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「そういえばバガボンドはいつ完結するのだろう」と思わされる地へ(一人旅9日目 in山口)

鹿児島県から放浪を続けていた九州地方に別れを告げる日がきた。
しかし、既に有休の3分の1を九州で過ごしてしまった…一応の最終目的地は青森県なので、果たして辿り着けるのだろうか。

さて、中国地方に行く前に、小倉駅に少し寄り道。

かつて修羅の国と呼ばれた北九州市のメイン駅である。
駅を出てほど近い場所に商店街があり、地元の方々が買い物に訪れている様子だった。大人気のパン屋である「シロヤベーカリー」は、平日でも人だかりができている。
パンも良いかも…と思いつつ、気分としてはコッテリとしたものが食べたかったので、「焼うどん専門店 きつね」へ。

ご当地グルメの小倉焼きうどん。お好み焼きみたいな見た目

平たいうどんの上に青ネギがどっさり乗っかり、山の中心には生卵。
ソースの味は甘めで、卵と和えることで全体的にまろやかになった。

お腹を満たしたところで、ようやく山口県へ。
実は人生初の中国地方である。兵庫県から西へ行ったことはなかったが、まさか九州側から訪れることになろうとは。

小倉から電車で20分ほどで下関駅に到着。交通機関で2〜3時間の移動が慣れっこになりつつあった自分としては、少し驚かされた。

下関に来たのは「美味しいフグ食べられるかなー」という軽い気持ちからだったのだけど、駅で「ようこそ、巖流島の地へ!」という横断幕が目に入ったことで、巌流島が下関にあるということを人生で初めて知った。
焼きうどんを食べてから時間も経ってないのでお腹もとうぜん空いていない。というわけで急遽寄り道をすることに。
まあ別に今日はどこに行くとか決まってなかったしな超ラッキー

フェリー乗り場

20-30分ほど歩いてフェリー乗り場に到着。ここから巌流島へは船で10分ほどで行けるらしい。思ったより近いな。
まあでも、佐々木小次郎と宮本武蔵が一騎打ちのために選んだ場所のワケだから、当時の移動手段でいえば十分すぎる距離か…。昔は手漕ぎだからめっちゃ腕疲れそうだし。

というわけで、巌流島に到着。無人島なので当然お店はない。
僕以外に観光へ訪れた方も数人ほどで、海外の方はいなかった。島の外周を沿うように歩道があり、あとは木々や草が生い茂っている。

聞こえるのは海の音だけである。道中に咲いている花を眺めたりするくらい何もないしながら進むと「武蔵・小次郎像」のある場所へ。

切り(殴り?)かかる宮本武蔵と、迎えうつ佐々木小次郎の構図である。
決闘についての逸話としては、宮本武蔵が「わざと遅れて行った」とか「船の櫂(オール)を使った」とかの話を聞いたが、創作の影響もあり本当のところはわからない。
とりあえずわかるのは、日本史においては「勝った」者が支持され、後世にも広く伝わりがちだということである。武士社会だからしょうがないけど。

佐々木小次郎の慰霊碑(墓は別の場所にある)

さて。巌流島を一周し、ここまでの経過時間は約20分ほど。帰りのフェリーが来るまであと40分。

…残りの時間どうしよう。そんな僕の目の前にあるのは、

海の寄せては返す音だけが聞こえる

海である。そして対岸の北九州。
というわけで、船が来るまでの時間、上の光景を思考を止めて堪能した。

再び港に戻ってきてからは、当初のお目当てだったフグ料理を食べに行くことに。この時既に15時すぎで、もう閉店になっているお店が多かったものの、ありがたいことにまだ空いているお店があったので入店。

フグ料理のセット

白身魚の優しい味がする…。
フグは骨が多いので、見た目以上に食べられる場所は少ない。お腹がそこまで空いているわけでもなかったのでちょうど良かった。
腹ごなしがてら、再び徒歩で下関駅に行ったあとは、防府駅のホテルへ。

…なお、この一人旅において夕方以降の内容についての記載が極端に減る傾向にあるのだが、理由としては大体以下が挙げられる。

・酒がそんなに飲めず、居酒屋に行かないから
・ホテルのコインランドリーで洗濯をしているから
・明日の目的地のルートと、近場のホテルを検索しているから

明後日以降の予定を決めないぶらり旅な分、ホテルの確保も基本は前日に行なっているのだ。インバウンド需要が高まったらもうできないだろう。
2024/11現在はこんなことやってたら即破産する

どういうルートで中国地方を回るか、この時点ではまだ決まっていない。
それが醍醐味なのだ。

続く

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