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連載小説 「影跡」 ②

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 大人になった由良木朔という男は、簡単に言うと悪魔であった。
 透明感ある肌と優しく美しい顔立ち。スラリとしたスタイルに柔らかいふわふわな髪をして、目をくしゃくしゃにして笑う。これだけでも十分悪魔な訳だが、その柔らかい雰囲気とは相反してかなりの毒舌である。毒舌という言葉が可愛く聞こえるぐらいに口が悪い。思ったことをそのまま言葉にする。「まずい」「くさい」「気持ち悪い」「ブス」「デブ」この世の悪口はすべて彼の口を経由してきたのではないだろうかと思うぐらいについ、ふと、あっさり言ってしまう。悪気はないという事は無い。強い意志で悪気を持って発する。悪魔だ。言われた側は、暫く引き摺る程のダメージを負う。それでいて誉め言葉も照れることなく言葉にする。聞いているこちらが恥ずかしくなるような言葉も平気で口にする。完全体の実在する悪魔である。
 私たちが再会したのは、最後に会ってから十八年後で、朔は二十八歳になっていた。彼が小児科病棟に移ってきてから、無事退院できるまで約半年。その後も半年ほど通院はしていたのだが、引き取られた親戚の家から神奈川の病院は遠く、通院するのが大変だということで、東京の病院へ転院する事となった。本人は遠くても今の病院に通いたいと談判したようだが、結局彼の希望は聞き入れてもらえなかった。通院最後の日、彼は外来から病棟にいる私の許を訪ねて来てくれた。ぎこちない歩調で私のそばにやってきて、私の腰にしがみつき「さようなら」とか細い声で言った。私は彼の綺麗に切り揃えられたサラサラな髪を撫でながら
「きっとまた会えるよ。それまでリハビリがんばってね。」
と答えるのが精いっぱいだった。 
 思えば退院の日もそうだった。彼は私の腰にしがみついて離れなかった。検査の日も、きついリハビリがある日もそうやって何も言わず私の腰にしがみついて離れなかった。あの頃は間違いなく天使だった。でも退院の日は少し違っていた。少しだけ背が伸びていたからなのかもしれないが、「さようなら」と言って涙目で私の顔を見上げた時、僅かに大人びたように見えたのだ。新しい生活の中で、色々な事を感じたのかも知れない。まだ十歳でしかない彼は、なりたくなくても少しずつ大人になるし、したくなくても少しずつ成長してしまう。ちゃんと甘えさせてもらえているのだろうかと、勝手に彼の環境を想像しては心配してしまう。そうやって彼と会うことがなくなってから十八年の月日が流れたのだ。
 その間に私は、結婚し神奈川の病院を辞め、夫と共に東京に移り住んだ。しばらくは専業主婦のような事もしてみたが、私には向いていなかったようだ。後に都内の総合病院で働く事となったが、あまりにも人間関係が複雑過ぎて二年ともたなかった。それで今は、昔同僚だった看護師仲間のつてで、家から二駅ほど離れた内科と小児科が併設された中規模のクリニックで働いている。私たち夫婦には子供が出来なかった。それでも私はそれなりに仲良くやっていると思っていた。年に一度は旅行に行ったし、定期的に外で映画を見たり、ドライブしたり、ちょっと贅沢なディナーを食べたりして、二人での生活を楽しむ努力をしいていた。よくある、子供のいない夫婦の理想的な生活を体現していたのだ。しかし夫婦というのはそんな単純なものではなかったようだ。彼は四年に渡り浮気をしていた。笑える。全く気が付かない自分に笑えるし、四年間もの間嘘をつき続けるという夫のとてつもない忍耐力にも笑える。その人間性に気づかず十年一緒に過ごしてきた私の無関心さも笑えるし、私の仕事が忙しくて寂しかったからと言う夫の言い訳も笑える。