見出し画像

長編小説「きみがくれた」中‐㊶

「予感」


まだ暗いハルニレ通りを冷たい風が吹いていく。
石畳に積もった落ち葉が乾いた音を立てて転がっていく。

いつものように足早に進んで行く霧島の後を追いながら、けれど前とはどこか違うその足取りに気が付いていた。

エコマートで買ったソーダ水とシュークリームを下げて、今朝も霧島は月見山へ登る。

吹きさらしの野原を囲むように遠く葉擦れの音が山を渡る。
霧島はその真ん中に腰を下ろし、ギターを鳴らした。

もう以前のように涙は流さなかった。

表情もなく繰り返される同じ音色。

風が山肌を撫でるたび、木々の葉が音を立てる。
地響きのような突風は、足元の僅かな草さえさらうように大空高く吹き上げていく。
ギターを鳴らす霧島の上着を膨らませ、黒髪を掻き混ぜる。
白いビニールが音を立て、枯葉が舞い上げるその先に、眩しい程の青空が澄み渡っていた。

“もうすぐ行ってしまう”

吹きすさぶ風に消えてしまいそうな横顔を、隣でずっと見上げていた。

“また、いなくなってしまう”

太陽の光の中に霞むその鼻先を、いつまででも見つめていた。

“きっと、もうすぐいなくなる”

吹き上げられた前髪の下に、黒く濡れたような切れ長の瞳―――。

差し出されたその指先を鼻先で受け止める。

冷たい温もりが顎の下から耳の後ろへと滑る。

お別れの日が近付いていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?