突然の長期休み

社会人4年目に差し掛かったある日、私に突然の長期休みが訪れた。

夏休みと言うと、たのしさ満点という感じで聞こえはいいが、実際のところは「休職」をすることになったのである。

今日は、自分が休職になった経緯を書き起こそうと思う。

今の会社は新卒で入社してた。当時の自分にとって第一志望の会社だった。地方から出てきた自分にとって、東京のITベンチャーでの就職は誇らしかったし、就活から就職までの間に、会社が急成長して、友人や後輩にも名の知れる会社になった。

そんな会社で働けることへの期待と、これだけ周りに見栄張って東京来たんだから、成功してやる!と意気込んでいた。

就職して、2年間は順調だった。決して、いい成績を出していたわけではないけど、先輩や上司に助けてもらいながら、できることを増やしていけていた。

2年目の夏には、初めて部で個人表彰をしてもらえたし、3年目には肩書きこそなかったけど、チームを任せてもらえていた。やりがいも十分にあったし、仕事をしていて楽しい、ただ給与分働いている大学の同期はかわいそうとまで思っていた。

そんな矢先、我が社恒例の人事異動が出た。私の勤めている会社は、1年に1度、民族大移動の如く、人事異動を行う。その民族大移動に、初めて巻き込まれたのだ。

異動先は、今の業務の延長線上にある業務を行う部門だった。難易度は上がるが、やっていることは似ているし、確実に前の部門にいた頃に学んだことは生かせると意気込んでいた。


しかし、実際現実は甘くなかった。今まで通りには行かず、スキル不足を痛烈に実感した。考え方が甘いと揶揄されたこともあったし、やったことのないことをぶん投げられた事もあった。正直、3年間で身につけた自信は、1ヶ月も経たずに消え去ってしまった。

今まで自分は何をしていたんだろう? 早く追いつかないと。という気持ちで、なんとか先輩方に食らい付いていたように思う。そして、周りからすると、「できないことを素直に認める頑張り屋」に見えていたのかもしれない。でも私は、「エースと言われて異動してきたのに、何もできないね」「期待はずれだった」と言われたくなくて、必死なだけだったのだ。


私の頑張りは、悪い方向に実を結び始めていた。キャパオーバーの働き方を繰り返し、毎月上げる売り上げ。頑張れば、頑張る程に会社からの期待と言われる予算が上がる。自分で高い壁を作り、高い壁を乗り越えるのに必死になっていた。

休日返上の時もあるし、毎日遅くまで働いた。(流石に深夜まで働くような乱暴な会社ではなかった)体力的には持っていたが、精神的な追い込みが体を蝕み初めていた。原因不明の腹痛や頭痛、吐き気、肩こりなど、慢性的な疲労から抜け出せずにいた。

それでも半期頑張れたのは、同じチームのメンバーがやり遂げたい、表彰されたいという意志を持っていたから、私は邪魔だけはしないようにという気持ちだけで、頑張っていた。

半期の表彰式で、私たちのチームは無事に表彰していただけた。数あるチームのなかで、表彰していただけたのだから、とても誇らしいことである。ただ、その時私の頭の中では、安堵だけがあった。嬉しいという気持ちよりも、邪魔にならなくてよかった、走り切れてよかったという安心感だった。

祝福ムードの中、もっと頑張るぞという雰囲気がチームの中で流れ始めた。今までチームを引っ張ってくれていた人が抜けたこともあり、自分がもっとしっかりしなければという責任も同時に出てきていた。

かなり限界を感じていたこともあり、上司に時間の使い方を相談したりもしたが、「みんな忙しいのは同じだから、歯を食いしばろう」的な内容や、「この部門にいる限り、余裕は生まれない」などで解決にはならなかった。


この頃から、おかしいなと思うことが増えてきた。集中すれば1時間で終わることが3時間以上かかる、文字の読解とタイピングに支障が出てくる、悲しくもないのに涙が出る、会社の人と話すのが嫌になる、イライラすることが増えて髪をかきむしるようになる 等・・・。

ある日の昼休み、突然プツンと糸が切れたように、泣き喚き、仕事もできない状態になり、休んでも腹痛が止まらず寝られないなどの症状が出るようになったので、いよいよヤバいのではと思い、上司に相談し、長期休暇を取ることになった。


そして、今、長期休暇中に備忘録がてら、NOTEに投稿をしているのである。

休んで落ち着いてきたが、やはり自分の中でショックだったことや、不安だったときに、誰かの体験談は非常に参考になった。この話も、誰かの参加になれば嬉しい。

また書きに来ます。

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