ではさっさと離婚しましょう、といきたいところではあったが、なかなかそう簡単にはいかない。彼は会社を経営していて、その会社の取締役には私の名前も入っていた。彼の会社の株もいくらか私の名義になっていて、住んでいるマンションの名義やらなんやら、離婚するためにはとても面倒な事務手続きがいくつも必要となるのだ。彼も離婚するつもりはないだのと言い出すし、今私は、今後について考えることを全て放棄したような状態だった。でも一緒に生活することは困難なので、私が家を出て、職場の近くに部屋を借りた。
 そんな時彼と再会した。大人になり、とんでもなく美しい悪魔に成長した由良木朔に。
 彼は私の勤めるクリニックにかかりつけ患者さんの付き添いとしてやって来た。もちろん私は全く気付いていなかったし、何事も無ければそのままお互い気付くことなく終わっただろうと思う。患者さんではなく患者さんの付き添いなのだから、看護師と接することも本来なら無い。本来なら。
その日受付事務の女の子に
「待合に気分悪そうにしてる人がいるんですよぉ。顔面蒼白で様子がおかしいんですぅ。声かけてもうつむいて『大丈夫です』しか言わないんですぅ。栢野さん行ってもらえますぅ?」
 受付の子は二十歳の大学生でアルバイトの子だった。悪い子ではないのだが、仲間内に話す時だけ少し頭の悪そうな変な話し方をする癖がある。でも笑顔が可愛いし、愛想も悪くないので、患者さんの評判はとてもいい。とにかく彼女に言われた通り待合に行ってみると、長椅子に座って前かがみになりぐったり頭をもたげている若い男性が座っていた。白のTシャツの上に、春にぴったりの品の良いベージュのカーディガンを羽織っていた。近づいて跪き声をかけてみるが応答がない。少し大きな声で軽く体を揺すりながら脈を取ってみる。すると彼は不意に顔を上げてぼんやりと私を見た。確かに顔は真っ白で、血管が透けて見えるのではないかと言うほど蒼白だった。靄がかかっているのか、はたまた天使なのか。すると次の瞬間、私の方に向かって白魚のような細く美しい手を伸ばした。そのまま私の背中に腕を回し、私に覆いかぶさるように倒れこんで来た。彼の予想外に動きに私は支えきれず、そのまま待合室で見事に押し倒されてしまったのだ。
 それが由良木朔との再会の瞬間だった。あまりにも恥ずかしい。高齢の患者さんや子供達の前で大々的に押し倒され、尻餅をついた。患者さんの中には、栢野派と呼ばれる、特に私を気に入ってくれている患者さんが数名いて、高齢のおじいちゃんおばあちゃんから幼稚園児まで、その年齢層は幅広い。病院ではよくある話で、採血や点滴などは特に、患者さんと看護師の相性というのがあり、患者さんそれぞれのお気に入りの看護師がいたりするものなのだ。その日の事は栢野派の中ですぐ広まり、しばらくは処置の度におじいちゃんおばあちゃんの話のネタになってしまった。
 その時の事を後になって本人に聞くと
「あー、そうなの。よく覚えてないんだよね。とにかく眠くて眠くて仕方なくて、頭ボーっとしてたから。」
だそうだ。その日彼は何日も前から続いていたハードな仕事のせいで、ほぼ睡眠を取らずにおばあちゃんの付き添いで病院に来ていたらしい。そういえば私に覆いかぶさった後、スヤスヤと寝息の音が聞こえていた。そのあとスタッフ数人で彼を車椅子に座らせ、点滴室のベッドまで運んだのだ。熟睡している彼を。
「あ、でも臭くはなかったでしょ?寝てなくても毎日シャワーは浴びてたから。そういうのちゃんとしてるタイプだから。」
聞いてないけど。
 その時私はそれが朔であるとは全く気付かなかった。何しろ十八年の歳月が流れているわけで、面影は多少あるものの、当時の朔と現在の朔が一致するはずがない。しかし朔は私であるとすぐに分かったと得意げに教えてくれた。
彼は私の胸元を指さし
