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「きみがくれた」スピンオフ『マーヤの思い出⑧』

「志望動機」

 
 中学2年の時、僕は初めてインフルエンザにかかった。
 一週間くらいでやっと熱が下がって、でもしばらくは家にいなきゃいけなくて、結局10日くらいしてようやく学校へ行けるようになった。
 本当はもうとっくに元気だったんだけど、僕の母さんは昔からすごく心配症なんだ。

 その休み明けの昼休み、僕は廊下で霧島のクラス担任の原田先生に呼び止められた。
 原田先生は国語の先生で、いかにも文学的な雰囲気をまとっていた。昔の文豪に憧れる少年のような人で、先生は霧島のことを一歩引いた位置から見守っていてくれるような存在だったから、僕は先生のことが大好きだった。

 先生が突然「おまえ志望校どこだ?」なんて聞いてくるから、僕は何事かと思った。だってなんだかすごく切羽詰まった感じだったから。それで、「藤桜です」って答えたら、先生はなぜか「あちゃー‥」って頭を抱えた。

“いや、やはり――霧島はおまえの志望校知らんな”

 先生の言っている意味が僕にはよく分からなかった。

 原田先生は困った顔をしていて、だから僕は聞いたんだ。霧島がどうかしたんですかって。
 先生は難しい表情で両腕を組んだまま、僕に話してくれた。

 この間の進路希望の紙を霧島が白紙で出したこと。
 本人にこれはどういうことなのかと尋ねてみたら、まだわからないと答えたこと。
 そうは言ってもこの時期だし、どこかしらあるだろうって粘って見たら―

“そうしたら、あいつ、あろうことか”


“マーヤと同じとこ”


 僕はもううれしくてうれしくってじっとしてなんかいられなかった。
 やったぁ!やったぁ!って大喜びして、今すぐにでも霧島のとこに行きたくて、先生が止めるのを振り切って走り出そうとした。

“夏目、落ち着け、夏目!”

“いやいや待て待て、待て!待ってくれ!!”

 先生はますます神妙な顔つきになった。

“いいか、おまえと同じとこっていったら藤桜だろう?霧島が藤桜はないだろう”
“え?”
“いや、おまえは目指して当然の高校だ、それは間違いない、そして多分合格するだろう”
“だがしかし、だがしかしだ、霧島は難しいぞ――あいつがそれを知ったらまさかおまえと同じ高校へ行きたいなんて言わんだろう”

 先生は霧島の成績じゃあ藤桜を狙うことさえ無謀だって言ったんだ。
 でも僕はそんな風にはまったく思わなかった。だって霧島は僕よりずっと勉強ができるんだから。

“なんでですか?なんで霧島が藤桜受けちゃいけないんですか”
“いやいやいやいや、夏目‥おまえは霧島のこととなると盲目だな”
“モウモク?”
“こう言っては何だが、霧島が今のまま藤桜を受験することは担任として賛成できない”

 つまり先生の立場からは、霧島のレベルに見合う程度の高校を提案せざるを得ないっていうことだった。

“おまえも知っての通り、霧島は普段ろくに授業も出ずに、試験も適当に受けて、成績は下から数えた方が早いしな、内申はつくだけマシだ”
“今のうちにおまえからもよく言って‥”

“先生、僕もう行っていいですか”

 僕は今すぐ霧島のところへ行って、話をしたかった。
 同じ高校に行けるなんて、霧島がそう思ってるなんて知ってじっとしてなんかいられなかった。
 藤桜に霧島と通えるんだ。
 同じ高校に、しかも藤桜に‥!

“いやいやだからちょっと待てって”
“あいつがほんとはやればできる子だってことは先生も分かってるんだ”

“そうなんです先生、霧島は僕よりずっと勉強ができるし、藤桜だって絶対合格できるんです” 
“なのに別の高校を勧めなきゃならないなんておかしいです、僕は納得できません!”

