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魔法少女リリカルなのは Reflection 09

 7月22日、AM10:00。
 初めての地球で、キリエ=フローリアンは作戦のための資材を集めていた。ひとの目に触れないよう細心の注意を払いつつ、手頃な重機を『拠点』へ転送する。
「……ふう。警備もなしに、これだけの資材が野ざらしにされてるなんて……」
 作戦の開始は夜になってから。それまでに戦力となる『機動外殻』を充分な数、揃えておきたかった。その材料となるのが、ショベルカーなどの重機だ。
 当初はもっと効率よく集められると思っていたが、その見通しは甘かった。
 道のりは想定以上に交通量が多いうえ、法定速度が足枷となる。かといって、まさか白昼堂々と空を飛ぶわけにもいかない。
 そのせいで、イリスが作成した広域マップも万全ではなかった。
「ルートの最適化をするしかない、か……」
 同じくイリスに作ってもらったバイクを、公園の前で止め、地図を呼び出す。
「……っと。立体映像はまだ実用化されてないんだっけ」
 エルトリアとは環境がまったく異なるせいで、早くもキリエは疲れを感じ始めていた。特にこの蒸し暑さは、たまったものではない。
 しかも、ここではヘルメットの着用が義務付けられている。炎天下を走るうち、ブレザーも汗でびっしょりになってしまった。
 公園のベンチに置き去りにされている空のペットボトルを借り、水飲み場で中身を補充しておく。
「平和な星なのね、本当に……信じられないわ」
 コップ一杯の純水さえ思うように手に入らないエルトリアとは、何もかもが違った。
 イリスの話では、過去に大規模時空震などの大事件もあったらしいが、この星は健全な姿を保っている。
 キリエとて、この星のひとびとに迷惑を掛けるつもりはなかった。
 なるべく静かに、なるべく穏便に――なのに自分が今やっているのは、『戦争の準備』ではないのか。魔導士たちの説得に機動外殻まで必要なのか。
 しかし今さら引き返すこともできない。
「待っててね。パパ」
 炎天下の中、キリエはぎゅっと拳を握り締めた。