「名札。栢野って人は俺の人生で一人しか出会ってないから。間違いないと思った。」
 九歳の朔が初めて私に話かけたのも名前の事だ。私の勤める小児科では、ひらがなでフルネームが書かれてあり、その下にあだ名が書かれている。私の場合は『かやの はる(はるちゃん)』といった具合だ。九歳の朔は私の名札を指差し
「かやのってどう書くの?」
と聞いた。
「どうって、漢字で?」
朔は頷かず瞬きで返事をした。首の痛みが強いのだ。
私は胸ポケットに入っていたボールペンとメモ用紙に栢野と漢字で書いた。朔はそれをまじまじと眺めて
「初めて見た漢字だ。」
と言った。
「漢字得意なの?」
「得意だよ。お母さんは、僕が漢字博士になれるって言ってた。」
そう言って少し微笑んだ。ぎこちない笑顔だった。
「そうなんだ!すごいね!じゃあこれからは分からない漢字があったら朔君に聞こうかな。」
「いいよ。でもまだ知らない漢字がたくさんあるから、漢字辞典が家にあるから、今度お母さんに持ってきてもらう。」
「そうだね。持ってきてもらおうね。」
彼はそれ以来栢野と言う字を忘れたことは無いらしい。本当かどうか定かではないが、待合で意識を失う寸前、私の名札が目に入り、私だと確信した上で倒れかかったというのだ。
「結婚したから本当は栢野じゃないけどね。」
実務的な変更が面倒で、結婚してからも私はずっと旧姓のまま仕事をしていた。要するに私は面倒くさい事がとても苦手なのだ。書類上の手続きだけではない。Wi-Fiの設定とか、電化製品の設定、接続もとにかく苦手だった。
そんなわけで、私と朔は十八年ぶりの再会を果たすことになる。そしてその日の仕事終わりに、病院の前で朔の待ち伏せを食らうことになる。病院から出る私を、彼は小さく何度か跳ねながら満面の笑みで出迎えた。何回も見たくなるようなそんな笑顔。
 そういえば昔、私の数少ない友人の一人がこんなことを言っていた。
「ストーカーってのはイケメンには適用されないのよ。イケメンは大体の事は許されるから、それ分かってやってっから。確信犯なの。特に付き合いたてとか、あと付き合う前とかもね。あいつら分かってやってんの。初期だけね。計算高いイケメンは、そのうち化けの皮が剥がれっからそのうちそういう手法は使えなくなるんだけどね。でも基本イケメンは大抵の事は許されんの。あいつらそれ分かってやってっから。」エンドレス。
その偏見の塊の彼女は酔っ払ってはそうやって世のイケメンに毒づいていたのを唐突に思い出した。いつも付き合う男性は、なぜか美形ばかりだった彼女の言葉なので、やたら説得力があるなと思って聞いていたが、まさに今、私の目の前に待ち伏せしているイケメンがいたのだ。
その日以来、私と朔は仕事終わりに何度かカフェに行ったり、休みの日に食事に行ったりする事になる。ほぼ毎日電話で話をし、時にそれが数時間に及ぶこともあった。私たちは十八年間お互いの身に起きた様々な出来事を話した。朔は東京で母親の妹夫婦に引き取られた後、中学卒業までそこで大切に育てられた。そこには七歳離れた当時三歳の男の子がいて、叔母は二人目の子供を妊娠中であった。大切にはしてもらえたが、子供なりにいろいろ思うところはあったのだろう。高校はあえて少し離れた、寮のある学校に進学した。その後大学に進学した際は祖母の家の近くに一人暮らしを始め、定期的に祖母の世話をするようになり、それは大学を卒業し社会人となった今も続いている。叔母夫婦との関係は今も良好で、定期的に連絡を取り合ったり、ご飯を食べに夫婦の許を訪れたりしている。進学をするにしても、一人での生活を始めるにしても、そして今現在に至っても、金銭的に困窮することなく生きて来られたのは、両親の事故死によってかなり大きな額の生命保険と賠償金を手にしたからだという。叔母夫妻もそのお金には一切手を付けることなく、いくつかの口座に分け、当時十歳だった朔に全て渡した。
