見出し画像

表現することを

いつの頃からか、一人で美術館へいくことが自分にとって、とても大切な時間でした。

子どもが生まれてからは、思い立った時にすぐ訪れるということは難しくなりましたが、どうしても、と思える展覧会には必ず足を運んでいました。

自分にとって絶対に必要な時間。
だけど、なぜその時間が大切なのか、深く考えたことはありませんでした。

全身で、その空間、時間を味わい、そしてふいに出逢える、心を大きく揺さぶられる、涙を堪らえるのが難しいような作品を前にしたときには、身動きがとれなくなり、その場に立ち尽くしていました。

その作品を言葉で表すことはせず、ただただ見つめてきました。

自分の中でどこが素晴らしかったか、どう感じたか、何を受け取ったか、それを追求したことは、一度もありませんでした。

心の中で様々な想いが溢れていても、いたずらに、ことばとして切り取りたくなかったのだと思います。

それでいい、それが私にとってはよいと思ってきました。

でも、それは、どんなに言葉を尽くしても、たどり着けないとはじめから諦めていたからかもしれません。

言葉を尽くすまえに、それを探して、もがくことを放棄していたのかもしれない。

もしくは、私が表現できるような稚拙なことばで、その素晴らしい作品を限定してしまいたくなかったのだと思います。

ですが、先日、大きな衝撃を与えてくれた文章に出逢いました。

何度も読みかえして、どうしても、書かれた方に、少しでも自分の気持ちを感謝とともに伝えたくて、思考を紐解きながら、言葉にしました。

なぜこんなに惹かれているのか、どうことばを編んだら伝えられるのだろう。

そして、私にとって美術館にいる時間が、強すぎる自分の感受性を自由に開放できる時間だったということ。
その方の文章が、出逢う度に心を揺さぶられる絵画のような存在だということ。

そこにたどり着いて、ようやく、自分の高ぶる感情に納得することができました。

ことばとして限定することで、失われてしまうものがあるとおそれていました。
でも、その方に届けた文章は、拙いながらも、その時に書ける、私の想いをのせることができた精一杯のことばでした。

そして、そのことばを記すための時間は、流れるように表現できないからこそ、一つ一つみつけてゆく、幸せな、珠玉のような時間でした。

ことばとして描くことで限定されてしまうともいえます。
でも、ことばにすることで何度でも出逢いなおせるということにも気づきました。
そのものの輪郭をとらえようと深く分け入っていく幸せも、少しだけ、知ることができました。

心が大きく動いたとき。
がっかりしてしまうくらい、そのものに到底届かない言葉だったとしても。
その時描くことができる、できる限りのことばで表現したいと思います。
そして、あきらめずに、自分のことばの海を泳いでみようと思えました。

作品を通して、こんなに大きな贈り物をくださって、本当にありがとうございます。
誠実に、真摯にことばに向き合い続けてこられた夏樹さんと、そのことばたち。
私こそ、心が動いた作品について、ことばを尽くして表現してゆきたい、新しい扉を開けてみたいと願う日がくるとは思ってもみませんでした。

夏樹さんのどこまでも静かで美しい、祈りのようなことば。
その中に時折垣間見える、揺らめく強さのようなものは、どこから来るのだろうと思っていました。

お父様が見つめられていた、夏樹さんの中の炎なのかと思い至ったとき、心が締め付けられるようでした。
心を揺さぶられる絵画のような、と書きましたが、ずっと心に留まり続ける小説のようでもあるのだと、読み返すたびに思います。



20年以上前に白洲正子さんの所蔵されていたものを展示していた美術館で出逢った「日々」という書。
その時の静かであたたかな感動は、今も心とからだに残っています。
その感動を今思い返して記すならば。

その日々という文字を見ていると、目の前に立つ私の来し方をわかったうえで、包み込むように、たおやかに、ゆるぎなく、すべてを肯定してもらえているような心地がしました。

厚みのある、どこまでもあたたかな掌で背中を擦ってもらっているようでした。

そして、人生を歩むときの大きな道しるべになるような眼差しを感じたのです。



色々な想いの余韻が強すぎて、何か全然違うことを書いて、気持ちを切り替えようかとも思いました。
でも、感情の扉が開いてしまっている今、まっすぐ、この気持ちを記しておきたいと感じました。

抱いている想いに届かないもどかしさがあります。
でも、今の私に描けることばです。
情けないけれど、書き残すことができてよかった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

今日がよき日でありますように。











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?