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魔法少女リリカルなのは Reflection 32(終)

 東京湾の夜空に突如、途轍もなく膨大な魔力反応が出現する。
 それを確認しつつ、はやてはディアーチェを追いかけた。
「王様、待って! あれは何なん?」
「貴様に話す道理があるか! ついてくるな!」
 はやての相手どころではないらしいディアーチェは、さらに速度を上げる。
「この感覚……我は知っている。この力の持ち主を……」
 はやてのもとに最新の情報が入った。
『クロノ班が永遠結晶とキリエ・イリスの両名を発見しましたが、イリスの反撃により、クロノ執務官と16名の隊員が重症! イリスは上空へ逃走した模様です!』
 はやては思わず唇を噛む。
「クロノ班が壊滅やて? オールストン・シーで何があったんや?」
『ええと……キリエさんは行方がわからないみたいですぅ』
 リインフォースの声音も神妙だった。
 はやてたちの頭上に白い月が差し掛かる。
(あれが永遠結晶か!)
 しかし月にしては距離が近すぎた。容疑者のひとり『イリス』が眩い結晶体を従え、夜空の中央に佇んでいる。
『はやてちゃん! あのひと、ホログラムじゃなくなってます』
「なんやて?」
 人工知能のはずの彼女が、今は肉体を有していた。魔導にも精通しているようで、夜天の書を端末とし、結晶体を制御する。
 ディアーチェに続き、はやてもブレーキを掛けた。
「貴様……イリスとかいったな。一体どういうつもりだ? それはなんだ?」
 ディアーチェとイリスは協力関係にあるわけではないらしい。緊迫感で空気が張り詰める中、イリスは飄々と白状する。
「どうもこうも、私のすることは一貫してるわよ。王様たちが欲しがってる力は、この子の胸の中。ここから抉り出せれば、無限の力が手に入る」
 はやては声には出さず、頭の中で反芻した。
(……『この子』? 永遠結晶の中に誰かおるんか……?)
 巨大鉱石は花開く前の蕾を思わせる、美々しい姿に変異していた。八枚のシールドでその身を固め、真っ白に燦然と輝きながらも、沈黙を続ける。
「ま、この子は抵抗するでしょうけど」
「我らにそいつと戦え、と?」
「そう。舞台はこの世界のすべて。この子を殺して、勝ち取って」
 イリスの意図がまったく読めなかった。
(やっとのことで見つけた永遠結晶を、王様たちと戦わせる……?)
 その間にも時空管理局の面々が集まり、イリスの三百六十度に包囲網を敷く。
 シグナムがはやてとディアーチェを一緒くたに見つけ、驚いた。
「主はやて? その者から離れてください!」
「大丈夫よ、シグナム。こっちの王様……ディアーチェはもう私と戦うどころやない。そもそも私たち、戦う理由はなかったみたいやしね」
 フェイトも合流し、一連の騒動の黒幕をねめつける。
「あれがイリス……キリエさんは?」
「わからへん。ただ言えるのは……永遠結晶を探し求めていたのは、キリエさんやなかったってこと。何もかも、あなたが仕組んだことやったんやね? イリス」
「外野は黙っていろ」
 はやての質問を制し、ディアーチェはふてぶてしく腕組みを深めた。
「貴様の口車に乗る我と思うか? そんなことより、貴様に逃げ場はないぞ。永遠結晶と我らについて知っとることは全部、洗いざらい吐け」
 はやてもフェイトも苦笑する。
「あのぉ、王様? 王様も一応、包囲の対象なんやけど……」
「ああ、あなたがレヴィの言ってた……悪い子じゃないよ、きっと」
 我が物顔で最前線にいるディアーチェは別にしても、時空管理局のフォーメーションはイリスと永遠結晶を完璧に制圧できていた。ただ、すでにクロノ隊を壊滅させられているため、様子見と警告に徹する。
 シグナムとフェイトが揃って前へ出た。
「諦めろ。フォーミュラのないお前に、この数は相手にできまい」
「投降してください。お話はちゃんと伺いますので」
 シャマルやザフィーラも臨戦態勢で成り行きを見守っている。
「……だめね。永遠結晶はスキャンできないわ」
「油断するなよ、シグナム、シャマル。キリエ=フローリアンの例もある」
 その布陣を指揮しながら、はやてはイリスに要求した。
「さあ。夜天の書を返してもらおか」
「ふ……」
 にもかかわらず、イリスはまるで動じない。不敵な笑みを浮かべたのは一瞬のこと。
 凶暴な敵意を剥き出しにして、永遠結晶を乱暴に殴りつける。
「いつまで寝てんの――起きなさいっ!」

