小説 園 第七話

僕の方から真辺さんを食事に誘ったことは自分でも意外だった。飲みに行きませんかと言ったところ、今度休みの日の昼に家に来るように言われた。お酒は数年前から飲まなくなったらしい。お互いが休みの日に僕は真辺さんの自宅に足を運んだ。予想通り立派な庭があって、たくさんの植物が植っていた。桜、藤、朝顔、マリーゴールド、ペチュニア、ナデシコ、デイジー。真辺さんは家の縁側に腰を掛けぼうっと庭を見ていた。
「真辺さんこんにちは」
「おぉ、大野さんいらっしゃい。さあ中へ入って」
立派な一戸建ての家の中に入り、真辺さんは僕を食卓に案内した。
「真辺さん一人で暮らしてるんですか?」
「ええ今はね」
真辺さんに奥さんがいたのか、そもそもずっと一人で生きてきたのか、僕は聞かなかった。自分も一人で生きている分、どこか同じであることに醜い嬉しさがあった。
真辺さんは先ほど揚げたと言った天ぷらと、昨日の残り物である茄子とピーマンの炒め物、それから豆腐としめじの入った味噌汁にご飯、自分で漬けた白菜の漬物を食卓に並べた。
「さあ、食べて」
「おいしそう、これ全部真辺さんが作ったんですか?」
「はいはい、そうですよ。私料理大好きでね」
「植物も人間も養分が大事ですからね。たくさん食べてください」
真辺さんの作った料理はどれも美味しかった。茄子、蓮根、大葉の天ぷらは揚げたてで衣がサクサクだった。炒め物も、味噌汁も、優しい味付けで僕はたくさんおかわりをした。
「大野さん、ミニひまわり、その後どうですか」
「そうですね、しっかり鉢底石を入れて、培養土を入れて、種を植えました」
「よりよい環境づくりが植物にとっても大事なことが分かりました。それでふと思ったんですけど、どうして野草や野山の植物、それから雑草は、誰も管理していないのに、芽が出て、あんなにも生茂り、元気なのですか」
「大野さん、簡単なことですよ。その場所に適した植物が芽吹き、よく育つだけなんです。酸素だったり、温度だったり、光だったり、必要な条件を満たしたものが発芽し、生育していくんです」
「真辺さん、僕は自分が種だとしたら土は何かを考えたんです。そしたら土は親だったり環境だったりするのでしょうか」
「大野さん、君は確かにこの世に生を享けた。これはその時点で君が生まれる条件を満たしていたのかもしれませんよ。確かにご両親は土であり日光であり、水かもしれません。ただもう一つ君の中にたくさんの種を持っていて欲しいんです」
僕は心から信用している真辺さんの言うことが理解できなくなる前に整理する必要があった。
「僕の中に種を持つとはどういう意味ですか」
「君が大地でもあり、植物そのものでもあるように考えるのです。大野さんはたくさんのものから影響を受けて生きている。そこからまた新しい種ができるかもしれない。そしてまたたくさんのものの影響で条件を満たしたとき、君の中の種が、芽を出すんですよ」
「大野さん、君には消し去りたい過去があるかい」
真辺さんはゆっくり白菜の漬物を口に入れた。一瞬の間にバリバリという音が響いた。
「それらは君の種を発芽させる条件かもしれないんだ」
「だから、芽を出すのを楽しみにしていなさい。発芽するまでは毎日水をやりなさい」
最後真辺さんが、自分の心に引っかかる過去のことを言っているのか、ミニひまわりのことを言っているのか分からなかった。食後に真辺さんは温かいお茶を淹れてくれた。自家製の藤棚の藤が綺麗に咲いていて、僕と真辺さんはしばらくそれを見ていた。

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