 そして同日の夜。
 キリエたちの潜伏する江戸川区へ、もうひとつ流れ星が落ちた。
「さすがに単身での次元跳躍は、反動が凄まじいですね……」
 アミティエ=フローリアンは平然と起きあがり、身体の損傷をチェックする。
「表皮と筋肉層に軽微のダメージ、すでに修復中……身体のほうは問題ないようですが」
 案の定、次元跳躍の衝撃によって服はズタズタに裂けてしまっていた。
 フォーミュラスーツの力を応用し、生地を再構成する。
「この星の女性が着ている服で、違和感のないものを……うん! いい感じです」
 それが『セーラー服』だということまで、アミティエにはわからなかった。
 やけに短いスカートを押さえつつ、薄暗い街並みを一望する。
「このどこかにキリエが……」
 居場所はさほど遠くないはずだった。
 自宅の地下室で、アミティエはキリエの調査データに一通り目を通している。ロックは掛かっていたものの、アミティエとて研究員の端くれ。無理やりこじ開けてやった。
 それによれば、第一の目標は三人の魔導士と接触すること。
 八神はやて、高町なのは、フェイト=テスタロッサ。
 そして『鍵』を手に入れ、『永遠結晶』のもとへ辿り着く――と。
 時間がなかったため、暗号の部分は解読できなかった。しかし大筋は合っているはず。
「こんな遠い次元世界の情報収集なんて、キリエひとりでは到底、無理でしょうし……やはり『イリス』が手を貸してると見て、間違いありませんね」
 急ぎたいが、ここは無人の荒野ではなかった。空を飛ぶことも難しい。
 冷静な思考がひとつの手段を弾き出した。
(キリエを探すなら、時空管理局に協力の要請を……)
 無断で次元跳躍を敢行したうえ、現地でうろうろしていては、知らず知らずのうちに余罪が増えかねない。それに時空管理局なら、迅速かつ大掛かりな捜索も可能だろう。
 だが、そうなってはキリエが次元犯罪者として逮捕される。
 そして、父と母の名声に泥を塗ることになる。
 今ならフローリアン家は『病に倒れるまで母星に残った最後の研究者』として、歓迎してもらえるはずだ。少なくとも母は重圧から解放される。
 しかし娘が次元犯罪者となれば、世論も一変する――その結末だけは避けたかった。
 とにかくキリエが行動を起こす前に確保する。そのあとで時空管理局に事情を説明するほかになかった。
「確かキリエはこのあたりに落ちたはずですが……」
 夜のせいか、廃車場には誰も見当たらない。ただ、あちこちに『立ち入り禁止』のテープが張られているのは気になった。
 アミティエはスクラップの中から手頃なバイクを見つけ、引っ張り出す。
「電装系が生きていれば、何とか使えそうですね。すみません……成すべきことを成すため、手伝ってもらえませんか」
 フォーミュラで改造を施せば、廃バイクも新品同然となった。
 それに跨り、アミティエはエンジンを掛ける。
(皮肉なものですね……あれだけ放ったらかしにしていた妹を、今は必死で追いかけてるなんて……)
 どこで何を間違ったのだろうか。今回の件は妹のキリエではなく、むしろ姉の自分に責任があるような気がしてならなかった。
 ちゃんと話せばわかってくれる――そんな甘えはもう許されない。
 アミティエは周囲の地形に検索を掛けながら、目星をつける。
「まずは反応が近い『八神はやて』さんに会いに行きましょう。そうすれば、自ずとキリエにも会えるはずです」
 蘇ったバイクが唸りをあげた。
 セーラー服の女子が二輪で車道を駆け抜けていく。

                 ☆

 時は少し遡り、7月22日のAM09:20。
 なのはたちはリンディの車でオールストン・シーを目指していた。助手席には娘のフェイトが、後部座席のほうはアリサ、すずか、なのはの三人が占めている。
「アリサちゃんとすずかちゃんは、お母さんと一緒じゃなくてよかったの?」
「朝一になるから、あとで来なさいってぇ」
 海上のアミューズメントパーク『オールストン・シー』の開発には、アリサやすずかの両親が携わっていた。本日は関係者を招いての内覧会とのこと。
 オールストン・シーは正式オープンの日まで、すでにカウントダウンに入っている。今日は宣伝や広報を兼ね、それなりの人数が集まるらしい。
 アリサが全員に念を押した。
「いーい? あくまで自由研究なのよ、自由研究。夏休みの宿題なんだから」
 その隣で、すずかは愉快そうに微笑む。
「そんなこと言って、いいの? アリサちゃんが一番はしゃぐ気も……」
「一番はなのはでしょ? さっきからずーっとソワソワしてるし」
 なのはも期待に胸を躍らせた。
「まずは水族館からだねっ。えへへ」
「それって海の中にあるんでしょ? 想像もつかないよ」
 やがて沿岸の車道に出て、青い海と対面する。
「うわあー!」
 視界の一面がコバルトブルーで染まった。無限に揺らめく海面が、白い陽光を反射し、真夏の輝きを散りばめる。
 その海原に臨むようにオールストン・シーが聳え立っていた。
 興奮気味になのはは声を弾ませる。
「ほら、見えてきたよ! フェイトちゃん」
「すごいね」
 フェイトも落ち着き払ってはいるものの、あどけない笑みを綻ばせた。
 後ろでアリサがぼやく。
「はやてとリインも一緒に来られたらよかったのにー」
 それをすずかがフォローするのも、毎度のこと。
「でも夜には合流できるんだし」
「いっぱい写真撮って、見せてあげよう!」
「そうね」
 間もなく一行はオールストン・シーへ到着した。