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魔法少女リリカルなのは Reflection 06

 たくさんの出会いと、いくつかの別れがあった。
 プレシア=テスタロッサ事件、そして闇の書事件。それから数ヶ月が経ち、栗色の髪とリボンがトレードマークの少女――高町なのはは小学五年生になっていた。
 聖祥小学校の制服も半袖の夏服となり、少し肌寒いと思ったのも、束の間のこと。
 梅雨が明けて七月になると、気温も一気に上昇。夏休みを目前にして、聖祥小学校の子どもたちは期待に胸を躍らせている。
 五年A組のなのはもワクワクしていた。放課後はクラスメートのフェイト=テスタロッサ、アリサ=バニングスと一緒に教室を出て、B組の月村すずかと合流する。
「一学期もあと一週間かあ……なんだかあっという間だったね」
「うん。そうだね」
 なのはの言葉にフェイトも頷く。
 アリサは大人顔負けの美貌で苦笑いした。
「そりゃ、ふたりはね。お仕事してるくらいだし」
 すずかが合の手を打つ。
「放課後はよく大急ぎで飛んでっちゃうものね。うふふ」
 アリサ=バニングスと月村すずかは、なのはたちが時空管理局の嘱託魔導士であることを知っていた。フェイトの事情も理解したうえで受け入れてくれている。
 そんなふたりのことが、なのはは大好きだった。
「今度のお出掛けは大丈夫なんでしょうね?」
「スケジュールも確認したしバッチリ!」
 アリサに念を押されるまでもない。時空管理局で働いているとはいえ、仕事を理由に彼女たちを遠ざけたことは、今まで一度たりともなかった。
 すっかり柔らかくなったフェイトが微笑む。
「楽しみだよね。オールストン・シー」
 ブロンドのロングヘアを靡かせる美少女は、佇むだけでも鮮烈な存在感を放った。容姿端麗という言葉がしっくりくる彼女は、なのはにとって自慢の友達。
 同じ『魔導士』として尊敬し、信頼もしている。
 アリサは得意満面に豪語した。
「明日の内覧会、社会科見学の名目で説得してあげた、あたしとすずかに感謝なさいっ」
「アリサちゃんったら、もう……でもほんと、ふたりも遠慮しないでね?」
 すずかは落ち着いた笑みを綻ばせる。
 この夏にオープンするアミューズメントパーク、オールストン・シー。これは海上遊園地と水中水族館がひとつになったもので、世間の関心も期待とともに高まっていた。
 その開発は月村重工パワーシステム(すずかの両親)とバニングス建設(アリサの両親)が提携しての一大プロジェクトで、経済効果も大きいと目されている。
 そんなオールストン・シーの先行公開に、なのはたちも招待される運びとなった。友達のコネとはいえ、嬉しいものは嬉しい。
「いっぱい遊ぼうね! フェイトちゃん」
「勉強に行くんだよ? なのは」
 なのはを軽く窘めつつ、フェイトがすずかに尋ねる。
「はやてのほうはどう?」
 八神はやてとはクラスが違うため、B組のすずかに聞くのが恒例化していた。
「少し遅れちゃうけど、絶対行くって。さっきも『来週に備えてバッチリお仕事してくるな~』って、大急ぎで帰っちゃった」
「え……すずか、今の、はやての真似のつもり?」
 この春からはやても、なのはたちと同じ聖祥小学校に通っている。
 一時期は夜天の書の自律プログラムに蝕まれ、深刻な麻痺が進行していたものの、たった数ヶ月のうちに回復。
 今では走れるようにもなって、体育の授業でも活躍しているのだとか。
 アリサが腕組みを深める。
「ちょっと前からは考えられないアクティブさね……」
「はやてちゃんは初めて会った時から、アクティブだったよ?」
 はやてと一番に知り合った、すずかならではの言葉が少し羨ましかった。
 心配そうにフェイトが呟く。
「はやては私たちより忙しいから……」
「ヴィータちゃんやシグナムさんも一緒だから、大丈夫だとは思うけど」
 なのはも不安に駆られそうになったが、アリサはあっけらかんと言い放った。
「今まで動けなかった分のエネルギーを持て余してるだけよ。そのうち落ち着くと思うから、好きにさせてあげればいいんじゃない?」
「アリサちゃんったら、また」
 その後の帰り道も、小学生らしく和気藹々と盛りあがる。
「あとではやてちゃんに連絡しないとね」
「なのはからも言ってあげて? 無理しないでって」
 楽しい夏休みは近かった。

