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長編小説「きみがくれた」下ー㉕

「ありがとう」


「おいコラ、助手席だろフツー」

 荷物と一緒に後部座席へ乗り込もうとした霧島に亮介はミラー越しにそう言った。
 霧島はけれど黙ってギターケースを奥へ押し込み、自分はその手前に納まった。

「ったくかわいくねぇガキだぜ」

 亮介は助手席の窓も全開にしてマスターにあいさつをすると、「じゃぁ行きますか」と勢いよくエンジンをかけた。

 涼しい風がそよぐ穏やかに晴れた朝だった。

 通り過ぎていくハルニレ通りに赤い葉が舞い、石畳を鮮やかな色に染めている。

 窓からの風に吹かれながら、霧島はいつも通り亮介の話を聞き流していた。

「だから、“そういう系”の女にダマされたんじゃねぇかってさ、ワルい女に引っ掛かってんじゃねぇかって冴子も心配してんだって」
「おまえはイイように口で乗せられて遊ばれちまいそうだってさ、気を付けねえとマジで女は恐ぇからな」

 霧島はけれど窓の外へ顔を向けたまま何も答えなかった。

「いいか、オンナってのは口はウマいし外見はごまかせるし人格だってその場でいくらでも作れちまうんだ。オンナの演技力っつぅのは男の予想を遥かに超えてくるからな。ヤツらは想像もつかねぇようなことを平気でやってのける。そんなことが日常茶飯事な生き物なんだから“そっち系”に捕まっちまったら最後、手に負えねぇどころか最後はもう降参、命乞いだ。」

 それから亮介はこれまで自分がどれだけ“イタイ目”に遭ったか、どれ程“怖ろしい目”に遭ったか、その体験談を一人で延々語っていた。

「おまえは俺みてぇにはなるんじゃねぇぞ?分かったな」
 
 そう言ってからも、亮介は「あの頃は俺も若かった」とか「そうは言ってもあれはあれでいい思い出だ」とか「青い春と書いて青春」だとか「大人になっても青春はやってくる」とか・・とにかく一人でずっとしゃべっていた。

