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狐の剃刀

たとえば。
目的地に向かって、ひたすら歩く。
たとえば。
単純な作業をえんえんとやり続ける。
いったいいつ着くんだろう。いつ終わるんだろう。
頭の中は、終わりのことだけがぐるぐるしている。
そこに、もう4分の3は終わったよ。
と言われたときの気持ちときたら。

狐の剃刀は、わたしにとって、そんな救いの花だ。

緑の原っぱに、こつぜんと赤い花が現れる。
キツネノカミソリ。
葉の形を剃刀に見立てた名と聞くけれど、花の形も狐の顔に似ているような、似ていないような。

花のときには、葉っぱがいない。
葉っぱは水仙にも似て、細く、長い。
ここに球根の花が咲くんだな、と思っているのだが、花が後だと、忘れがちだ。
そうして、盛夏には葉は枯れていなくなる。
しばらくの沈黙ののち、今度は花茎が地上に顔を出す。
お盆のころだ。
林で咲いているのは、だいたい10日ぐらい。

今年も咲いた。
瞬間、希望の光が見えた。この暑さも、きっと、終わりがやってくる。

この花が咲き終わるころ、
気温は高くても、日ざしはきつくても、なんとなく秋の気配が漂い始める。
気配なんて、ふわっとしたことばで表現するしかない、
空気みたいなもの。
たぶん、光のあたる角度とか、葉っぱの色つやとか、いろんなものの重なりなのだと思う。

狐の剃刀が、季節のなかに、線を引く。

狐の剃刀
Lycoris sanguinea
ヒガンバナ科多年草
本州から九州の林縁や、明るい樹林下に自生。北海道にも野生化あり。


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