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夢路アラート

 赤信号になれ、と強く望むときがある。たいがいそれは夜で、目的地は家であることが多い。体は疲れているし眠たいのに頭のなかで「何か」がぐつぐつとうごめいているような感覚。このまま景色の動かない部屋にこもってしまったら、その「何か」に存在ごと飲みこまれてしまう気がするのだ。

 21時を過ぎていた。イヤホンをさして今月つくったプレイリスト「2206」をタップすると、Vaundyの『恋風邪にのせて』が流れはじめた。大通りに出る。歩いている人は私以外にいない。車がときおり走りさっていく。風はぬるい。体は重い。けれど、明確に「帰りたくない」。丁字路にさしかかり、まっすぐ先にみえる信号は青。左を向けば赤。そのまま進めば早く帰れる。

 左を向いた。

 赤い光を眺めながら、この曲のMVを鮮烈に思い出す。「運悪いよなお前も。ただな、クズを愛したお前も悪いんだよ」そんなかすれた低い声がして、流れはじめる曲。息をきらして苦しそうに走る男の姿。入り混じる回想シーンでは、力なくふらふら踊り、ウィスキーをボトルごと傾け、タバコ片手に倒れこむ。女が男を見つける。目を合わせる。落ちていた銃を手にして無邪気に遊ぶ。夜空を仰ぎながら笑う女の姿。その声が、耳にこびりついて離れない。

 MVを見た日の夜、もう10年近く会っていない同級生が、撃たれる夢をみた。その様を、何もせずに佇んで、じっと眺めていた。ただただ眺めていた。赤いしぶきが地面に散った。夢の中の私はそのシミが日本地図みたいだなと思った。そんな断片しか、記憶には残っていない。

 曲が『逆夢』に変わった。正夢の対義語。夢とは逆のことが現実で起こる、たしかそんな意味だった。ならばいつか、ひとりの同級生が、救われるのかもしれない。それかもしくは、私の方が……ふとうつむく。ずっとマンホールを踏んでいた。少し足をずらすと、何か書かれていることに気づいた。円の中心に刻まれた1文字。目をこらす。警。

 そのとき信号が、青に変わった。

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