「いやぁ・・なんにせよ、おまえにはいい恋愛を経験して欲しい、俺はそう思っている」

 やっと一区切りついたところで、霧島は窓の外を眺めたまま静かに答えた。

「‥みんないい人たちだったけど」

「‥?!」

 亮介は目を見開いて霧島を振り返った。
「ちょ、危ないだろ!」

「“みんな”だと?!」

「何が?前向いてよ」

「おまえっ―――みんなって、みんなってどういうことだみんなって!!」
「―――――みんなだと?!!」
 霧島は興奮する亮介の顔を前へ押し向けた。

「だから、亮介が言うような人は一人もいなかったっていうこと」
 霧島は不愉快そうに眉を寄せ、再び窓の外へ視線を向けた。

「おまっ‥!!それってそれってつまりそういうそういうことか?!そんなに‥そんなに?!――そんなになのか?!!」
 亮介は後ろを振り返りながら霧島を問い詰めた。

「マジで脇見運転やめてよ」
 霧島は亮介の反応を冷静に制した。

「‥みんな―――みんなって‥そんなに――そんなに大勢とつきっ‥つき付き合っ‥‥‥――――‥‥‥?!」

「だから危ないって!前向けよ」

「‥、わぁってるよ!で、どうなんだ?!そんなに何人もいんのか?!そんなに‥マジか‥マジかよおい!!」

 赤信号に車を停め、亮介は後部座席に身を乗り出した。
「おい、ちゃんと話聞かせろ。こいつ‥今の今まで黙ってやがって――」

 亮介は面倒くさそうに顔を背ける霧島を恨めしそうに見た。

 それからけれど納得したように大きな溜息をついた。

「―――‥っかぁ~~~‥そっかぁ―――‥そうだよなぁ―――、だよなぁ‥、―――――まぁ、そうなるよなぁ‥」
 
 大げさに何度も頷いた後、亮介は改めて
「そうだよなぁ―――‥‥」と霧島を眺めた。

 窓ガラスを全開にしたドアに肩ひじを乗せ、霧島は益々冷めた横目で亮介を見た。
「‥っくしょぉ!っこのヤロ~~~―――‥!!」
 亮介は悔しそうに顔をしかめた。

「まぁ‥でもそうだよなぁ‥‥、コレだもんなぁ――‥」
 亮介は口の中でぶつぶつ言いながら一人で頭を抱えた。

「そりゃ放っとかねぇわなぁ、そうだったそうだった、そういうヤツだった」

「‥なんなのさっきから‥ウザい」

「あぁそうだよっ!俺はウザいよ!!」

 亮介は霧島に向かってそう叫び、運転席へ体を引っ込めた。


 肩を落としたまま車を走らせる亮介は、度々恨めしそうに後ろを振り返る。
そして窓枠に頬杖をついた霧島に「コレだもんなぁ」と何度もつぶやいた。

 赤信号の間じっと前を見据え何かを考え込んでいた亮介は、信号が青に変わると、突然
「――――っかぁ~~~!!くそぅっっ!!」
と大声を上げた。
 そして
「うぉ―――――!!」
と叫びながら車を急発進させた。

「ちょっ亮介!スピード!!」

「うるせぇ黙っとけ!おまえ次帰ったらおもっきしコキ使ってやっからな!覚えとけ!!」

「はぁ?なんんでだよ」

「なんでもへったくれもあるか!おまえには俺に意見する権利はねぇんだ!」

「悪い女に引っ掛かることもそこから学ぶこともできねぇおまえなんか‥おまえなんか‥!!」

「イミわかんないんだけど」

「わかるもんか!おまえなんかに俺の気持ちが‥!ステキ女子しか寄って来ないおまえなんかに‥大人女子に可愛がられてきたおまえなんかにっ・・!」

 亮介は駅までの道を飛ばしながら、おまえは昔からイケスカねぇとかそれがフツーだと思うなよとか、世の中の男全員敵だと思えとか、むしろ女子の敵だとか、「イミわかんない自論」でずっと文句を言い続けていた。

「――――おまえ‥さては横に座った女子に星座の神話なんかを話して聞かせてるんじゃねえだろうな」
 
 そう言ってミラー越しに睨む亮介に、霧島は「また始まった」と言いたそうな顔をした。

「北極星は動かないから昔から航海の目印なんだよ、とか、君は僕の北極星だよとか、宇宙の中心は君なんだよとか、僕の中心には君がいるよとか何とか言ってんだろ!」

「そうなの?」

「あ?」

「北極星って動かないの?」

「‥じゃねぇよ、女子を口説く文句に星座ウンチク持ち出してんだろって言ってんの。つかおまえ知らなかったの?」

「うん。なんで動かないの?」

「いや今その話したいわけじゃねぇから。女子を口説くウンチクのハナシ。」

「そんな話、したことない」

「じゃぁアレか、宇宙の神秘を語ってやったり、今日一日じゃ語りきれないからこのままどこかで‥とかなんとか言って‥」

「だからそんな話しないよ。亮介みたいにうまく話せないし、よく知らないし。」

 そう平然と返す霧島を、亮介はミラー越しにじっと見つめた。

 窓の外へ目をやったまま、霧島は素知らぬ顔で風に吹かれている。

「ヒキョーモノ‥」
 亮介はぼそりとこぼし、フンと鼻を鳴らした。

「は?」

「おまえ‥まさか料理もできるんじゃねぇだろうな」

「――‥」

「今おまえ、できるっつったらめんどくせぇことになるなと思ったろ?てことはできるんだな?冷蔵庫の残り物とかでちゃちゃっと男メシ作っちまったりすんだな?そんで部屋に女子呼んだ時はパスタとかパパっと作って仕上げに目の前で板海苔片手でぐしゃって粉々にしたりしてんだろ。そんで女子にわぁ、すごぉいとか言われてんだろどーせ。」

 おまえのそういうところがイケスカねぇ。
 俺は、おまえの全部がイケスカねぇ!

