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「きみがくれた」スピンオフ『マーヤの思い出⑱』

「夢」


 幼稚園の時、僕はその絵を描いた。

 題名は、『ぼくの行きたいばしょ』。

“大きくなったら行ってみたい場所を描きましょう”
“どこでも好きな場所を描いてみてね”

 あの絵を見た先生たちも、母さんにも、“将来は宇宙飛行士さんになりたいの”って聞かれた。もちろん父さんも、“宇宙飛行士か!光樹ならなれるよ”なんて言っていた。

 でも、霧島が初めて僕の家に来た日、あの絵を見て

“月と…花?”

 あの絵が満月の夜に咲く花の絵だって分かってくれたのは、霧島が初めてだった。

 僕はとてもうれしかった。
 霧島がそう言ってくれることが、本当にうれしかったんだ。

“ぼく、大きくなったらぜったいここへ行くんだ”

 霧島は何も言わなかった。
 何も聞かなかった。


 それは僕の小さい頃からの夢。

 今も変わらず、憧れの景色。

 『大雨が降った次の日、満月の夜にその小さな花がいっせいに開いて、野原を一面埋め尽くす』
『その無数の花に月の光が反射して、まるで天の河のように浮かび上がる』

 そこに立つとね、まるで星の群れの中にいるような、幻想的な景色が見れるんだって。

“ぼく、大きくなったらぜったいここに行くんだ”

 あの小3の夏の日は、僕の3つ目の記念日になった。


                 ◆


 ひとつ目の記念日は、小学校1年生の時。
 秋の写生大会の日。

 霧島はきっと覚えてないかもしれないけれど、あいつが初めて僕に話し掛けてくれた日のことを、僕は昨日のことのように覚えている。

 1年生の写生大会は、楠の森に行った。
 見渡す限りの畑と、梨の木や葡萄棚がたくさんある農園がたくさんあった。
 僕は畑の近くの土手を登って、その丘の上にあった栗の木を描くことにした。
 とても立派な大きな木だった。
 僕は一人でその木の前に座って、いつものようにその木とお話をしながら絵を描いていた。
 
 
 僕は多分、集中していて気付かなかったんだ。
 
 突然、すぐ隣で声がした。
 

“マロングラッセって知ってる?”
 

 見ると、そこには“あの子”が立っていた。
 

“ばあちゃんがえらいひとからもらったやつ”
“すげぇうまい”
 

 その子は栗の木を見上げながらそう言って、僕を見下ろした。
 
 
“おまえのあたま、うまそうだな”
 

 僕はその瞬間、絵を描いていることも栗の木のことも、全部忘れてしまったみたいに、真っ白になった。
 
 
 その後のことは記憶にないくらい、体中が“ハイ”になっていた。
 


 あの日、僕は家に帰ってすぐに母さんに言ったんだ。
 
 
“お母さん”
 
“ぼくこの髪のままでいい”
 
 
 母さんはいっぱい泣いていた。
 
 
 僕は僕の世界が変わった。
 
 
“ぼくのあたま、おいしそうだって”
 
“まろんぐらっせなんだって”
 
 
“お母さん”
 
 
 母さんは安西先生に電話してくれた。
 
 母さんは電話の間もずっと泣いていた。
 
 

 霧島はあの日のことをきっとひとつも覚えていないかもしれない。
でもいいんだ。
 
 
 あの日から、僕は毎日が楽しくて楽しくて仕方なかった。
 
 そして僕にはひとつ目標ができたんだ。
 
 
 
“あの子とお友達になりたい”
  
 入学式の日、そう思った。
 生まれて初めて、友達になりたいと思う子に出会えた。
 
 
 僕はあの子と友達になる。
 
 きっと自分から声を掛ける。
 
 
 そう思ったらすごくドキドキした。
 
 僕が霧島と一緒にいるところを想像したら、ワクワクが止まらなかった。
 
 
 僕はあの頃のことを、今でも昨日のことのように覚えている。

 

 霧島に会えたから、僕の毎日は楽しくなった。
 
 霧島に出会えたから、僕は僕になれたんだ。


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