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魔法少女リリカルなのは Reflection 05

 アミティエを地下室に閉じ込めてから、キリエは父の病室を訪れた。
 大好きな父はカーテンの向こうで無数の機材に囲まれ、昏睡している。その傍には静かに父を見守る母のシルエットもあった。
 母がキリエの来訪に気付く。
「キリエ? お父さんのお見舞いですか?」
「……うん」
 反射的に見舞いと答えるも、キリエはカーテンを開けることができなかった。
 愛する父のため、この星のため。目的はそうであっても、姉を撃ち、母を置いて飛び出そうというのだから。罪悪感が込みあげ、母と対面するのが怖い。
「ちょっと出掛けてくるから。パパとママにいってきます、言おうと思って……」
 普段のように話したつもりでも、声が震えた。
 それこそさっきの姉と同じような調子で、母をはぐらかす。
「出掛けるってどこに?」
「すぐに帰ってくるわ。きっと素敵なプレゼントを持って」
 間違ったことをしているわけではないのに。
 胸を張って『私に任せて!』と言いたかったのに。
「あと……お姉ちゃんも2、3日留守にするけど、心配しないでって」
「アミタが? キリエ、待――」
「ごめんね、パパ、ママ。いってきます」
 キリエは逃げるようにあとずさり、父の病室をあとにした。
(そうよ……パパさえ助かれば、ママだって……お姉ちゃんだって)
 決意が鈍らないうちに教会へ急ぐ。

 廃教会では、イリスが石碑のシステムを調整していた。
「……うん。これで行けるわ」
「イリス、お待たせ。準備はどう?」
 ホログラムであっても存在感のある彼女が、振り向き、神妙な面持ちを浮かべる。
「できてるけど……キリエは本当にいいの? 危険な旅なのよ」
 せめてイリス相手には強がりたかった。
 キリエはガッツポーズでウインクを決める。
「平気。イリスも一緒に来てくれるんだし 怖いことなんてなーんにも」
 今回の行動に至ったきっかけは、イリスの成果だった。エルトリアの復興のため、人工知能の彼女が協力を申し出てくれたのは、出会いから一年ほど経った日のこと。
『星の外まで調べたら、有益な情報が見つかるかもね』
 キリエはこれを信じ、人工知能のイリスを、手の届く限りのシステムすべてと繋げた。これは当時の父も快く許可してくれている。
 おかげでイリスは膨大な情報領域と桁外れの処理速度を手に入れた。そして、その力で情報を集めた結果、ひとつの可能性が浮上した。
 永遠結晶。
 遠い宇宙の彼方に存在する、その結晶があれば、星を救える――と。
 イリスが自分の石板を指差した。
「それ持ってって。向こうでの私の本体」
「うん」
 イリスの本体でもある青い石板を、キリエはしっかりと抱き込む。
「向こうは空気も違うから、適合調整もしっかりね」
「ここより過酷ってことはないんでしょ? 私なら平気よ」
「それもそっか」
 イリスが一緒にいてくれる。それが何よりも心強かった。
「じゃあ行こう。この星と、キリエのパパを助ける旅」
「うん!」
 キリエとイリスを導くかのように、礼拝堂の石碑が眩い光を放つ。
 イリスと初めて会った時のことを、キリエは思い出した。あの日も石碑が輝いて、イリスという奇跡をもたらしてくれたのだから、今回もきっと――。
 次元の跳躍が始まる。