「俺なんにも言ってない」

「顔に書いてあんだよ!」

「‥‥」

「吐けよ。」

「は?」

「いいからとっとと吐いちまえよ。‥今まで何人と付き合った?」

「――‥‥」

「いいだろ、もったいぶんなよ」

「別にもったいぶってない」

「つか否定しねぇな。てことは相当の数だな?!おまえ今、何人て答えれば俺が納得するか計算しただろ?そんで何人て答えても俺が納得しねぇだろうなと思ってめんどくさくなっただろ?!」

「‥‥―――」

 亮介は赤信号に車を停めた。

「言えよ、何人だ?」

「なんで」

「うるせぇな、怒んねぇから言ってみな」

「なにが」

「いいから早く言えって!何人だ?みんなって、―――っておまえまさか数えきれねぇのか?!そっちか?!だから答えらんねぇのか?!さては全員は覚えてねぇってか?だからか?!そうなのか?そういうことなのか?!」

「うるさいな‥なんなのもう」

「おまえ‥俺はおまえをそんな男に育てた覚えはねぇぞ。そんな‥手当たり次第にとっかえひっかえ‥おまえってやつは――そんな人でなしな男になっちまったとは‥!!」
 亮介はそう言って悔しそうに両手の拳を握りしめた。

「来るもの拒まずにも程があるぜ‥おまえってやつは‥」
 
 
 そして車が走り出すと、霧島は独り言のようにこうこぼした。

「男は女から学ぶべきだって、冴子が言ってたから」

「あ?」

「昔‥言ってた」

「―――‥‥」

“男子はいつの世代でも女子からしっかりと学ぶべきよ”
“女子から教わるべきことはたくさんあるんだから”

「おまえそれ、絶対冴子に言うなよ」
「なんで?」
「自分のせいでおまえが幾千人もの女子を使い捨てカイロのように扱ってるなんて知ったらあいつ多分正気じゃいられねぇだろうから」

「は?」

「おまえがその昔自分が言った言葉を鵜呑みにして一度に何人もの女子を相手に渡り歩き、その人数を把握できていないどころか結果顔も名前も覚えてない薄情者に仕上がっちまったなんて‥」

「‥なんの話?」

「そっかそっか、そうだよな。おまえはヘタな小細工なんか使わなくてもいいんだもんな。無理にウンチク並べる必要もないし、そもそも言葉なんかいらないんだもんな。何も言わずとも平常運転入れ食い状態なんだもんな。まさに濡れ手に粟、だもんな。努力も駆け引きも道具もいらねぇんだ。むしろそんな概念皆無だろうな。ただ黙ってそこにいるだけで、勝手に成就しちまうんだ。」

「あー‥‥、そうだった、そうだった。そんなレベル違いの次元で生きてる奴だったんだ、いやぁ、すまんすまん、すっかり忘れてたぜ。」

「‥ったくよぉ、俺ぁおまえの将来が甚だ心配になってきたぜ。そんなんじゃぁ人としての心の機微とか、失恋の侘しさとか、別れの切なさとか情緒とか、そういうとこをなんも経験できねぇっつぅかさ。200%(パー)の勝率を誇るおまえには、最も大事な部分を学ぶことができないまま‥おまえは恋愛の醍醐味を全く知らねぇまんま大人になっちまったんだ‥。そっか‥うん、あるイミかわいそうっつうか、損してるっつぅか‥――、いや別に負け惜しみとかじゃねぇからな。俺全っ然悔しくねぇから、俺はおまえのことなんか全っ然うらやましくねぇから。つか恋愛は人数じゃねぇからな。」