 僕がそうきっぱり言うと、先生は僕を真っ直ぐに見て頷いた。

“うん、そうだな、夏目の言う通りだ。”
“だから、今のままでは、と言っただろう”

 原田先生はこれから霧島が毎日ちゃんと授業に出て、試験でも本来の力を発揮して全教科満点取れるくらいに頑張ればチャンスはあるかもしれないって言ってくれた。

“それでもしだめだったとしても、その努力で得たもの、感じたものは、今後あいつにとって決して無駄にはならないはずだ”

「だめなんてそんなことないです。僕何でもします。僕は何をしたらいいんですか。」

 僕には藤桜高校を選んだ理由があったんだ。
 霧島と一緒に藤桜に行きたい理由がね。

 先生は僕に、霧島は自分のために頑張るのは苦手だろうから、おまえと同じ高校へ行くための努力をするという方向で頼む、って言った。

“あいつは根本的に他人と競争することをよしとしないのだろう”
“自分が上に行くことで誰かが下に落ちること、それによって傷つくであろうことも避けたいし、そもそも成績優秀者として目立つことを望んでいない”
“それならばいっそ、積極的に下へ下へ、低い位置にいようとする――同じ土俵に上がらないことで、他人を、そして自分を苦しめない策をとっているような気がする”

 その時の先生の言葉は、僕もなんとなく分かるような気がした。
 霧島なら普通にやっていたら全教科成績トップになっちゃうんだ。でもそんなことになったら、もともと目立ったことはしたくないタイプだし、先生が言うように霧島は本当に優しいから‥。

「しかし、それではいつまで経っても自分が本当に望むものは手に入らない」
 先生は珍しく口調を強めた。
「そういう類の優しさは、自分のためにならないどころか、他の誰かのためにもならない」
 今がまさにそうだろう、と言って先生は僕の肩に手を置いた。

 先生は、今回のことで霧島の考え方に少しでも良い影響があればいいって、そう言ってくれたんだ。

 そして僕は猛ダッシュで霧島のもとへ向かった。

 そしたら‥後ろの方から勝じいのもの凄い怒鳴り声が聞こえて!
 あれはほんとにおもしろかった!

“ぐぅおぁるぅあああああ~~~~なぁっつ目ぇ~~~~!!!!!”

“おぉまえぃぁあああくうおぁぁぁらぁぁぁ!!!病ぁみ上がぁりぃじゃぁあるぅおぅがぁああああばぁあかたれぇいがぁぁぁぁぁああああああ!!!”

 思い出しただけでも吹き出しちゃう!
 ドスドスドスドスってものすごい足音でさ!怪獣でも追い駆けてきたのかと思ったよ!

“こぉんばぁかたれぇいがぁ!!るぉうかは走るなぁぁぁっっちゅうとろぉうがぁぼけぇい!!!”

 猛ダッシュの勝じい!しかもなんか叫んでる!
 めちゃくちゃ怖かった!

“おまえぃあインフルエンザぁでぇとぉっかもぉ休んでぇからぁ学校ぅおらぁんけぇあん霧島もぉどぉっこもぉおらん!”

”こん一週間どぉっこぉ探してぇもぉどぉっこにもぉおらんわぁ!!”

“あいつぃあどぉっこもぉ悪かぁないんじゃぁろぉうがぁ!!”

“がぁーーーーっっはっはっはっはっはっは!!!”

 勝じいの重い雄叫びは廊下中に響き渡っていた。

 僕らの中学では、志望校の面談は二人の先生とやるんだ。一人目の先生は勝じいで、その後クラス担任の先生とやることになっている。
 勝じいは“生活指導兼進路相談員”ていう係で、生徒全員と一対一で話を聞くんだ。それで、その高校に行きたい理由とか、卒業後の進路、将来をどう考えているのか、結構みっちり聞かれる。
 勝じいと話したことを踏まえて、今度は担任の先生がその生徒の成績をみて、受験できるかどうか判断したり、これから目指すにはどうしたらいいか、勉強の仕方のアドバイスをくれたりする。

 霧島の面談の日は、ちょうど僕がインフルエンザで休んでいた時だった。当然霧島はその日も学校へは行っていなかったから、勝じいとの面談をすっぽかしたことになっていた。

 勝じいは毎日のように霧島を探し回っていたらしい。
でもある日の3時間目の授業中に、霧島が屋上の手前の階段で昼寝してたところへいきなり勝じいが乗り込んできた。霧島は叩き起こされて、有無を言わさず進路指導室に連行されて、強制面談させられた。
 その時の話がまたおもしろくって!
 あそこは冬でも陽だまりになっててあったかいんだよね‥霧島は突然無理やり起こされて、起き抜けにテンションマックスの勝じいが目の前にいてさ、しかも霧島にしてみれば一番面倒くさい進路の話でしょ!あいつにとってこれ以上苦痛なことはないよね!

