見出し画像

「反五輪の会」が発表した「見解」に抗議します

私たちは韓国から来た女性アクティビスト/研究者であるDの友人一同です。20年7月、「東京の社会運動団体で起こった韓国人女性への「大人のいじめ」と題したnoteを発表しました。それは、2018年11月、「反五輪の会」などが主催する東京・渋谷での上映会で起きたことに端を発して、彼女が「大人のいじめ」としか表現しようのない、つらい状況に置かれていることを訴えるためです。

Dに対して「不信感を抱かざるを得ません」と表明

これに対して「反五輪の会」が、私たちが発表したnoteに対する反応として、

2018年11月上映会以来起こっている件について、私たちの見解」

と題した文章を8月24日に発表しました(以下、「20年8月見解」)。

この「20年8月見解」は、次のように始まります。

「私たち〈反五輪の会〉が『韓国人女性へのいじめ』を行っているとするnoteが公開され、問い合わせをいくつもいただいております。/私たちの対応によって、Dさんをつらいお気持ちにさせていたことは会として受け止めていこうと思います」

Dのつらい気持ちが、「私たちの対応」によって引き起こされたことをはっきりと認めています。Dは18年11月に上映会で感じた気持ちを「すべてがショックで、イベントも、映画も、何一つ耳に入ってきせんでした」「孤立感をすごく感じました」と表現しています。だから、Dの「つらいお気持ち」を「受け止める」というこの表明は、歓迎すべきことです。

ところが、この文章の議論は、そのすぐ後にくるりと反転して、別の方向に向かってしまいます。「私たちの対応」について検証するとか、Dの苦しみをどのように「受け止め」るのかといった方向には行かないのです。むしろ、Dの訴えを否定し、それどころか、「私たちは(Dに)不信感を抱かざるを得ません」などという言葉さえ飛び出します。

そこには薄弱な根拠に基づく論や矛盾した主張がいくつも含まれており、その一方で私たちがnoteで提起した様々な間違いの指摘や疑問点はほとんど無視されています。そして、Dの言動について悪意とも疑われる仕方で歪めながら、Dを「加害者」視する不確かな主張や認識については無批判に受け入れて、議論を進めていくのです。

この「見解」は、「反五輪の会」が自らの対応によって引き起こされたDの苦しみに全くの無関心であることを示しており、もっと言えば、Dを「加害者」と規定し、「Dの苦しみに共感してはいけない」と読者に訴えているように感じられます。

私たちのnoteでも書きましたが、Dはこの間、この問題に関わった運動団体の様々な言動に対応しなければならないことで、かえって傷を深くし、ついには精神科への通院を必要とするようになり、現在は休学中です。これは、生活費を含むものとして支給されているイギリスの大学の奨学金を失うということであり、彼女の生活が危機に陥っていることを意味しています。すでにイギリスのビザは失われました。日本でのビザはかろうじて短期間の延長が認められています。

苦労の多い人生を送ってきた彼女が、にもかかわらずこの問題でここまで精神的に追い込まれたのは、同じ運動圏の仲間たちにもっていた信頼が打ち砕かれたショックからです。今回の「見解」発表は、その傷口に、さらに塩を塗るような対応と言えます。

大きく分けて、この「見解」には三つの問題性があります。

三つの問題性――Dの苦しみへの無関心/「加害者」視/事実検証の拒否

一つ目は、彼ら自身の「対応」が引き起こしたDの苦しみに対する徹底的な無関心です。「つらいお気持ち」に「向き合う」と宣言したにもかかわらず、具体的にどう「向き合う」つもりなのかについては、何の表明もありません。むしろDに対する「不信感」を読者に印象付けることこそが目的になっているかのようです。

二つ目は、Dを何らかの「加害者」だと先験的に決めつける認識です。当初、「Dさん、Aさんのどちらが被害者で加害者かを拙速に裁定しない」という「原則」から出発したと記しながら(どちらかが必ず加害者であるはずだとは私たちは思いませんが)、この「見解」は、Dを十分な検証抜きに何らかの「加害者」と見る認識に立って展開されています。自らが当事者だった18年11月の渋谷での出来事について責任をもって語るのではなく、自らが直接の当事者ではないはずの17年9月の「nolimitソウル」での出来事の文脈にそれを解消し、その過程でDを何らかの「加害者」と歪めて印象付ける記述を連ねているのです。