 
 独り言のような亮介のぼやきに、霧島はふと薄い笑みを漏らした。


「‥なんだよ」

 霧島は窓の外に視線を流したまま、口の端を少しだけ上げた。


「変わらないね」

「何が?」

「言ってることが全然イミわかんないとこ」

「はぁ?んだとテメぇ」

「あと話のどこをとっても全部どうでもいいところ」

「‥コイツ――」


「ふふ‥」

「――っそれヤメロ!!」

 亮介はミラー越しに霧島の横顔を睨んだ。

 霧島は窓の外を眺めながら含み笑いを浮かべている。

 亮介はその様子に少し見惚れ、けれどすぐに体制を整えた。


「美空が言うんだよ。“央人お兄ちゃん見ちゃうとウチの学校の男子は全部ホシブドウ”だって」
「‥?」
「クラスで一番イケてると言われてる男子でさえ、せいぜいナスかキュウリなんだとさ」

 そうぼやく亮介に、霧島は呆れたようにこう言った。
「美空、亮介に似ちゃったんじゃない?」
「あ?」
「言ってるイミが全然分かんない」
「‥おまえなぁ‥つか美空が嫁に行けなかったらおまえのせいだからな。責任とれよ。」

「なにそれ」

「あいつには当分おまえと会わせない方がいいかもな」

「なんで」

「‥そういやこないだおまえ、うちで美空の勉強みてやったろ」
「うん」
「俺も冴子もゆっくりみてやる時間も頭もねぇから、助かったよ。あいつ学校の授業が全然分かんねえっつうからさ、まだ中1とはいえ、正直どうしようかって話してたんだ。」

「そうなの?ほとんど教えるとこなかったけど」

「―――マジ?」

「遊びたがってたから勉強が終わったらね、って言ったら即行ドリル終わらせてたし、間違えたとこもなかったし」

「‥あいつ――中1のガキのクセし早くもコザカシイな」

「美空、藤桜に行きたいって」

「あぁ、聞いた。でも今の成績のままじゃ無理だろ。俺さ、美空の進路の話とか聞いてて、他の高校と藤桜の偏差値とかレベルの違い突き付けられて改めて思ったよ。」

「おまえらマジでスゴかったんだな‥藤桜が頭いい学校だってことはざっくり分かってたけどさ、いざ我が子が目指すってなって、具体的に必要な成績の数字とか目の当りにしたら正直ケタ違いだって思い知らされた。」

「つか昔は今よりさらにレベル高かったらしいな。そんな高校におまえらサラっと合格してたじゃん。いやスゲぇよマジで。そこは尊敬する。」

 亮介はしみじみとそう言うと、美空には到底無理だと笑った。

「そんなことないよ」
 霧島はぼんやりと窓の外を見つめたままそう返した。

「いやだってあいつ、問題のイミが分かんねえときとかあんだぜ。そっからかよって、致命的だろ。」

「ふぅん‥」

 亮介の呆れたような声色に、霧島は形だけの相づちをうった。


“マーヤと同じとこ”

“この辺りで一番たくさん桜が植えられてるんだ”


 やがて車は駅のロータリーへと入って行った。

 霧島は膝の上のナップザックに手を入れ、中から茶色い紙袋を取り出した。

「亮介、これ」
 そう霧島に差し出され、亮介は後ろを振り返った。

「?」
 紙袋を受け取り、亮介は中を覗いた。

「―――おま‥これ――」

「返すよ。亮介の宝物。」

“今まで一度たりとも他人に貸したことなんてない”

“むしろこのマフラーは外に出したこともねぇ激レアな神的希少価値のある…”


「いやおまえこれは――‥」

“わぁバカ、バカ野郎かおまえは”

“べつにいいよ”

“違うだろ、そうじゃねぇよ”

“亮介にとってそんなに大事な物なら持って行けない”

“だから違うって、そうじゃなくて”

“そうじゃねぇよほんと鈍いヤツだな”

“絶対に返せってコトだろうが”

“絶対に、必ず返せってことだよ”

“絶対に、必ず返せってことは、絶対に、必ず帰って来いってことだ”