 その日の強制面談で、霧島は勝じいに言いたい放題言われたんだ。
 僕と同じ高校へ行きたいってことになった霧島は、真正面から勝じいに大爆笑されたんだって。

“ほぉんおもろいのぉ!のぉ!霧島ぁ!!”

“いいかぁよぉっく聞けぇい?おまえぃあ藤桜ばぁ目指すんはぁなぁ、あぁ?!”

“ばぁっはっはっはっは!!無理じゃぁいっ!!こぉんっばぁっかったれぇいがぁ!!どあほぅがぁ!!だぁーーっはっはっはっはっはっは!!”

“おまえぃあのぉ!おぅ?!自分のぉ学校生活ばぁ振り返っちゃぁあ!そぉんばぁかげたことぉを考えるはずぁなかろうがぃ!やぁ?!”

“学校一ぃのぉ美男子でぇゆぅてぇからぁ?!あぁ?!勉強のぉことぉに関しちゃぁあぁ?ほぉんなぁんもぉ!なぁあんもぉわかっちょらぁんのぉ!おぉぉ?!”

 ほとんどあいつのバカ笑いで終わったって、霧島はげんなりしていたっけ。
「俺は金輪際あの激ウザクソジジイには関わりたくねぇ」ってさ!
 霧島ってほんとにおもしろいよ!
 
 勝じいからやっと解放された霧島は、もちろんそのまま家に帰った。

 
 僕がまたしても勝じいに捕まったのは、それから数日後のことだった。
 霧島が僕と同じ高校に行くって言ってるけど、どうなんだってさ。

“おんどりゃぁばぁっかったれぇい!言うてぇなぁ!”

“こぉん学校ばぁなめくさってらぁやつがぁ素行の悪かぁやつがぁ!のぉ?!”

“おまぇいやぁ行くぅ言うてる学校ばぁレベルもぉ知りゃあせんでぇのぉ!のぉ!”

“たわごとぉたわごとぉ!これぞぉたわごとぉ!言うてぇ!のぉ!だぁぁぁーーーっはっはっはっはっはっは!!”

 僕は勝じいに言った。原田先生は今からでもまだ間に合うって言ってくれましたって。
 だから僕もできることはなんでも協力することにしました、とにかく授業にちゃんと出ることと、試験で満点とること、それから‥

“おーーぉおそうじゃぁ、今のぉままでぇはぁのぉ、天地がぁひっくらぁ返ったってぇのぉ無理じゃぁ!”

“だぁから言うてやったぁわぁ!”

“いいかぁ霧島ぁ!こぉんからはぁのぉ、血反吐ぉ吐くほどぉおぉのぉ、真面目にぃ真面目にぃやりゃぁならんとぉ、のぉ”

”今までのぉよぉにぃナメ腐ってぇ生活してぇおったらぁ、のぉ”

”中学ばぁ卒業してぇ高校からぁはぁのぉ、おまえぃりゃぁ二人ぃ、離れぇ離れえにぃなってぇ、のぉ、おぉ?”

”どぉじゃぁ、少しぃはぁやる気ぃにぃなったかぁあ?あぁ?”

 それから勝じいは僕の顔を間近で見据えて、こんなことも言っていた。

“まぁのぉ、あいつにぃとったらぁのぉ、一人立ちぃのぉチャンスともぉ言えるがぁのぉ?おぉ?”

“おまえぃりゃぁ二人ぃ、離れぇ離れえにぃなってぇ、のぉ、おぉ?どぉじゃぁ”

 勝じいに僕と離れ離れになると言われた霧島は、

“わしのぉ目ぇばぁこう、ごぉっつぅ鋭かぁ目ぇでぇ睨んできよってぇのぉ!”

”なぁがぁ前髪ぃのぉ隙間ぁりゃぁ貫いぇのぉ!”

”ありゃあビームじゃぁ!!ビームビーム!!”

”がぁっはっはっは!だぁっはっはっはっはっは!!”