一例を挙げれば、18年11月22日の渋谷における上映会の現場で、突然、「AさんがDさんに帰ってほしいと言っている」と告げられたDが、驚いて「どういうことなのか理由を聞きたい」という趣旨のことを口にしたという事実(ごく自然な反応だと思います)を、反五輪の今回の「見解」では「DさんはAさんに話しかけようとする意図もうかがえました」というおどろおどろしい話に仕立てています。これはフェアではありません。

三つ目は、事実の検証を意図的に拒否する姿勢です。それは、この「見解」の大部分を占めているのが、「反五輪の会」が19年7月に韓国語で発表した文書(以下、「19年7月見解」)の再掲載であることに現れています。この「19年7月見解」に多くの事実誤認や疑問点、矛盾点が含まれていることは、D自身からも「反五輪の会」に伝えていますし、また、私たちのnoteでも指摘しています。にもかかわらず、それらを検証することなく、20年8月現在の見解としてそのまま再掲載したのです。Dや私たちの指摘を意図的に無視しているのではないかと疑わざるを得ません。

これについては、少し踏み込んで詳しく説明しましょう。

「尊厳回復」の訴えを「精力的な批判」と歪める

「19年7月見解」は、Dがその2ヶ月前に韓国語で公論化(ネットで文書を公開すること)した文書を、「反五輪の会」が批判しているものです。韓国の運動圏内部の議論に介入する意図をもって韓国語で書かれ、ネットで発表されました。この「19年7月見解」の最大の問題は、Dの公論化文書の主題――つまり何に抗議しているのか――について全く言及せず、抗議の対象となっている経緯についても「なかったこと」のように欠落させていることです。

Dの公論化文書は、「反五輪の会」に向けられたものではありません。「平昌オリンピック反対連帯」(以下、「平昌連帯」)という運動団体に向けられたものです。Dは、「平昌連帯」とのメールのやり取りの中で、「nolimitソウル」や渋谷での出来事をめぐり、「平昌連帯」から、事実上、「強姦文化と家父長的権力」に加担する「nolimit関連加害者」と規定され、今後も「対決」の対象とすることを暗示されました。これに侮辱と疑問、今後の不安を感じたDが、これに抗議したのが、公論化文書でした。抗議は「反五輪の会」ではなく「平昌連帯」の言動に向けられています。つまり、Dさんという個人が、中傷や攻撃を受けたとして「平昌連帯」という運動団体に抗議しているのです。

ところが、今回再掲載された「反五輪の会」による「19年7月見解」は、Dが抗議しているこうした経緯に一言も言及せず、事実上、何もなかったことにしています。そうなると、Dが理由もなく一方的に騒いでいるかのような、さらにはDさんがAさんへの個人攻撃を行っているかのような話になってしまいます。Dを「加害者」視する「反五輪の会」の認識は、こうした事実認識の歪みの上に成り立っているのです。

実際、今回の「20年8月見解」の中でも、この間の経緯を

「Dさんが〈平昌オリンピック反対連帯〉への抗議文書をネット上に公開したりと、精力的にAさんそして〈平昌オリンピック反対連帯〉への批判を広める状況」

とまとめています。

「自らの尊厳を取り戻したい」というDの抗議や訴えに対して、「反五輪の会」や「平昌連帯」の言動をなかったことにした上で、「精力的な批判」などと歪め、おとしめるのは、間違っています。

Dの苦しみに向き合うこととは真逆な「見解」

本来であれば、「反五輪の会」が第一に考慮し、行うべきことは、彼ら自身が言うように、自らの「対応」によって「Dさんをつらいお気持ちにさせていたこと」を、当事者としてどう「受け止め」、対応するのかということであるはずですが、今回の「20年8月見解」は、全くそれに応えないばかりか、Dに責任を転嫁し、非難しています。

これは、Dを再度、苦しめる行為であり、自らが引き起こしたDの苦しみに向き合うこととは真逆の行為です。

以上が、この「20年8月見解」が持つ主要な問題性です。

私たち「Dの友人一同」とは別に、D自身が9月20日に「反五輪の会」などに対して「基本的な事実関係の確認」を求める公論化文書を発表しています。

「Dさんをつらいお気持ちにさせていたこと」を「受け止めていく」という「反五輪の会」の宣言が、単なる建前でないのであれば、最低限、Dのこの問いかけに応えるべきではないかと、私たちは考えています。

2020年11月10日 Dの友人一同


下記リンク先は、「反五輪の会」の「20年8月見解」が持つ問題性について詳細な検証を行った文書です。やや長めですが、お時間があるときにご一読いただければ幸いです。

「反五輪の会」が発表した「20年8月見解」のどこが問題か

【写真撮影者:D】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?