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「きみがくれた」スピンオフ『マーヤの思い出⑳』

「置手紙」


 僕はすっごくいいことを思いついた。

 高校を卒業した年の春、霧島のお誕生日会はアパートでやることにしたんだけど、僕は霧島に内緒である計画を立てていた。


 その年、僕は初めて一人旅をした。


“霧島、僕出発の日決めたよ”

 出発の日は霧島のお誕生日よりも10日くらい前だった。


 そこは小さい頃からずっと行きたかった場所。


『ぼくの行きたいばしょ』

“今年は何十年かに一度の絶好のタイミングなんだって”

“スーパームーンなんだって”


 ずっと憧れていた景色。


“しかも前日は大雨の予報なんだ”

“きっと史上最高の絶景が見られるよ”


 ついに夢が叶うんだ。
 僕はワクワクが止まらなかった。



“僕はすぐ帰って来るよ”

“霧島の誕生日までには絶対帰って来る”


 僕の出発の日よりもだいぶ前に、やっぱり霧島はどこかへ行ってしまった。
 きっとしばらくは帰って来ない――僕はなんとなくそんな気がしていた。

 それで、僕はすっごくいいことを思いついたんだ。


 僕は自転車で何往復もしてアパートに材料を運んだ。
 お菓子のカンカン、半畳くらいある大きなコルクボード、それに大量の折り紙。
 町中のお店から買いあさった折り紙は、全部でざっと2000枚。


 霧島の部屋で、僕は一人きりで準備を始めた。
 作業台は霧島の部屋にあった小さな低いテーブルと、畳の上全部!
 装飾個所はこの部屋全部!
 

 材料が揃って、一息ついて、僕はカンカンに手を付けちゃったんだ。お陰で最初から作業がストップしてしまった。

 カンカンには大量のスナップ写真が満タンに入っていた。

 小3の遠足で撮った写真は、霧島と初めて同じクラスになれて、やっと話せるようになった頃の。
 中学の卒業式は勝じいの話が長すぎて、霧島は途中から来てすぐに帰ったから、二人で撮った写真が一枚しかない。
 式の後、卒業証書をわたさなきゃいけないから戻るように言われて、霧島は待ち構えていた女子たちにつかまった。それで制服のボタンが全部なくなって、もうないって言ったら他の男子のでもいいから、霧島君の手からもらえればなんでもいいから、って言う子もいたんだって。あの時はもうなんでもアリって感じでめちゃくちゃだった。


 僕はスナップ写真を一枚一枚、丁寧にコルクボードの上に並べていった。

 高3の球技大会はほとりちゃんと3人でお揃いのパーカーとキャップをかぶったんだ。

 秋桜祭はこのパーカーで大変なことになったっけ。

 屋上で撮られた写真、霧島が一番イヤそうな顔してるやつ。
 この時はもうマツミナの粘り勝ちだった。

 貴博がどうしても撮りたいって言ってきかなかった写真の中で、霧島はちょっと楽しそうに見えた。

 小学校1年生の写生大会で偶然撮ってもらった写真は、最も記念すべき一枚だ。
 霧島はこの写真を見たら、あの日のことを思い出すかな。
 僕にとってあの日がどんなに特別な日になったか、話したらどんな顔をするかな。

 中学の入学式‥まだあどけない表情で笑う僕と、その隣に仕方なく写る霧島。
 この頃の僕はほんと小ちゃくて、学ランの袖は指の先っちょしか見えてなかった。

 高校の卒業式の写真で霧島がなんでYシャツしか着てないかっていうと、マツミナに制服を一式持っていかれたからなんだ。霧島はあやうくズボンまではぎとられるところだった。
「証拠写真が必要だから」とか、「最後の記念だから」とか言ってマツミナは霧島をいつも以上にしつこく追い回されていた。
 マツミナは霧島の制服もジャージも、証拠写真と共に展示すると言い出した。
 ネクタイも校章も、欲しいっていう女の子がわんさかいたのに、マツミナが全部阻止したんだ。
 霧島は正気じゃないと言って本気でキレそうになっていた。

 自分の制服やジャージの展示自体を霧島は阻止しようとしたんだけど、マツミナは全く聞く耳もたなかった。

“ウザミナ”

 霧島は高校3年間、嫌って程マツミナに追い回されたからね!