                 ☆

 時空管理局本部、技術部セクションにて。
 嘱託魔導士の八神はやては時空管理局の制服に身を包むことで、小学五年生とは思えない貫禄を漂わせていた。彼女の強い意志がそうさせるのかもしれない。
 相棒の融合騎リインフォースもはやてと同じ制服を着ている。しかしこちらは背丈が人形くらいのため、貫禄を感じさせるには無理があった。
「ここのところ毎日ですよ? はやてちゃん。大丈夫ですかぁ?」
「ヘーキよ。もうすぐ夏休みやし」
 リインフォースの目線に合わせて、はやては小さなVサインを決める。
 最近のはやての仕事は、ベルカ式アームドデバイスの研究・開発におけるオブザーバーだった。技術部は特に『カートリッジシステム』の実用化に心血を注いでいる。
 これは『夜天の書』に由来する古代文明ベルカのもので、はやての守護騎士(ヴォルケンリッター)たちが切り札とした。
 闇の書事件の際は、なのはとフィイトがそれを先んじて導入。その有用性が実証されたことで、時空管理局も開発に乗り出したという。
 今日も技術部で一仕事を終え、はやては同僚のシャリオ=フィニーノや、人事部の本部長レティ=ロウランと一服していた。
「地球の日本は夏でも、ここは年中同じやから、感覚が狂うわあ……」
「臨時支局のみんなも同じこと言ってますよ」
 向かいの席のレティがお茶の湯気を呷りながら、話を戻す。
「確かにカートリッジシステムの有用性は高いわ。でも……取り扱いがまだまだ難しいうえ、正常に組み込めるデバイスが、どうしてもワンオフになりがち……と」
 ベルカ式のカートリッジシステムはアームドデバイスに弾丸を装填することで、爆発的な威力を引き出すもの。弾数という制約はあるものの、魔導士本人の体力・魔力の温存に繋がるため、戦闘の継続力も高い。
 だが課題も多かった。ひとたび扱いを誤れば、自爆に直結する。また実装の条件も厳しいため、現在は一部のアームドデバイスで運用されるに留まっている。
 はやては姿勢を正し、はきはきと答えた。
「今はその解決に色々とアプローチを掛けとる感じでして。試作機のテストを、うちの子らともども手伝わせてもろてるんです」
 シャリオが誇らしげに口を挟む。
「ミッドとベルカ、両方の魔法を使えるはやてさんならではのお仕事ですね。夜天の書で探索・分析・解析のレア魔法も使えますから、各方面から引っ張りだこなんですよ」
「ふふっ、頼もしい限りね。お仕事は順調そのもの……各部署にプレゼンさせてもらった身としては、鼻が高いわ」
「守護騎士のみなさんも各部署で大活躍ですしねー」
 称賛の言葉がこそばゆかった。
「いえ、そんな……褒めすぎです」
 照れ笑いを浮かべつつ、はやては正面のレティに感謝する。
 先の『闇の書事件』は、はやての臣下である守護騎士たちの独断専行が発端となった。すべてははやてのためとはいえ、次元法にも多数、抵触している。
 しかし結果的に『闇の書事件』の終結に貢献したこと、また、その事情から抒情酌量が考慮され、守護騎士たちに大きな刑罰は課されずに済んだ。そのうえ、現在は時空管理局で活躍の場を与えられている。
 そのために尽力してくれたのが、人事部のレティ=ロウランだった。眼鏡の似合う知的な風貌の美人で、部下想いの優しい面も持ち合わせている。
「ところで小学校のほうはどう? はやて。せっかく通い始めたんだし、もっと満喫してもいいのよ?」
 働きすぎだから休め、という意味に違いなかった。
「ん~。お休みはちゃんともらってますし……」
 口ごもっていると、隣のシャリオが助け舟を出してくれる。
「来週はみんなで遊園地に遊びに行くそうですよ。なんでも海の上にあるとかで」
「あら素敵。……あぁ、リンディもそんなことを言ってたかしら」
 リインフォースは嬉しそうに飛びまわった。
「私も楽しみなんですっ! オールストン・シーっていってですねぇ」
「お行儀が悪いで? リイン」
 相棒を嗜めながら、はやてはリインフォースと同じ名前の『彼女』を思い出す。
 胸に手を当てると、そこに彼女の温かさを感じた。
「おかげさまで日々、満喫してます。だからこそ……あの子が残してくれた、私の中の魔法。ちゃんと活かして、きっちり役立てていきたいんです」
 この力は自分だけのものではない。
 なのはたちに救われたように、次は自分が誰かを救えるように。
「何より仕事は一家の主の務めですから!」
 はやての決意表明を目の当たりにして、リインフォースもシャリオも微笑んだ。
「ファイトですっ! はやてちゃん!」
「でも無理はしないでくださいね」
 レティは溜息を漏らす。
「あなたといい、なのはといい、フェイトといい……研修や任務での貢献の数々、学校に通いながらこなしてるんだから、本当に頭が下がるわ」
「朝晩欠かさず、魔法の練習もしてますしねえ」
 ふとシャリオが呼び出しに気付いた。
「はやてさん、カレトヴルフ社の開発部からご連絡です。守護騎士のみなさんのテスト結果で、ご意見を伺いたいそうで」
「あら……それじゃ、今日はここまでね」
 残りのお茶を飲み干し、それぞれが席を立つ。
「あっちのほうは最近、どうなってるのかしらね……」
「臨時支局のほうですか? クロノくんやったら、元気してます」
「でしょうね」
 時空管理局は今日も忙しい。