 霧島が先生を睨みつけてるシーンが目に浮かんだけれど、だけど、そんな風に言いながらも、勝じいは霧島のことすごく考えてくれてるんだって思ったんだ。

“あいつぁのぉ、そもそもぉ藤桜ばぁ行きたいわけじゃぁないけぇ、あいつぁのぉ、どこのぉ高校に行こうともぉ、のぉ、単にぃおまえぃあおんなじとこばぁ行きたいだけなんじゃけぇ”

“こぉんレベルがぁどぉとかぁ成績がぁ足りんとかぁのぉ、ええ高校行っときゃぁ将来のぉためになるなんぞぉのぉ、一切がっさいなぁあんも考えちゃぁおらんけぇ”

“霧島のぉ志望動機ぃやぁ、ほぉんこれだけぇじゃぁ”
“おまえぃあ同じ高校にぃ行きたい、そんだけぇじゃぁ”

そして勝じいは口を横に大きく広げて、不敵な笑みを浮かべた。

“しっかしのぉ、おぉ?おまえぃあ動機にしたぁってぇのぉ、こらぁまたぁ、のぉ?”
“ばぁっんまぁ、ほぉんそぉんなぁ理由でぇ選ぶっちゅう、おまえりゃぁあ二人ともぉのぉ、ほぉんフザけたぁ奴らじゃぁのぉう、おぅ?”

 勝じいは、霧島には今後、正当な理由がない遅刻や早退はしないこと、毎日1時間目から5時間目まで全部の授業に出ること、試験も本当の実力を出し切ること、しかも点数も上位であること、っていうのを徹底させろって僕に言った。

“そうは言うてもぉのぉ、どれもぉ他のぉもんにはぁぜぇん部当ったり前のぉごくぅごくぅ普通のぉ学校生活じゃけぇ、のぉ?”

“あいつにゃぁそれをぉやらん理由がぁあるけぇのぉ”

“けどぉ今はぁそれをぉやらんにゃぁならん”

 きっと、勝じいは全部お見通しだった。

“ほぉんまぁ、手ぇのぉ掛かるガキじゃぁのぉ”

 あんな風にわざと霧島を追い詰めるような言い方をして、自分が嫌われ者になって、あいつが別の理由で――勝じいへの反抗心で戦いに挑めるようにしてくれたんだ。

 
 そんなことがあってから、僕は毎朝霧島と一緒に登校することにした。そして帰りは委員会がある日でも霧島に待っていてもらって一緒に帰った。
 霧島は遅刻もしなくなったし、途中で学校を抜け出さなくなった。
 それは勝じいの思惑通りになったわけだけれど‥
 霧島にしてみれば“これ以上ごちゃごちゃ言われたくない”から授業中は“教室にいた”し、それが体育の授業でも“いちお他の生徒と同じ場所と言える範囲内にはいた”。

 でもやっぱり一騒動起きる原因になっちゃったんだよね。

 だって、霧島がジャージを着て体育の授業に出ることなんかレア中のレアだから。男子も女子もざわざわしちゃって、特に女子なんかみんなそわそわしっぱなしだったみたい。

“あの霧島が”授業に出てるって、その噂は他のクラスにまで伝わり、霧島のクラスが体育で校庭に出ている時間なんかは特に教室にいるクラスは授業にならなかったんだって。

 それに、霧島が“面倒だから”ちゃんと受けることにした試験もね‥
 結果はぜーんぶ満点だったんだ!
 僕はもう声を上げて笑ったよ!おもしろすぎるよ!あの時の先生たちの顔ったら!

 でも勝じいだけはその“歌舞伎ぶり”をおもしろがっていた。
“ほぉんフザけたやつじゃぁのぉ!!”って、試験の結果が出るたびに笑われてたっけ。

“学校一ぃのぉ美男子がぁ!のぉ?!こりゃぁまたぁ学校一ぃのぉ秀才ぃだったとはぁのぉ!のぉ?!霧島ぁ!!”

“ほぉんまぁおもろいのぉ!おまえぃあ!のぉ!おぉ?!”

 あの時の霧島の心底ウザそうな顔‥!

 霧島の“大逆転”を話したら、亮介さんは“清々しいほどムカつくやつ”だと言って僕はまた大笑いした。

 霧島はその後も試験を“平然と”“コンプリート”した。

 霧島はもともと勉強ができるんだ。だから勝じいが言うように血反吐を吐く程頑張る必要は全然なかった。

 
 そうだ、この話もあったんだ。

 そう言えばあの時、もうすぐ期末試験ていう頃だったかな‥
 だから霧島が全科目満点コンプリートをする前だった。
 霧島と同じクラスの貴博が、進路相談の面談の期間が終わってから、霧島が藤桜を目指してることを知ったらしくて、慌てて特別講義を受けることにしたって言ってきたんだ。
 その特別講義っていうのが、難関校を受験する人を対象としたスパルタ講義っていうウワサでね。進路面談が始まる前から募集はかかってたんだけど、貴博はもちろんそんなの受ける気はサラサラなかった。
 だって放課後毎日難関校専用の問題集を使って、1教科ずつ、5日間で5教科の約1年間のカリキュラムを、本番の受験直前までやるっていう、貴博に言わせれば“ただの拷問”、“先生たちの自己満足”、“無法地帯”、あと何て言ってたかな‥とにかく“後悔する前に地獄行き”な“悪魔の祭り”みたいなものだった、らしい。

