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「きみがくれた」スピンオフ『マスターの思い出⑤』

「覚醒」


 テラスにいる聖の背中を眺めながら、俺はリビングで一人モヤモヤしていた。

 あの頃俺は専門学校を卒業して、イタリアンのリストランテで働き始めたばかりだった。
 駆け出しの料理人、いわゆる修行中の身だった。
 若さゆえに腕は未熟でもやる気には満ちていて、血気盛んだった。
 自分が作った料理を食べた人全員に“ウマい”と言わせる料理人になるんだと息巻いていた。
 たとえそれが賄い用の食事の一品だったとしても、その調理の権利を勝ち取り、先輩料理人たちの“ウマい”を引き出すことが俺の生き甲斐だった。

 作り手にしてみれば食べた人の“ウマい”を聞きたいし、そのために料理の腕を磨いているといっても過言ではない。俺はいつだってお客さんに美味しいと言ってもらえるものを作りたいと思っているし、そう考えながら料理を作っている。
“ウマい”の一言が自分への評価であり、自分自身が認められた証になる。
 そしてその一言を聞くたびにさらにレベルアップを目指そうと思う。
 それこそが料理に情熱を注ぐモチベーションになる。

――あの頃の俺は、そう思っていた。

 
 あの日聖は俺に、その感動と称賛を伝える機会を与えなかった。

 聖は料理人ではないけれど、あいつのいわば作り逃げみたいな行為を俺は理解できなかった。
 食に携わる人間の端くれとして、自分が出した料理の感想が気にならないなんて俺には考えられないことだった。

 やっぱり“変わったやつ”なんだと思った。
 あいつが特別な準備もなく作ったあのパスタが本当に美味しくて、感動したから尚更だった。


 けれどあの時の聖が、俺の料理人としての原点を作ってくれたんだ。

 聖がそれまでの俺の青くさい思い違いに気付かせてくれたんだ。


 あの日は本当にいい天気で、リビングの大きなガラス戸の外に見える空は青く青く澄んでいた。
 これぞ夏空、という感じの、際限なく広がる突き抜けるような青――。
 俺はお腹も満たされて、美しい景色に考えることもやめて、ぼんやりとその青を眺めていた。

 すると、いつの間にか聖がそこに立っていた。

 音もなく俺の前に腕を伸ばして、握っていた手を開いた。

 空になった白いパスタの皿の上に、

“今日、一番の3個”

 それは真っ赤なプチトマトだった。

 ツルツルの皮がパンパンに張っていて、見るからに美味しそうな完熟のトマトだった。
 俺はその内のひとつを口に入れた。
 奥歯で軽く噛むと薄い皮がプシャっと弾けて、汁がジュワワワっと飛び出して、口の中いっぱいに広がった。
 それはもう果物のように甘くてみずみずしくて、プチトマトとは思えないほど濃厚だった。
 俺は3個ともぺろりと平らげた。

“何コレ?!超ウマい!!”
“こんなの食べたことない!”
“トマトじゃないみたいだ!!”
“甘くてジューシーでフルーティーで!!”
“ウソみたいにウマいよ!!”

 お世辞でも大げさでもなんでもなく、それは“太陽の味”がした。

 俺は何度もウマいウマいを連発した。
 まるでブドウのような触感、採りたての土の香り――。

 そして気付けばそこに座っている聖の


 あの時の、聖のうれしそうな顔―――。


 あの時のあの表情を、俺は一生忘れない。


 あまりのウマさに興奮してはしゃぐ俺を、あいつは何も言わずに見ていた。
 ただ、薄い笑みを浮かべて――
 まるであの日の波のように穏やかな瞳で――。


 あの瞬間、俺は自分の料理人としてのモチベーションに違和感を覚えた。
 ”あれ”
 小さな、些細な引っ掛かり。

 聖のあの表情を見て、俺が聖の立場だったとしたら…。

 俺ははっとした。
 
 自分は今まで、“美味しい”という言葉の前で、こんな顔をしたことあったのかって。

 あの頃の俺は、“食べた人の側”には立てていなかった。

 美味しいと言ってもらえる料理を作りたい、そんな料理人になりたい。
 そう思っていたことは間違いじゃない。
 けれど俺のその想いは、恐らく単なる自己満足でしかなかった。
 