 目的地への到着は、墜落する勢いだった。その衝撃で爆発が生じる。
「な、なかなかハードね……次元跳躍って」
 できたばかりのクレーターの真中で、キリエはぼさぼさの頭を掻いた。身体が強化されていなかったら骨の一本や二本、折れていたところだ。
「キリエ、大丈夫? 呼吸は苦しくない?」
「うん、大丈夫。髪はこんなになっちゃったけどね」
 父親譲りのくせっ毛は油断がならない。ヘアメイクを怠ると、あっという間に幼少期のぼさぼさ頭に戻ってしまう。
(パパ……待ってて。絶対に助けてあげるから)
 次元跳躍の衝撃で服も破れていた。
 ホログラムだけに無傷のイリスが、周囲を見渡す。
「服をなんとかしないとね」
 思い出したようにキリエも状況を確認した。やけに澄んだ夜空を仰ぎ、驚く。
(本当にエルトリアじゃないんだわ……)
 エルトリアの空は汚れ、夜は星の瞬きひとつ見ることができなかった。しかしキリエが今見ている『それ』は、群青色のグラデーションが美しい。
 夜空に燦然と輝くのは、月という衛星だろう。
 視線を降ろせば、ネオンの街並みを一望できる。これも俄かには信じられなかった。
「……街の明かりが、あんなに……」
「平和な世界なのね。ここは」
 あの光の数だけ、ひとがいる。家族とともに日々を暮らしている。
 しかしキリエに憧れもなければ、妬みもなかった。
 どんなに空が綺麗でも、どんなに街が賑やかでも、キリエの『孤独』は変わらない。膨大なネオンを前にして、立ち竦むように佇む。
「このあたりはひとがいなくて助かったわ。キリエ、そこのシートみたいなのを」
「あ、うん」
 キリエたちがいるのは廃車場だった。傍らのスクラップには、風で飛ばされてきたらしいボロが掛かっている。
 それを材料に、イリスが手頃な服を生成してくれた。生地自体も再構成され、清潔感のあるブレザーがキリエの背丈にぴったりとフィットする。
「はい、完成。この国のガールズスタイルね」
「ふぅん……悪くないかも」
 ファッションには小うるさいキリエも納得の出来。
 それからイリスは真剣な表情でキリエに迫った。鼻と鼻がぶつかりそうなほどに。
「キリエ、もう一度確認。私たちがこれからすることは、この世界のひとたちにとって少し迷惑なこと……だけど、なるべく迷惑をかけずに、できるだけ急いで」
 キリエは力を込めて頷く。
「パパとエルトリアを助ける鍵を手に入れる。高密度の生命エネルギー結晶体」
「「永遠結晶」」
 無尽蔵に生命エネルギーを生み出すという永遠結晶。その力があれば、父を救えるに違いない。惑星エルトリアも救えるかもしれない。
 そうキリエは信じていた。大親友のイリスが教えてくれたのだから。
 イリスの指がそっとキリエの唇に触れる。
「ただし気をつけて。この世界は平和だけど、世界を守ってるヒーローがいる。次元世界のことを知ってて、戦う力を持ってる……避けては通れないし こっちから接触しなきゃいけない子もいる」
「……うん」
 キリエの顔つきも引き締まった。
 時空管理局と、それに所属する魔導士。
 いずれ彼らはキリエたちの次元跳躍を知り、追ってくるだろう。捕まったが最後、キリエたちは時空犯罪者として処断される可能性もあった。
 イリスが宙にビジョンを立ちあげる。
「接触しなくちゃならない魔導士は、この子たちよ」
「こんなに小さい子が……?」
 ビジョンの中で笑っているのは、三人の少女。内緒話のトーンで語りつつ、イリスはその中央にいるボブカットの女の子を指す。
 夜天の書の主、八神はやて。
「永遠結晶の鍵は、この子が持ってる『闇の書』の中にある。こっちは私が行くわ。貸してもらえるよう説得してみる」
 5つか6つは年下の相手に、必要なら無理強いもする――キリエは固唾を飲んだ。
「話を聞いてもらえなかったら?」
「その時はその時よ。キリエはこっちのふたりね」
 八神はやてとともに、ふたりの少女がピックアップされる。
 高町なのは。フェイト=テスタロッサ。
「永遠結晶を見つけ出すために、この子たちのデータも欲しいの。協力してくれるに越したことはないけど……」
「わかってる。パパのためだもん」
 覚悟を決め、キリエは初めて見る月を睨みあげた。