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夜の岸辺

 川へ来た。日はとうに落ちている。対岸にはマンションが建っていた。まばらに部屋のあかりが灯っている。黒い川面に反射したそれは、白い影のようだった。雪の積もった足もとに目をやる。ぼんやり浮かぶ黒い影。ふと思う。太宰はさいごに、なにをみたのだろう。何色だっただろう。

 そばのベンチに座った。顔をおろす。積もった雪に、たくさんの足あとが残っている。小さいのは、くねくね曲がっていた。大きいのは、まっすぐだった。顔を上げる。すぐ隣に、木が立っていた。ずっとだまって立っていた。

 川を隔てた向こうに、人が生きている。ご飯を食べているかもしれない。お風呂に入っているかもしれない。受験勉強をしているかもしれないし寝たきりの家族を看ているかもしれないし動画をみているかもしれない。ただ、ただ、みんなが、生活を送っていてほしいと思った。

 立ち上がる。感覚のなくなった手を、なんとかポッケにしまう。歩き出したら、雪に足をとられて、よろけた。そのときようやく、あたりに目をやった。住宅地。街灯。行き交う車。

 此岸にも、あかりは灯っていた。

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