                 ☆

 シュテルとの激戦のあと、なのはは救護車両でユーノから治療を受けていた。
 その間も作戦本部から差し迫った状況が伝わってくる。
『執務官と16名が重症です。キリエ=フローリアンは一時的に確保しましたが、すぐに逃走……イリスは永遠結晶を奪取し、東京湾の上空へ転移した模様です』
 なのはの膝の絆創膏を、ユーノが軽く叩いた。
「よし、手当ては完了。だけど全快まではまだ掛かるよ」
「ありがとう、ユーノ君」
 ヴィータはグラーフアイゼンを引っ提げ、戦場へと踵を返す。
「あっちは任せとけ。おとなしくしてろよ、なのは」
「僕も行ってくる」
「うん。ふたりとも、気をつけて」
 勇敢なヴィータ班の面々を見送りながらも、なのはは胸騒ぎを覚えた。
(どうしてだろう……すごく嫌な予感がする)
 ヴィータやユーノのことは信頼している。今の自分が休息を取るべきなのも納得している。しかし戦況の報告が届くたび、居ても立ってもいられなかった。
「なのはさん」
 ヴィータたちと入れ違いで、技術部のシャリオがレイジングハートを持ってくる。
「シャーリー! レイジングハート!」
 それからもうひとり、重要参考人のアミティエも。
「アミタさん?」
「こんなに傷ついて……すみません。私の家族のことで、なのはさんにもご迷惑を」
 アミティエは両手を拘束され、さらに左右を監視員に押さえられていた。
 クロノはここまで徹底するつもりはなかったものの、彼女自身があくまで『参考人』としての処遇を希望したらしい。
 なのはは救護車両を降り、アミティエと対面する。
「怪我のことは気にしないでください。これくらい、いつものことですから」
「ですが……」
「それよりお願いしてた件のほう、どうですか?」
 アミティエは躊躇いがちに言い渋った。
「あなたのデバイス……そちらのシャリオさんの指示通り、準備はしました。ですが無茶ですよ。強化されてるわけでもない、それも私の半分ほどの年齢で……」
 彼女の言いたいことはわかる。
 エルトリア製のフォーミュラは、肉体面の強化が前提となっている。なのに強化もなしに、十歳前後の未成熟な身体で用いるなど、無茶が過ぎるだろう。
 それでもなのはは仰向き、アミティエの双眸を覗き込む。
「もう後悔するのも、私の力が足りなかったせいで誰かが悲しい思いをするのも、嫌なんです。無茶でも何でも、みんなを助ける……私の魔法はそのための力なんです」
 胸の中では悔恨と渇望とが渦巻いていた。
(キリエさんには一度、届かなかった……だけど)
 初めて魔法と出会ったあの頃の自分には、本当にプレシア=テスタロッサを救うことはできなかったのだろうか。
 あれから一日たりとも魔導の訓練を欠かさず、迎えた闇の書事件においても。
先代のリインフォースが涙を隠し、笑顔で空へ還っていくのを、自分たちは見送ることしかできなかった。
 あんなに悔しい思いは、もうしたくない。
 誰にも悲しい思いをさせたくない。
「キリエさんが泣きそうな顔をしなくてもいいように。やらせてください」
「なのはさん……」
 その意志の強さを目の当たりにして、アミティエも覚悟を決めたようだった。
「わかりました。シャリオさん、あれを」
「ナノマシンの投与ですね。大丈夫です、害はありませんから」
 なのははフォーミュラ用のナノマシンを身体に注入し、反応を確かめる。
 その時、クロノから通信が入った。
『なのは!』
 映像の中でクロノは深手を負い、救急隊によって搬送されている。
「だ、大丈夫なの? クロノ君」
『僕のことはいい。それより……ぐうっ?』
『動かないでください、執務官! 重症なんですから』
 苦痛に顔を歪める彼を、救急隊員が脇から支えた。オールストン・シーの水族館で何が起こったのか、問いただせる状態ではない。
 それでもクロノは救急隊員を押しのけ、苦しげに声を絞り出した。