 人によって受験する科目が違うから、受ける教科は好きに選んでいいんだけどね。
 中でも数学のナイキの補講は超ハードで、“自作の奇々怪々な問題集”を用意して解けない生徒に解説するときの表情がヤバいとか、英語のザマスは“過去問の鬼”って言われてて、その中でも超マニアックな問題をこれでもかってくらい解かされて、宿題も山ほど出されるとか、それをちゃんとこなさないと即行クビ、つまり講義に出れれなくなるんだって。
 それと社会のだよんは“暗記地獄の首切り執行人”で講義中も暗記の時間があって、直後に小テストをやるっていうインターバルの特訓があったり、次の週までに暗記する量もハンパじゃなくてノルマ達成できてないと即クビになるって。実はここで挫折する人がすごく多いとも言っていた。
 理科のヒロコ先生は普段の授業はとってもほんわかしててやさしいんだけど、特別講義の時は人が変わるらしくてね。僕は見てないからよく知らないんだけど、貴博に言わせると“人間不信を誘発させられる”とか、“言葉の凶器”とか“ギャップサギ”とか、もはやハラスメントだって‥
 
 いろいろあって話を聞くだけでも本当に辛そうだった。

 その“スパルタ特別講義”に、貴博は霧島を誘ったんだ。

 あの時あいつはまだ霧島の実力を知らなかったからね。おまえが本気でやるならオレサマも付き合ってやるぜ!とか言って気合入ってたなぁ!

“霧島!ナイキの数学とザマスの英語、申し込もうぜ!!”

“なんならだよんのインターバル暗記地獄合戦に付き合ってやってもいいぞ!”

って、僕らがいるとこに勢いよく乗り込んできてさ‥!でも、

“なんで?”

 おもしろかったなぁ!
 貴博、一瞬でバッサリだったよ!

 あとから貴博は霧島が補講を受ける必要がない理由を“嫌というほど思い知らされる”ことになるんだけど‥

 あいつ、霧島の試験結果を聞くたびに愕然としてたっけ‥!
 それで“裏切り者”だの“劣等生サギ”だのなんだのって騒いでたよ。

 貴博は、それでも“血尿出すまで毎日必死に猛勉強して”、“7キロも痩せて”、“頭にいくつもストレスハゲつくって”、“名門・超ジーニアス高校・藤桜”に“虫の息で”滑り込んだ。
って、自分で力説してた。

 あいつもすごく努力したんだ。
 
 
 
 霧島はというと、毎日“普通に”学校生活を送り、“普通に”受験をして、僕と一緒に“あっさり”藤桜高校に合格した。

 僕らが合格発表の結果を伝えに行くと、亮介さんは心底呆れた顔をした。

“おまえらマジでフザけてんな”

 僕がどうして藤桜を選んだのか知っていた亮介さんは、

“おまえらみてぇな秀才が考えそうなことだぜ”

と言って笑った。

 だって、この辺りの高校で一番たくさん桜が植えられてるのが藤桜だったんだ。

“夏目君、この志望動機はどういうことなのかしら…”

“まぁ、あなたの場合、動機がどうあれ、将来の夢を叶えるためには藤桜くらいの学校へ行っておくに越したことはないのだけれど…”

 結城先生はそう言って苦笑していた。


 
 大事なことだよ。

 全部ね。


“マーヤと同じとこ”


 僕は本当にうれしかったんだ。

 高校に合格したときよりもずっとね。


 だけど霧島ってほんとにおもしろいんだ。

 あいつは受験するまで藤桜高校っていう名前すら知らなかったんだ。
 それに受験の日に初めて、学校が深森から電車で2つ目の”藤の宮”にあることを知ったんだって。
 それから僕がもっと笑っちゃったのは、ばばちゃんが霧島が行こうとしてる高校を知らなかったこと!
 霧島は合格してからばばちゃんに話したんだって。

 ばばちゃんは僕たちの高校入学をとても喜んでくれた。

”まーちゃんがひーちゃんのそばにいてくれて、ありがとうねぇ”

 あの日もばばちゃんはそう言ってうれしそうに目を細めた。







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