「このお金は、お父さんとお母さんが、命の代わりに朔に残してくれたものよ。成長するあなたを守る事は出来ないけど、代わりにこのお金がきっとあなたを守ってくれるから大切に使って。使うときは一回一回お父さんとお母さんに聞いて、それなら良いよって言いそうだなって時に使って。」
と言われたそうだ。
「俺、生きてる内に使い切れそうにないよ。」
と朔は冗談っぽく笑いながら言った。
「俺さ、はるちゃんにずっと会いたくて忘れられなくて、何度も会いに行こうとしたんだよ。」
彼はあの時のまま、私の事をはるちゃんと呼ぶ。九歳で入院していた時から、彼は私をそう呼んでいた。そして、そう呼ばれる度に、あの頃の風景が頭をよぎる。
その日彼はレモンティーのレモンをティースプーンで何度も突き刺しながら言った。とても綺麗な指で変な事をするのだ。
「俺、叔母さん達と東京で暮らすようになってからとにかく毎日急いでて。」
「急いでた?」
「うん。本当にそんな感じ。何をするにも落ち着かなくて。何かに追いかけられてるような感じで必死で生きてた。早く大人にならなきゃとか、自立しなきゃとか。人に心配かけちゃいけないとか、しんどそうにしちゃいけないとか。毎日毎日色んな事に気を付けて生きてた。とにかく追いかけられてる感じ。何かに。」
レモンをいじり過ぎたせいで、少し濁ってしまったレモンティーを彼はすっぱそうに一口飲んだ。
「強いて言えば影。影に追いかけられてる感じ。見えるけど全ては見えない。追いかけて来るのもつまりは俺自身なんだよね。何か怖いけど、怖くない。俺だからね。逃げてるのも、追いかけてるのも。」
彼はとても穏やかにゆっくり話す。声のトーンも静かで聞いていてとても心地よい。でもあまり話すのは得意では無いと彼は言う。人とコミュニケーションを取るのも苦手で、一日中誰とも話さない事も割とよくあるらしい。仕事中も極力会話しない。「ハイ。」や「分かりました。」で事足りるのだそうだ。ただ心を許した人の前ではとても饒舌になる。私には心を許してくれているのか、私たちが二人でいる時は、ほとんど彼が話している。
「で、大学にも受かったし、話したくてどうしても会いたくなって病院行ったら、もうはるちゃんいなくて。」
どうやら結婚が決まり退職した後だったようだ。
「結婚とかするかね?俺はずっとはるちゃんの事想ってリハビリ頑張ってたのに、俺の事忘れて他の男と結婚するとか信じらんない。」
冗談で言っているのか?まあ、冗談だとは思うが、そりゃ結婚ぐらいするでしょ。普通に恋愛くらいするし。そう言ったかと思うと
「結婚ぐらいどうってことないけどね。人生経験積むって大事な事だし。全然平気だし。実際失敗してるし。はるちゃんは俺じゃなきゃうまく行かないと思うんだよ。だってはるちゃん変だもん。」
何なんだ一体?何を言っているのだ?そして私の何を知っているのか。私にとって結婚とそれに伴った十年に及ぶ結婚生活は私の人生においては割と重大な事柄であったはずなのに、どうってことないと一蹴してくる。まだ失敗したわけではないし、それに私は変じゃない。
 いやちょっと待て。私と朔の位置づけがイマイチわからない。十八年前、私は彼のただの担当看護師で、退院するまでの約半年間ずっと彼の担当をしてきた訳だが、それだけの事だ。別に何か約束したわけではない。もちろんそうだろう。当時二十五歳の私が、九歳や十歳の少年に何を約束するというのか。彼の境遇は特殊であったから、そりゃ特別な感情があったのは認める。本当はそんな気持ちになってはいけないが、数人担当していても、他の子供達と気持ちの入りが少し違ってしまって、退院するまでの間、常に朔の事が頭にあったのは認める。何なら退院してからもずっと気にはなっていた。とはいえ、だからといってそれは恋愛感情ではない。なのに何だ朔のこの感じ。何年かぶりにやっと会えた恋人同士のような、海外赴任から数年ぶり帰って来た彼氏かのようなこの感じ。キラキラした瞳で絶妙な塩梅の束縛彼氏風発言を繰り出してくる。四十を超えた私をも勘違いさせる強烈なパワーを持った悪魔。お金が目的では無さそうだし、何か企みがあるのか。私に取り入るメリットが分からない。私は冷静を装ってはいるが、かなり狼狽えていると言えるだろう。そんな事を考えていたら、どうやら眉間にしわが寄っていたようで、朔が突然私の眉間を人差し指で押さえた。
