蜂
「もうずっとおんなじの使ってんだ」
いつもボソボソと冷たい感じでこの看護師は話す。
「コンタクト、ワンデイに変えましょっか」
「はい、分かりました」
「そういえば、この間ね、ここの窓開けてたらスズメバチ入ってきたの。これくらいの」
新しいコンタクトの選定に時間がかかるのか、隙間を埋めるためなのか、看護師は親指と人差し指で、蜂の大きさを見積もって話してきた。
「それでね、網使ってキャッチアンドリリースしたら、みんなになんで殺さないんだって怒られちゃった」
この冷たそうな人が怒られることがあるのかと思った。
「でも、殺さなくてよかったと思いますよ、仲間を呼びつけるフェロモン出すかもしれないので」
「僕は小さいときにオオスズメバチに一回刺されたことありますけど」
「嘘!?じゃあ次刺されたら死んじゃうの?」
「そうですね。死んじゃうかも」
妙な会話が済んで、新しいコンタクトを試着する。
「そしたら、こっちの方にします」
「こっちね、じゃあ注文するから、金曜日以降にまた来て。はい、じゃあ待合室で待ってて」
「これ、金曜日までのコンタクトあげる。蜂の話してくれたから」
コンタクトがない世界の動物なら僕は車に轢かれるか、天敵に食べられるかして死んでいたかもしれない。次刺されたら死ぬかもしれないという蜂の話で一時の死を免れたみたいで、僕は可笑しかった。
あの冷たい看護師さんが蜂を殺さなくてよかったと思った。
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