「霧島‥」

 亮介の表情が不安に曇った。

「送ってくれてありがとう」

 霧島はナップザックを肩にかけ、ドアを開けた。
 座席からギターケースを引き出すと、そのままドアを閉めた。

「―――あぁ、―――いや‥おまえ――‥‥」

 霧島は助手席側から亮介を覗いた。

「亮介」

 そう言いかけた霧島に、亮介は慌ててその言葉を遮った。

「待て。」

「いろいろと言いたいことがあるから。――まずはこれだ。これは俺がおまえに貸してやったもで、前にも言ったと思うがこれには意味があってだな。」

「うん。でももう必要ないから。」
 
「‥‥―――」

 運転席から突き出した赤いマフラーは行方を失った。

「必要ないって、おまえ‥」
 亮介の表情が僅かに曇った。

「ありがとう。」

 穏やかに薄い笑みを浮かべる霧島に、亮介は顔をしかめた。

「それヤメロ」

「‥?」

「ありがとうはナシだ。」

 両手でマフラーを掴んだまま、亮介は伏し目がちに言った。

「トラウマなんだよ。」

「‥トラウマ?」

「ごめんもナシ。もうあんなのは二度とゴメンだからな。」

 亮介は顔を背けるようにふんと正面を向いた。

「だからってサヨナラなんて言うんじゃねぇぞ。そりゃいっちゃん最悪だからな。」

「―――‥‥」

 亮介はハンドルの上に両腕を置き、ふてくされたように顎を乗せた。

「俺のマフラーがもういらねぇなら、それでもいい」

「‥うん。」


「また帰って来るって約束しろ。」

「それだけでいい。」


ぶっきらぼうにそう言い捨てた亮介に、霧島は小さくふふと笑った。


“これだけは約束しろ”

“絶対に帰って来い”


「その笑い方ヤメロっつったろ」

 亮介は呆れたようにそう言った。


「――また、来年の春に。‥な。」


“絶対帰って来る”

“それだけでいい”


「帰って来るんだろ、深森(ここ)に。」

 目だけを動かし、亮介は霧島を睨むように見据えた。

「――――うん。」

「なんだよ、マスターにはちゃんと約束したんだろ?」

「―――うん。」

「また冴子が留守中に行っちまうんだから、きっちり言って行けよ。後でドヤされんのは俺なんだから。」

「―――うん。‥ごめん。」

「ごめんもナシだっつったろ。謝るくらいなら冴子に置手紙の一つでもしてけっつの。」
 亮介はふてくされたまま視線を正面に戻した。

「‥亮介。」

「なんだよ。」


「ありがとう。」


「だから、おまえは人の話を―――。」


「また、春に。」


「――――‥‥‥」


 午後の光に照らされた霧島の薄い笑顔。
 無言で「ありがとう」と告げたその笑みに、亮介は唖然としていた。


ギターを担ぎ、霧島は亮介に背中を向けた。


「‥お、おう!またなっ‥!また春に!」
 亮介は慌てて運転席を降り、車越しに霧島の背中に手を振った。

「――――‥‥‥」

 真っ赤なミニキャブに寄りかかり、亮介は霧島が見えなくなるまで見送っていた。

「そもそもあの後ろ姿がトラウマなんだよなぁ―――‥‥ったくなぁんも知らねぇでよ‥」


“おまえ、フザけんなよ”

“フザけんなよ”


“亮介、いつもありがとう”


「―――あーあ‥来年の春かぁ‥‥早めに、ってつけときゃよかったなぁ―――」

 中央には赤茶色に染まったミズキの大木。

 乾いた風が吹き抜ける駅前に人が大勢流れてきた。

 花壇の花は黄色く輝き、ロータリーを囲むハナミズキは真っ赤な葉を揺らしている。

 走り出したミニキャブはもと来た道を引き返す。

 

 赤や黄色の葉を茂らせるライラック並木――
 その上には澄みきった青空がどこまでも高く、遠く広がっていた。

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