死にかけた 1回目
2.3歳の頃です。ちなみにこの時のコトをぼくは覚えていません。母親から聞きました。
毎年、夏になると母方の親戚家族総勢15名ほどで旅行に行っていました。その年は、千葉県の飯岡海岸へ。
小さい頃のワタシは、兎に角チョコマカ・チョコマカと常に動き回っていて、じっとしているのは寝ている時だけだったそうです。
母からはいまだに言われます。「お茶を飲む時間が欲しかった、、」と。
そんなチョコマカ小僧が何故!死にかけたかと言いますと、持ち前のチョコマカですばしっこい性質が仇となりました。
総勢15名が泊まった宿のまん前には飯岡海岸に沿って道路が通っており、夏となると海水浴客やサーファーが増え車の交通量もたいへん多くなっていました。
宿の前には海岸へ渡れる信号機の無い横断歩道があり、すぐに砂浜へと出れるので大変便利でした。
その便利な横断歩道に、チョコマカ小僧が持ち前のすばしっこいさを全開に大人たちのスキをつき「サササァーッ」と飛び出してしまったのです。
きっと、信号機が有ろうと無かろうと関係なかったと思われるのですが、とにかく小僧は何も考えることもなく、猫のように飛び出してしまった。
母が気がついた時には、時すでに遅し!だったようです。とっさに何かを叫んだようなのですが、なんと叫んだのかは母も覚えていないようです。
「わぁー」なのか「誰かぁー」なのか「たぁすぅけてー」なのか「ひろしー」のいずれかかもしれません。
そんな一瞬の出来事。母親が息子の死を想像したであろう刹那な時間。
そこへなんと、颯爽とスーパーマンのごとく現れた1人の男性がいました!
海水浴にウキウキしながら走る車が行き交う道路に、危険を顧みず命をはってチョコマカ小僧を助けてくれたのです。
そのスーパーマンは若い海上自衛隊のお兄さんでした。
母に当時の詳細を聞いてもよく覚えていないそうです。覚えているのは、海上自衛隊のお兄さんがチョコマカ小僧を抱きかかえ助けてくれたということ。
海上自衛隊のお兄さんの顔や交わした会話などは覚えていないそうです。母は相当、気が動転してしまっていたのでしょう。
危機一髪のところで海上自衛隊のお兄さんに助けて頂き、命拾いをしたチョコマカ小僧。
生かされた命を大切にしたいと今でこそ思うのですが、それから数年後2回目の命拾いを体験することになろうとは、本人はもちろんのこと家族もゴマ一粒ほども想像してはおりませんでした。
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