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闘牛士の身のこなし

私は4月に転職した。

前職は、地方から2度目の上京を果たしたタイミングで、もともとお世話になっていた方に頼み、働かせてもらうこととなった。次を決めるまでという周りへの理由付けをしていたが、実際は適当にゆるく東京生活を楽しみたかった私にはちょうど良い環境であった。

ゆるく、自由な環境は最初こそ充実感を与えてくれたものの、そう長くは続かない。自由であればあるほど自分を律することの大変さに気づかされる。自分は自由でいていいほど特別なスキルがある人間でも、自由でいたいからって努力することができる人間でもないことを痛感した。

もうそろそろ、刹那的な生き方が似合う年でもないし、自分の人生長い目で見てプランニング出来るようになりたいと年齢が教えてくれた。

これと決めると行動が早い私は、さっそく転職活動に取りかかる。希望の条件で働けるか不安ではあったが、この時コロナが流行り始めたタイミングということもあり、もたもたしてられないと自分に発破をかけ、取り組んだ。

幸運なことに、自分が希望する環境はすぐ見つかった。前職はコロナがなければ、辞めることを切り出すのも気まずい感じがあったが、ある意味タイミングに助けられ、いい感じに理由が出来て罪悪感も少なく済んだ。

そして4月。

環境が変わる緊張や不安もあったが、新しい希望を見つけた嬉しさも入り混じっていた。

転職先は未経験だが、物覚えはいいほうで、すぐ仕事内容は覚え、環境に慣れるのにも時間はかからなかった。人間関係も、まあまあうまくやれるかなって。

わたしは、正直コミュ障だ。周りにそれを言うとだいたい理解はしてくれない。自分で言うのはおこがましいのかもしれないが、相手が快適に感じてくれるであろう自分を演出することが出来るため、それを感じさせないのだろう。しかし今回それが仇となった出来事があった。

基本的に2人体制の職場であり、いつも同じ人と同じ時間を過ごす。忙しければ余計な気を遣うことも無いのだが、いかんせん暇な職場なのだ。そうなると世間話をする機会も多く、初めは気を遣って頂いてるなっていう思いと、単純に話すのが好きな人なんだなと。

その方は過去の栄光(たぶんめちゃくちゃ盛ってる)(あるいは認知機能が落ちてきている。これはTVでみた)を語りたがる人で、自分のことを過大評価する人間だとわたしは判断していた。そういったタイプの人間は、話しをうまく聞いていれば満足してくれる比較的扱いやすいカテゴリーだと考えていた。

関係がうまくいっていると感じていたときは、おそらくとても気に入ってもらっていたのではないだろうか。

しかし、過ごす時間が長くなるにつれて、わたしはどんどんストレスが溜まってきた。いつもおんなじ話、誰彼構わずひたすら悪口のネタを探している、忙しくなると頭に血が上って冷静になれない、しまいには自分で倒してしまった椅子にキレて蹴っ飛ばす。

あーもうこれは無理だと。

それからと言うもの、話しかけられればいつものようには話すが、私からは業務のこと以外話さなくなった。相手はそんな私の距離感に気づいたのだろう。今度は私の粗探しを始めた。

ある日、忙しい時間帯があり、まだ二ヶ月目の私にはちょっと大変だなと感じていた。一生懸命目の前の作業をしていて気づかなかったが、きっと動作が雑になってしまっていたのだろう。その波が終わった後で、

「ちょっとそんな音立ててやらないでくれる」

かなり語気は強めだ。

プラスチックケースを重ねる音がそんなにうるさいのだろうか。

ずっと溜まっていた感情がふつふつと沸き始めた。あなたがいつもやってること棚に上げて。やっと何かわたしに言えることが見つかって、発散して、さぞかし気持ちいいだろうなと。

その言葉を聞いたあと、わたしは言ってしまった。いつもあなたがしてることは何なんですか?と。

瞬間的にわたしは間違えたと後悔した。

しかしもう遅い。相手は頭に血が上る。帰れと怒鳴られる。今どきこんな頭ごなしに、人の話を聞かない頭でっかちの人間が、自分の立場を優位と勘違いしている頭の回らない人間がいるのだろうか。

悔しくて、悲しくて。

その日は本当に帰らされ、家で考えた。ああやっちゃった。。思っててもいっちゃダメだったよなって思う。でも間違ってないって頑なになってしまう自分もいて。

そのあと、代表の方から連絡が来た。

その内容は私の気持ちをとても楽にしてくれるものだった。前からその人の態度は傲慢で、手を焼いていたと。あなたは辞めちゃだめだよ、強くなってと。普通なのはあなたの方だからと。

そこからまた冷静になり、今回の事件の問題点を整理しようと考えた。

1点目、私からの間違った距離の詰め方。

2点目、かわす手段を知っていたのに、それが出来なかった幼さ

この2つが事件を回避するポイントだったのではないかと考える。

まず1点目について。これは初動の距離感を必要以上に詰めてしまったのがよくなかった。この人の場合、話をよく聞く良い子キャラを演じてしまったことで、傲慢で自分勝手な態度を許容させてしまう空気が出来てしまったのではないだろうか。

のちのち自分の自我が溢れ出てしまった結果を見ると、相手への配慮と自我のバランスが極端すぎたのだと反省した。

そして2点目。冷静に考えれば、丸くその場を収めることが出来るスキルくらいは持ち合わせていたのではないかと思う。ぶつかって来るものに、真正面から受け止めなくてもよかったのだ。自分が怪我をしないように、自分を守るために受け流すことも大切だと。

イメージは闘牛士。

彼らは赤い布を持って、いつ暴れるか分からない牛と闘う。自ら有利な距離を保ちながら近づき、向かって来ればひらりとかわしていく。

わたしも身一つで立ち向かうのではなく、時にはうまく受け流せるスキルを一つ、二つと使いこなせるようなかっこいい大人になりたいと思った。


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