司法書士による契約書作成に係る懲戒処分事例について(平成23年2月28日福岡法務局長、月報司法書士471号平成23年5月10日81頁)
前提
昨今、「司法書士は契約書作成業務ができる」と殊更に主張する一部の司法書士のグループが存在する。しかし、法文上、司法書士の業務は、
と規定されている一方で(但し、六〜八については認定司法書士に限る)、行政書士法は、
と規定しており(但し第一条の三に掲げる業務は特定行政書士に限る)、一般的には権利義務に関する書類であると解される契約書については、それが依頼を受けた時点において法務局や裁判所又は検察庁に提出されるものであることが当時者の認識により明らかであるときは(例えば不動産所有権移転登記における登記原因証明情報としての契約書)、司法書士の独占業務になると解されるものの、それ以外の場合においては、契約書の作成は、行政書士の独占業務になるものと解される。
判例も同様に立場に立っており、最判平成12年2月8日の最高裁調査官解説でも、
との指摘がなされている。
つまり、契約書をはじめとする権利義務に関する書類は、原則としては行政書士が作成するべきものなのであるが、例外として、「初めから登記原因証書として作成される場合」は、法務局又は地方法務局に提出する書類に該当するから、司法書士が作成すべきものとされるのである。
このことは、前記最判の原審でもある福島地裁郡山支部平成8年4月25日判決が、行政書士法及び司法書士法の沿革を丹念に研究した上で、
と判示していることからも明らかであろう。
検討
しかし、冒頭に述べたとおり、「司法書士は契約書作成業務ができる」と殊更に主張する一部の司法書士のグループが存在するので、こうした「見解」の問題点について考察していきたい。
同グループは、司法書士が契約書作成を行うことができる理由として、多岐にわたる論拠を挙げるが、以下の通り、いずれも根拠が乏しいものと考える。
大正11年3月2日民事局長の行政解釈を根拠とする主張
グループは、
として、前身の司法代書人法時代から、司法代書人には「権利義務二関スル諸般ノ契約書類」が認められていたので、現在の司法書士にも当然それが認められると述べる。
しかし、既に紹介したとおり、判例は、大正時代以降の長きにわたる行政書士法と司法書士法の沿革を研究した福島地裁郡山支部判決を支持した上で、前記の通り、(「権利義務に関する書類」とほぼ同一の外延を有するであろう)登記原因証書になり得る書類の作成が原則として行政書士の業務であると指摘し、その例外として、「初めから登記原因証書として作成される場合は」司法書士の業務であるとの解釈を示している。
昭和26年頃までに司法代書人法と代書人取締規則が既に廃止され、司法書士法と行政書士法に再編された上で、前記のとおり最高裁の調査官解説が示されている以上は、仮に司法代書人に対して宛てられた大正8年の行政解釈が存在するとしても、後法優先の原則に照らして、これを理由として現在の司法書士に契約書作成権限が付与されていると見るのは困難であろう。
契約書作成に関する各種書籍の読者として司法書士が行政書士よりも強く想定されていることを根拠とする主張
グループは、新日本法規出版や有斐閣が出版した契約書作成に関する実務書のまえがき等において、弁護士や司法書士を読者と想定する記載があるのにそこに行政書士が記載されていないことや、行政書士が記載されている場合でも司法書士よりも後に記載されていることを根拠として、契約書作成は司法書士の独占業務であると主張するようである。
しかし、既に見てきたとおり、司法書士が法務局に提出する登記原因証明情報や裁判所等提出書類として契約書を作成する場合があることは想定されていることからすると、このことを踏まえて、実務書の著者が読者として司法書士を想定することは全く不自然ではなく、他方で、想定読者として行政書士が列挙されていない書籍が一部存在するからといって、行政書士は契約書作成権限を有さないとか、契約書作成を独占業務としているのは行政書士ではなく司法書士であるとかの論拠とすることは、明らかに論理の飛躍があるだろう。
例えば弁理士が特許、実用新案等についての契約書、海事代理士が船舶の売買契約書を作成することもあり得るし、会社の法務担当者が自社に係る契約書を作成することもあり得る。
これらについて、行政書士と同様に実務書のまえがき等で想定読者として言及されていないからといって、海事代理士や弁理士、法務担当者の契約書作成権限が存在しないという根拠になるということや、そのような社会通念が形成されているという根拠になることは考えられない。
