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吾輩は美味しいご飯をつくる名前はまだない

私、料理人でも料理研究家でもありません。
でも毎日毎日飽きもせず、楽しく想像力を無限に飛ばしてご飯を作っています。
食べること作ること暮らすこと、ただただそれが心から好きな人。

いつしかそれは周りにも認識してもらえるようになり、お声をかけていただくことも増え、今はお仕事になっています。

定期的に料理クラスを開いていますが、私のクラスにはレシピがありません。
レシピを作るのが苦手だから?面倒だから?
(ちょっとそれもあるけれど…)
いいえ。レシピを用意しないことは、私にとって大きな意味があるんです。
でも最近はその意味を説明することをサボって、「気づいてね」とどこか相手任せにしていたところもあって…改めて書き留めておきたいなと思います。

レシピを用意しない理由を一言で伝えるとしたら、

レシピありきじゃなく、目の前の素材ありきのご飯を作って食べてほしいから

ということなのです。
いやいや、そりゃそうでしょ。
素材がないと料理できないんだから、当たり前だよと思いますよね。

これは世の中に数多ある素晴らしいレシピ本や、レシピを作り出す人たちを否定していることではない、という前提で聞いて下さい。
正しい間違っているという話でもありません。

例えば。
仕事帰りにスーパーで買い物をする際の、あなたの頭の中の会話を想像してみます。

『昨日のテレビで紹介していたお店の肉じゃが、美味しそうだったなぁ。
 今夜は肉じゃがにしようっと。じゃがいもと玉ねぎを買って…』

何か作りたいレシピがあって、それに必要な素材を購入して料理する。
肉じゃがのレシピを検索しながら、帰路につく姿も想像できます。

これもひとつの料理との関わり方。素敵です。
で。
私が提案したいのは、おすすめしたいのはもう一つの関わり方です。

仕事帰りのスーパーで買い物をする際の、私の頭の中の会話。

『あ、新じゃがだ!
 まだ皮が柔らかそうだから、剥かずにそのまま食べたら美味しいよね。
 皮つきのまま肉じゃがにするのはどうかな。
 いや、じゃがいもが美味しそうだからお肉はいらないかも?
 玉ねぎ…玉ねぎもいらないかも?!今夜はじゃがいもだけで煮てみよう。』

これ食べたい!という素材があって、それをどう料理するか決める。
頭の中で色々味の妄想をして、それをつくってみる。

自分の好きな味を自分で作れるのって、楽しいよということを提案しています。
味の妄想力をつけたら、それが自分で再現できたら最強なの!とお伝えしています。


例えば。
今まで自分で調理したことはないけれど、なんだか美味しそうな食材を発見した時。
慌ててスマホを手に持ち検索してみたけれど、出てくるレシピをつくるには目の前の食材以外にも色々必要で、それはちょっと面倒だなぁ…っていうことありませんか?
うちの台所にはこれしかないから、無理だな。
気になったけど、諦めよ。
これ、これものすごくもったいない!!!

レシピがない料理クラスでは、何をつくるか決めていないので、どんな調味料を使うのかなんてわかりません。
当日の朝、我が家の台所から基本調味料と油を何種類か。
あとはこんな味が食べたいかもと思いつきで手にとったものをバッグに詰めていっています。

だからその場にあるものをどうにか組み合わせて、料理をしなければならないんです。
でも…それが日常じゃない?

ひびのわのクラスはきっかけです。
こうしたらこんな味になりますよ。
こんな組み合わせもありですよ。
これがなかったらこっちでも美味しいですよ。
「そんなふうにもできるんだ!」
というきっかけを私は手渡すだけ。

名もない料理には、決まったレシピはありません。
でも美味しい舌の記憶は残ります。
小さなコツも記憶に残ります。
それが大切。
またすぐ作れるかどうか、作りたいと感じるか、それが大切。

目の前の皆さんの反応を見ながら、私も本当に学ぶことばかりです。
そしてその学びから、新たなチャレンジをすることに決めました。
このお話はまた後日。


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