『この通信だけさせてくれ。アミティエもそこにいるな?』
「なんでしょうか? クロノさん」
『あなたも出て行きたくて、うずうずしてるところだろう。僕のほうで許可は出す。キリエ=フローリアンの確保……いや、保護を頼めるか』
 なのはたちは顔を見合わせる。
「クロノ君? それって」
『イリスがキリエを裏切ったんだ』
 その一言がすべてを語っていた。アミティエはフォーミュラスーツを装着するとともに拘束具を砕き、猛然と飛び出していく。
「ごめんなさい、なのはさん! 急ぎますので!」
「アミタさんっ?」
 あまりの勢いに気圧され、シャリオは尻餅をついた。
「い、いいんですか? クロノ君……」
『彼女は信用できる。すまないが、なのはも協力してやってくれ』
「うん!」
 なのはは頬の絆創膏を剥がし、幼いなりに顔つきを引き締める。
 エイミィの通信が割り込んできた。
『司令部より全局員へ緊急連絡! 東京湾の上空に新たな敵性体が出現! 司令部では状況から、永遠結晶より実体化した魔導士であると推察――』
 ただならない威圧感が夜空を圧迫する。
『イリスの言動から『ユーリ』と呼称します!』
 レイジングハートがなのはの傍で輝いた。
『Let's go ! Master』
「そうだね、レイジングハート。行かなくっちゃ」
 戦いはまだ終わらない。
 キリエを救い、イリスを止めるためにも、なのははレイジングハートをかざす。
「セットアップ!」
 高町なのはの純白だったバリアジャケットは、新たに青と黒を基調とし、アミティエのフォーミュラスーツと同じ意匠が施されていた。
 それもそのはず、この装備はフォーミュラを踏襲している。
「これがフォーミュラモード……」
 なのはがバリアジャケットを確認するごとに、シャリオの解説が入った。
「バリアジャケットは基本構造を維持したまま、相手の魔道への対策として、フォーミュラシステム由来の防御コートを表層に27層追加。『フォートレス』ユニットも同様に強化されてまして、各部ディフェンサーには46層の防御コートを追加しています」
 高町なのはのバトルスタイルは砲撃と防御。そのために守備力を増強したらしい。
「その代わり、運用魔力の消費量は平常で26パーセント増加、フル稼動で106パーセント増加。消費魔力関連が重たくなっちゃいましたけど……どうですか?」
「これくらいなら、普通に戦えそうだね」
『yeah, no problem』
 なのははバリアジャケットとともに新しくなったストライクカノンを持ちあげる。
「そして武装は、装備されていたカノンを改修、フォーミュラカノンとして再構築しました。ACSモードへはシームレスに移行可能です」
 全長が1メートルを超える大型の武器なのに、驚くほど軽くなっていた。シームレス化により、元来の変形機構をオミットしたからだろう。
「出力制御に合わせてカートリッジシステムも大型化してますよ。1パックにつき連続発射は2回です」
「最大連続発射は撃ってみてから調整しよっか」
『sure』
 さらにバイルスマッシャーや予備のカートリッジもありったけ搭載した。
 単身にして『要塞』と呼ぶべき火力を備えた、決戦用の重武装――フォートレス。
「ありがとうございます。それじゃ」
「頑張ってくださいね」
 フォーミュラカノンを携え、なのはは真夏の夜空を駆け抜けていく。

   ――ねえ、キリエ。
   この世界の魔導士は『魔法使い』って意味なんだそうです。

   不思議な力は嘘でも、悲しい物語が進んでいても。
   泣いてるあなたを助けてくれる魔法使いは、ちゃんといました。
   無敵の魔法使いが――。

「さあ行くよ! レイジングハート!」
『formula mode, stand by ready』
 
             魔法少女リリカルなのは Reflection ~END~