本邦においては、自由主義に基づき、個人の行為に国家が干渉することは原則として望ましくないものとされ、とくに、特定の行為を刑罰法規をもって禁止する場合には、罪刑法定主義の観点から、刑罰の対象となる行為は法律等の条文において予め提示されていなければならないと考えられ、類推解釈や拡大解釈は許されない。
報酬を得て業として契約書等の権利義務関係書類を作成する行為が、行政書士法違反として現に刑罰法規をもって禁止されている行為である以上、いかに高名な著者による権威ある実務書のまえがきであるとしても、それを根拠として契約書作成権限の有無を語るのは無理筋というべきだろう。
日本司法書士連合会の活動を根拠とする主張
グループは、①日司連が平成28年に復興庁からの要請を受け、自治体職員向けに、定期借地権設定契約書案を提供するとともに同契約に関する講習を行っていること、②平成31年版司法書士白書には「司法書士は、当事者が直面する社会生活上の困難に対し、司法書士の従来業務を活用し、法的支援をすることができる。同性カップルに対しては、パートナーシップ契約書の作成を支援することにより(以下略)」との記載があること、③第87回日本司法書士会連合会定時総会における執行部答弁があること、④月報司法書士第627号令和6年5月号における山本泰生、谷口毅司法書士の発言等があることが、司法書士が契約書等の権利義務関係書類を作成できる根拠であるという。
しかし、①については、定期借地権は登記することができる権利である以上(不動産登記法第3条)、その登記原因証明情報でもある定期借地権設定設定契約書の作成が司法書士の業務となりうることは当然であり、そもそも法務局や裁判所、検察庁へ提出する場合以外の権利義務関係書類の作成権限の有無が争点である本件へ持ち出すのはお門違いであろう。
②について、文面を良く読むと、「司法書士の従来業務を活用し、法的支援をすることができる」「パートナーシップ契約書の作成を支援することにより」との記載から、登記することができる権利ではない「パートナーシップ契約」について、司法書士ができることはあくまでも「支援」であり、契約書の作成そものはできないという筆者の理解や前記判例等の立場をむしろ裏付けるものであるように見える。
ちなみに、パートナーシップ契約書の作成について「支援」する行為は、「行政書士法第1条の3の4号に定める「前条の規定により行政書士が作成することができる書類の作成について相談に応ずること」に該当すると思われるため、そもそも行政書士の独占業務ではなく(同第19条)、司法書士白書の記載も、このことを踏まえてのものと思料される。
③について、同執行部が「権利義務に関する書類作成を司法書士が行うことについての法令上の制限はない」と発言したという根拠は定かではないが、後に述べていくとおり、平成23年において認定司法書士が訴訟外の和解について和解契約書を作成したことについて福岡法務局長が行政書士法違反にあたるとして懲戒処分を科した事例が存在し、また、いわゆる法的整序や専門的判断の問題について、司法書士の書類作成業務について法的な限界があるとした高等裁判所や地方裁判所の判断が存在する。
もっとも、下級裁判所の裁判例は法源性を有さないとされるので、その意味では未だ「法令」ではないと述べることは可能だし、行政書士法についても、報酬を得て業としてするのでなければ法違反にはならないので、例えば司法書士が無償で行政書士が作成すべき契約書等を作成する場合においては、後記平成23年の懲戒事例を踏まえてもなお「法令」上適法であると述べること自体は可能だろうが、果たしてそのような主張に実質的な意味があるのか疑わしい。
④について、グループが引用する発言は山本泰生、谷口毅両司法書士のものであるが、山本司法書士は、
と述べており、「合意がすでに形成されたものを書面化できないわけはありません」と述べながらも、結論としては「他の法令・ 特に他士業法で規制されている場合には作成できませんよね。規制があれば規制に従うのはもちろんです。」と注意深く述べており、行政書士法で規制される契約書等の権利義務関係書類について、司法書士が作成できるとは厳密には述べていない。
また、後記の福岡法務局長平成23年懲戒処分例が、まさに司法書士が「合意がすでに形成されたものを書面化」し、「訴外の和解案や合意書」を作成した場合について、和解契約書を代理人として9件作成したことが弁護士法違反、契約書の作成のみを60件行ったことが行政書士法違反であると判断されており、「合意がすでに形成されたものを書面化」した場合であっても、それが他法の規制に抵触すれば、違法なものと判断されることに注意が必要である。