 嫌がって斜に構えたところを撮られた写真は、マツミナにしてみれば“最高傑作中の最高傑作”だったらしい。

 メガネデビュー事件の写真も笑っちゃう。
 大失敗だったけど、あれはほんとにおもしろかった。


 最後は、僕のお気に入り。
 コルクボードの一番上、角の小さなスペースに僕はあの一枚を貼り付けた。
 たくさんある写真の中で一枚だけ、僕が一人で写っている写真。

 仕上げは真っ赤な折り紙で折ったアザミの花でコルクボードの周りを飾った。

“真夏に降る雪”

 霧島はあの景色を覚えているかな。



“今年の誕生日はこの部屋でやろう”

“記念にりんごの木を地植えにしよう”

 今はまだ、ちっぽけで頼りない、枝が刺さっただけみたいな苗だけど

“きっと3年もすれば僕らの背よりずっと大きくなって、たくさん花を咲かせるよ”


 僕が帰ったら、あの引っ越しの日に僕がプレゼントしたりんごの苗木をアパートの敷地の端に植えることになっていた。

“実が成ったらジュースを作ろう”

“あのりんごちゃん印のりんごジュースよりおいしいジュースを、僕が作ってあげるよ”

 僕はここへ帰って来るのが楽しみだった。


 それから僕は色画用紙を三角形に切って、タペストリーを作った。
 虹のプリズム色で、HAPPY ♡ BIRTHDAYってつなげて‥

 そして僕はまたしてもいいことを思いついたんだ。


 アパートで過ごした1週間、僕は楽しくて仕方なかった。
 僕は出発の当日、時間ギリギリまであの部屋にいた。
 何日もずっと家に帰らず、黙々と大量の折り紙を折っていた。朝から晩まで、ご飯を食べるのも忘れて。

 窓際の壁には真っ赤なりんごと緑色の葉、襖には折り紙から一枚一枚切り取った原寸大の桜の花びらを一面に貼った。桜の森の満開の桜みたいにね。
 タンスが置いてある壁には真っ青な空と大きな虹。7色の折り紙でアジサイの花をたくさん折って、あの日屋上から見上げた大きな虹を形作った。
 ベッドの上にはりんごの花を切り取った紙の花びらを山盛りにした。
 霧島の部屋に入る引き戸の横にはスナップ写真を大量に貼ったコルクボードを立てかけた。
 色とりどりの輪っかのリースをこれでもかってほど長く作って、イイ感じにたゆませながら部屋の壁の上の方にぐるっと一周、天井にも照明を中心にして放射状に吊り下げた。
 部屋の中の飾り付けられるところは全部飾り付けた。

 霧島の部屋はすっかり色とりどりの折り紙で彩られた。


 僕は霧島の誕生日までには帰って来るつもりだった。

 でも念のため、置手紙を書いた。
 霧島の部屋の低い小さなテーブルの上に。

 もしも、僕が間に合わなかった時のためにね。

 部屋を出る時、僕はりんごの鉢植えにたっぷりと水をやった。

 駅へ向かう途中、亮介さんにも冴子さんにも、ちゃんと言っておいた。

 アネモネは母の日前で忙しそうだった。


“なんだあいつ、またどっか行ったのか”

“つかおまえまで珍しいかっこして、どっか行くのか?”


「パーティーの準備は万端だよ!」


“パーティー?ああ、霧島の誕生日会やるっつってたやつか”

「もし僕が間に合わなくても、ちゃんとお誕生日当日にお祝いしてあげてね」


“ああ、オッケー分かったよ”


「絶対だよ」


“わーってるって。”


「霧島はしばらくは帰って来ないかもしれない」
「僕が戻って来る頃には帰って来ると思うけど」


“はぁ?なんだよそれ”


「僕はすぐ帰って来るよ」
「霧島の誕生日までには絶対帰って来るから」


“あぁ、ふぅん?”


“しっかし相変わらずアバウトなやつらだな”


 亮介さんはトラックに大きな観葉植物を積み込みながら、呆れた顔で笑った。


“楽しみだな”


「うん!僕今からワクワクしてるんだ!」
「霧島喜んでくれるかな!」


“違うよ、おまえの長年の夢が叶うんだろ”

「え?」

「うんでも僕、早く霧島のお誕生日会やりたいんだ」


 なにせ、準備は万端なんだもの!


「じゃあ僕行くね!」
「すぐ帰って来るからね!」


“おう、気ぃ付けてな”


霧島

僕はすぐに帰って来るよ。


僕は安心して深森の駅へ向かった。



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