「顔怖い。」
そう言って彼は私の顔を真似た。
 
 朔はモデルの仕事をしていた。主に雑誌の専属モデルらしい。モデル。私とは無縁の世界。カメラの前に立って、おしゃれな服を着てポーズをとるアレである。朔はいくつか身体的障碍を抱えていたので、主に写真専用だ。よく見なければわからないくらいまで改善はしているが、歩くとき左足を少し引きずる。だからショーなどには出ない。出られないことは無いが、朔は出たがらない。あと片肺が無いので、飛行機に乗る事にも制限がある。そのため海外での撮影には行けない。主に国内で、決まった出版社から出る雑誌にのみ載るモデルだそうだ。それでも事務所には可愛がられていて、多くの仕事を回してもらっている。モデルの仕事は写真に撮られるだけではないようで、有名ブランドのパーティでそのブランドの商品を身に着けて出席するだけでお金がもらえたりするらしい。上手くいけばそこでブランドの広告に起用されたりするのだ。朔にも何度かその手の話はあったそうだが、本人は全くやる気がなく、とにかく生活に困らないだけの収入があれば良いと、一切受けない。一度事務所の社長に呼び出され、某一流ブランドの広告に出るか、事務所を辞めるか選べと言われたらしい。事務所にしたら、大きな仕事は自分達の会社の宣伝にもなるわけだし、喉から手が出るほど欲しい案件だ。しかし朔は首を縦に振らない。
「この仕事の意味分かるか?チャンスなんだぞ?モデルやってりゃ誰だってしたい仕事なんだよ。」
「・・・・・」
「先方はどうしてもお前にって言ってるんだよ!」
「・・・・・」
「何が気に入らないんだよ!ギャラか!このギャラじゃ物足りないのか!」
「・・・・・」
「俺達がどんな思いでお前を売り込んできたと思ってんだ!」
「・・・・・」
「何とか言えよ朔!」
「じゃあ辞める。ここ。」
「何だと?」
「何か変な臭いする。臭い。」
事務所内が妙な雰囲気になる。
「あのさぁ、息臭いよ社長。さっきから匂いが気になって話が入ってこない。ニンニク食べた?」
こんな具合だ。
彼は事務所にとっても手に負えない問題児な訳だ。最終的には、マネージャーが同じ事務所の後輩モデルを売り込み、採用してもらえたため事無きを得たらしいが
「あれ、一歩間違えたらさあ、俺無職になってたよね。」
という、彼の中では笑い話のひとつになっているようだ。
実は彼と再会する前に私は雑誌で彼を見かけていた。多分あれは朔だったと思う。美容院でたまたま手に取った雑誌に彼が載っていた。確か女性向けのファッション雑誌で、冬デートのコーデとか、そんな特集だった。女性向けの雑誌なのに、やたら男性の方をクローズアップする写真が多かったのを覚えている。いつもならじっくり読む事もなくサラッと流し見をする程度なのだが、私はその中の一人の男性に目を奪われた。透明感があって柔らかい憂いのある表情で女性の手を取る男性。白い肌にフード付きのネイビーのロングコートがとても似合っていた。他のページの男性モデルはマッチョで出来る男風なのに、一人だけ明らかに異質だった。ページの下に小さく服のブランドや値段と一緒にモデルの名前が書いてあった。Saukと。

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