【エッセイ】祖父との思い出

 小学生の時、道徳の授業で第二次世界大戦について触れた。
「戦争は恐ろしいのです」
 熱意がこもる先生の瞳。あまりの迫力に私の背筋は凍った。
 涙目になって怯える子、窓の外を眺める子、先生の形相を茶化して笑う子。クラスメイトの様子はさまざまだった。
 隣の席の子が落ち着かない様子で「俺のおじいちゃん、戦争に行ったらしい」と話しかけてきた。私の祖父も戦時中、ちょうど十代〜二十代前半だったはずだ。戦争に行ったことはあるのだろうか。授業を通して私が関心を持ったのは、現実味のない話よりも自分の祖父が戦争を体験したかどうかだった。
 私は家に帰ってすぐ、家の離れにある祖父の自室を訪ねた。文机に向かって読書を楽しむ後ろ姿。優しくて読書家の祖父は暴力から縁遠いように見える。
「おじいちゃんって、戦争に行ったことあるの」
 ただいまも言わず、私は祖父の背に向かって大声で尋ねた。
 祖父は老眼鏡を外して戸惑ったように私を見つめた。
 私を自室に招き入れて、迷いながらも、語り始めた。
 おじいちゃんは日本のために戦いたくて自分から兵隊になった。それからはひたすら敵を撃つ日々でね。敵に見つからないよう冷えた泥沼に浸かって夜を明かした時は凍死する覚悟だった。殺されるくらいなら沼の中で野垂れ死ぬ方がマシだと、その時は本気で思ったんだ。敵も仲間も、沢山の人が戦争で亡くなった。
 ……ようやく戦争が終わったと安心しかけたら、なんと捕虜になってしまって。おじいちゃんは外国の牢獄へ行った。何年もかかって、やっと日本へ帰ると、実家が無くなっていた。空襲で焼かれてしまったんだね。親戚の家を辿っていって、生き残った家族に再会できた時は嬉しかった。けど、そこに自分の墓があってね。大層驚いたよ。帰りを待たれていなかったのかと少しだけ切ない気持ちになったな。そのあと空襲で沢山の知り合いが亡くなったことを知って虚しくなった。戦争は終わってからも苦しかった。
 祖父は茫然と宙を見つめていた。何かに取り憑かれて何処かへ行ってしまいそうだった。
「戦争は二度と、してはいけない」
 腹の底から出た声は震えていた。心臓がキュッと締まるような緊張感があった。
「今はね、お前さん達が平和に生活できる世の中になってホッとしているんだ。……国に関係なく、戦争は苦しい。苦しいことを忘れてはいけない。これからの人にも、それは忘れないでいて欲しいんだ」
 シワだらけで節の目立つ手が、私の手を取ってふくらはぎの辺りを触らせた。少しだけ抉れた肉。エナメルのように光る傷跡。ぬくい体温。
「おじいちゃんの足に、鉄砲が当たったんだ。痛かったけんど、必死になって生き残った。諦めないでよかった。おかげさまで、お前さんのママが生まれて、おまえさんも生まれてきたんだから」
 祖父は戦争を経験し、生きて帰ってきた。理解できた途端、手に汗が滲んだ。
 私は堪らず祖父に抱きついて、肩に顔を擦り付けた。

 最近とくに、戦争を語る祖父の姿を思い出す。過去を彷徨う眼差しが忘れられない。
 日本はいずれ戦争を知らない国になる。あの怖さを伝えられる人が誰も居なくなってしまう。だから、私たちは少しでも先人の言葉を語り続けなければいけない。
 昨今の世界情勢に憂いを抱く。戦争は苦しい。苦しいことを忘れないでほしい。

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