 俺は“美味しい”を引き出すことに夢中だったんだ。それも、一方的に。
すべては俺自身のために。
 自分の達成感を満たす評価として“美味しい”に挑戦していたに過ぎなかった。

 もちろんそれだっていいだろう。
 あの頃はまだお客さんに料理を出すどころか賄いの調理すら争奪戦だった。料理人の先輩たちに認めてもらうことだけで精一杯だったのだ。

 でもあの時、聖のうれしそうな顔を見た時、何か違うと思った。

 いつか俺がお客さんに料理を提供できるようになったとき、今のこの考え方のままではダメなんじゃないかって、半ばショックだった。

 お客さんは先輩料理人とは違う。
 自分の腕試しの対象ではないし、まして自己満足を得るための存在でもない。
 俺は胸の奥がズンズンと鳴り響くのを感じていた。

 俺は料理を作るとき、お客さんの“ハッピーな気持ち”にまで意識が届いていなかった。

 でもそうじゃなかった。

 料理は食べて“美味しかった”だけでは終わらない。
 美味しかったのその先――その料理の味で“幸せな気持ちになれた”、“来てよかった”、“うれしかった”、といった料理の出来のその向こう側にあるものが大切なんだ。
 そのお客さんの抱く気持ち、“満足感”、そして俺自身が料理を通じて、そのお客さんの歓びに“歓び”を覚えること。

 大切なのはそこだったんだ。

 そのことに、聖が気付かせてくれた。

 もちろんあいつにその自覚はなかっただろうけど――。


 思うに聖にとっては自分が作った料理の感想なんて興味なかったんだ。

“今日、一番の3個”

 自分への評価云々ではなく、あいつはあのプチトマトがウマいと言ってもらえたことがうれしかったのだろう。

 最高のものを提供した、その先にあいつ自身の歓びがあったんだ。
 あの瞬間、俺がプチトマトを食べて喜んだ。
 その時の”幸せな気持ち”があの表情を生んだのだ。

 
 俺はいつか、食べた人の笑顔で自分も幸せな気持ちになれるような料理人になりたいと思った。

 あの日、聖のお陰で心からそう思えたんだ。


 だけどまさか、あいつがバルコニーでプチトマトを栽培していたとは。

 テラスは海風を遮るものが何もなかったから、強風で倒れないように丁寧に支柱も立ててあって、肥料も何種類か置いてあったっけ。
 トマトの品種自体はごく一般的なものだったけれど、律義に摘心もしていたらしい。
 そんな甲斐甲斐しい世話の成果があの美味さ――さすがといえばさすがだった。
 あいつならできる気がするというか、あいつが育てればなんだって旨くなるような気がするというか。
 むしろあいつに出されたものなら例外なく旨く感じてしまうかもしれない。

 聖は普段はぼんやりしていて何を考えているのか、何も考えていないのかよくわからないようなやつだけど、ある時急にウソだろってことを平然とやってのける。
 料理にしても、仕事の現場でも。
 その中でもあのプチトマト‥あれはまさに“ギャップ萌え”だ。
 自分以外の生き物に、むしろ自分にすら無頓着、無関心な男が、コツコツとプチトマトの世話をしているなんて想像もつかないことだから。
 
 
“なんでこんなに料理が上手いの?”
“そっか、彼女に教えてもらったんだ!”

“なんでトマトなんか育ててるの?”
“さては彼女が買ってきた苗を押し付けられたのか?”

 俺は聖によくカマをかけた。
 あいつの身の回りには女性の気配が絶えなかったけれど、その誰にも無関心だった。だからちゃんと本命がいるだろうと思って隙あらば探っていた。
 
 女性のことだけじゃない。
 俺は何かにつけて聖のことを知ろうとした。
 なんでもいいからもっとあいつのことを知りたかった。

 もっとたくさん、もっともっと――……。

 なんだってよかったんだ。
 
 どんなことでも、ほんの些細なことだって。

 でも大抵はあの薄い笑みでやり過ごされる。
 
 いつも、口の端を少しだけ上げて、
 
“航平はおもしろいな”
 
 そう無言で言っているような、あの瞳で――。

 
 俺は結局、聖の本当の誕生日すら知らなかったんだ。

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