調からも、ありありと緊張感が伝わってくる。
『状況は以上だ。容疑者の女性の画像を送付しておく』
「このひとは女子高――きゃっ!」
「うわあっ?」
 画像の人物を確かめようとした矢先、二台の大型トレーラーがはやてたちの車をスレスレで追い抜いていった。高速道路なのだから当然、時速は80キロを超えての暴挙だ。
「あ、危ないなあ……」
「ほんまですね。あんなに急がんでも……?」
 次の瞬間、はやては顔を強張らせる。
 大型トラックは一台、二台と順番に横転。四車線ある高速道路を塞ぎ、はやてたちの視界をみるみる圧する。
「わああああっ!」
 反射的にすずかの父が急ブレーキを踏んだ。ハンドルも切れるだけ切り、路面にタイヤを激しく擦りつける。
 車は横滑りしながら、側面でトレーラーと激突した。
(――ッ!)
 その衝撃でエアバックが作動し、助手席のはやてを受け止める。
 どうにか車は止まってくれたが、ガラスは割れ、ガソリンが漏れている有様だった。すずかの父もエアバックに埋もれはしたものの、大した怪我はないらしい。
「だ、大丈夫かい? はやてちゃん」
「どうにか……とにかく降りましょう。危険です」
 助手席のほうのドアを開け、ふたりは狭い車内から脱出する。
 時空管理局務めの魔導士とはいえ、平時は常人と変わらない。それだけに、先ほどの一瞬は生きた心地がしなかった。
(そうや。さっきクロノ君が言うとったんは……!)
 はやてが我に返ると同時に、ガシャン、ガシャンと耳障りな音がする。
 トレーラーに積んであった重機の数々が、ひとりでに動き出したのだ。しかしショベルカーの運転席には誰の姿もない。
「まさか……?」
 見た目は工事現場でお馴染みの重機でも、中身はまるで違った。
 機動外殻――他所の次元から持ち込まれた、自律型の戦闘マシーン。重機は鋼鉄のモンスターと化し、小さなはやてを見下ろす。
「月村さん、すみません! 私、あれの対処してきます!」
「あ、ああ」
 はやては果敢にも前へ出て、夜天の書を呼び出した。
「八神はやてより東京支局へ! 三原木四丁目で緊急事態発生、対応にあたりますので、応援とモニタリングをお願いします!」
 真夏の夜、高速道路の上で新たな戦いが幕を開けた。

                ☆

「はやてが敵と接触っ?」
 東京臨時支局のオフィスにて、クロノは驚きの声をあげた。
 そんなクロノの肩にエイミィがそっと触れる。
「クロノ君。深呼吸」
 言われた通りクロノは身体の力を抜いて、肺の中身をありったけ吐き出した。
「……ありがとう、エイミィ。落ち着いたよ」
「ふふっ。どういたしまして」
 指揮官の自分がこれ見よがしに動揺してしまっては、全体にも伝播する。しかしエイミィのおかげで踏みとどまり、またクールダウンすることもできた。
「とにかく今ははやての救出が先決だ。大至急、応援をまわしてくれ」
「了解です!」
 いくつか指示を出し、クロノは情報スクリーンを見詰める。
「アルフたちは今もターゲットを追跡してるよな」
「うん。……あっ」
 エイミィも気付いたらしい。
「ターゲットには仲間がいるんだ」
 支局長の言葉にオフィスの面々は目を見張った。
 ターゲットの動向にはアルフたちが付かず離れずの距離で目を光らせている。にもかかわらず、はやてが襲撃を受けたのだから、それは協力者の存在を示唆していた。
 支局長はすっくと立ちあがり、号令を放つ。
「ザフィーラたちを信じていないわけじゃないが、念には念を入れたほうがよさそうだ。臨海方面の高速上で結界を展開! ターゲットを誘い込み、ただちに確保する!」
「了解ッ!」
 一同の返事が合唱のように重なった。
「守護騎士たちにも、はやてを救出次第、結界に入るように伝えてくれ。そのほうが安全だ。引き続き警戒を強化、ここからが正念場だぞ」
 そこまで一気にまくし立て、クロノは椅子に座りなおす。
「なのはとフェイトの力も借りるしかないな。はやてが襲われたとなっては、隠し通すわけにもいかないだろう」
「うん……」
 エイミィは声を落とすも、すぐに表情を引き締めた。
「でもクロノ君、追跡対象は単独犯じゃないかもって、確か昼間にも言ってたよね? さっきも断言してたけど、どうして?」
「敵の保有戦力だよ」
 クロノは手元の端末を操作し、機動外殻の情報を立ちあげる。
「この世界の重機を材料にしたようだが、これだけの数だ。昼間のうちに集めたにしても、誰にも見つからないように数を揃えるのは、なかなか骨が折れたはず……ほら、犯人はヘルメットを被ってるだろ?」
 次第にエイミィも理解を示し始めた。
「そっか。一応、道路交通法を意識してるんだ?」
「女子高生が真っ昼間から二輪で走ってるんだ。夏休みに入ってなければ、どこかで警察が止めたとは思うが……その意味では、こいつは運がいい」
 つまり犯人は悪目立ちを避けるべく、律義に法定速度を守っていたことになる。その足のせいで思いのほか時間が掛かってしまったことは、想像に容易い。
「おそらくどこかに拠点を設け、そこへ重機を転送したんだろう。しかし拠点へ戻ってから改造を始めたのでは、この時間の決起には間に合わなかったはずだ。すなわち」
「拠点に協力者を置いて、機動外殻を作らせたわけか」
「その通り。それにアルフたちが追跡中のターゲットと、はやての位置は遠すぎる。やはり機動外殻を操ってる協力者が、ほかにいるのさ」
 さらにクロノは今回の事件の核心へ迫った。
「彼女らの目的はおそらく八神はやて……いや、夜天の書だ」
「どうして?」
「この一帯で次元犯罪者が狙うようなものが、ほかに考えられないからだよ。実際、彼女たちはこうしてはやてを襲ってる」
 わざわざ別の次元から出張ってきてまで、手に入れたがるもの――と来れば、夜天の書が真っ先に浮かびあがる。
 夜天の書に何かしらの『力』が残っている可能性は、ユーノも懸念していた。なのはたちからの応答を待ちつつ、クロノは険しい表情で腕を組む。
「じゃあ、このバイクの子は陽動で……でもオールストン・シーに向かってるから、前の事件の時みたいに、『魔導士狙い』って線はないかな? クロノ君」
「現段階では否定できない。だから、なのはとフェイトには結界の中でターゲットを待ち伏せしてもらうんだ。囮というわけじゃないが、結界は一箇所に絞りたいしね」
 標的に共犯者がいるからといって、各個撃破を指示しないのも、市街地での乱戦を危惧してのことだった。闇雲に捜索範囲を広げた結果、戦場が分散してはまずい。
 間もなくオールストン・シーのホテルと繋がる。