これらは一見矛盾するようにも見えるが、これは、司法書士が、弁護士と異なり、弁護士自治のように懲戒処分権限を単位会や連合会が有しておらず、行政がこれを有していることから来るものであって、仮に、司法書士会の役員や執行部が適法であると述べたとしても、その役員や執行部員には司法書士法上の懲戒処分を行う権限はなく、それらの見解や発言によって懲戒処分の有無が左右されるわけではないことに留意しなければならないだろう。
また、谷口司法書士は、
と述べている。
しかし、いわゆる(司法書士法施行規則)31条業務は、そもそも司法書士の独占業務とは解されておらず、また同条に「契約書等の権利義務関係書類を作成」することを認める文言があるわけではないので、ここでは踏み込まないこととする。
他方で、「一般企業が契約書などを作った場合」や「遺言の文案の作成」など、一般的には行政書士の業務とされる行為を司法書士や一般企業が行った場合に行政書士法違反になることを批判する発言もみられるが、それらが職業選択の自由に照らして合理的な規制か否かについては、 最判平成22年12月20日 行政書士法違反被告事件(いわゆる家系図事件)において議論が尽くされているといえるだろう。
同事件において、裁判所は、「 個人の観賞ないしは記念のための品として作成され、対外的な関係で意味のある証明文書として利用されることが予定されていなかった本件家系図は、行政書士法1条の2第1項にいう『事実証明に関する書類』に当たらないと判示し、宮川光治判事の補足意見として、
との解説が付されており、「事実証明に関する書類」とは、「官公署に提出する書類」に匹敵する程度に社会生活の中で意味を有するものに限定されるべきものであるとして、谷口司法書士が指摘する職業選択の自由を加味した最高裁の立場が既に示されている。
つまり、「会社員が勤務したり欠勤したりするという事実が発生したら会社に対する権利義務関係が変動しますし、電車に乗るという事実が発生したら鉄道会社との間で権利義務関係が発生」するといった軽微な権利義務関係の異動について、行政書士等の「特定の士業」が、その「専門家」であるとして「権利義務や事実証明の書類の作成を独占」するという懸念は、同判例により既に解決しているのである。
また、やはり谷口司法書士の発言を良く読むと、「遺言書の作成」ではなく「遺言の文案の作成」(つまり、文案を参考にして最終的に遺言書を作成するのは依頼者本人だから、行政書士法違反ではない)と言ってみたり、「國賀さんがご専門にしている企業法務や、私が専門にしている財産の管理、承継などについては、私たちが専門性を遺憾なく発揮して、法律関係文書の作成を担っていく」として、結局、いわゆる31条業務である「当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱により、管財人、管理人その他これらに類する地位に就き、他人の事業の経営、他人の財産の管理若しくは処分を行う業務又はこれらの業務を行う者を代理し、若しくは補助する業務」等に関係して「代理し、若しくは補助」ができる場合において「法律関係文書の作成」ができると述べているに留まり、山本司法書士と同様に、事前に良く検討して、発言自体が行政書士法違反の教唆にあたるとの指摘を避けているように思われるのである。
つまり、両司法書士の発言を、前後もあわせてじっくりと読み込むと、じつは、両司法書士は、グループが(両司法書士の発言の要約であるかのようにして)述べるている「司法書士が契約書作成権限を当然に有している」との結論をそもそも提示していないように思われるのである。
したがって、日司連が(31条業務などの法令上の根拠や、他法で規制されている場合はできないとの留保を置かずに)「司法書士が契約書作成権限を当然に有している」との見解を述べているから、司法書士が契約書などの権利義務関係書類を作成できるというグループの見解は、その前提となる資料の読解を誤っており、根拠を欠くのではないかと考えられる。
ちなみに、司法書士法施行規則の当該規定と、行政書士法において事実上これに対応する総務省の課長通知を参考までに引用しておきたい。
両者の外延は完全に一致するものではないが、行政書士法第19条においては、「他の法律に別段の定め」がある場合は行政書士の独占業務を行っても行政書士法違反にはならないとされており、司法書士が31条業務の一環として管財人、管理人、成年後見人などに就任して契約書などの権利義務関係書類を作成する場合については、もとより行政書士法違反にはならないと考えられている。
裁判例において司法書士が作成した契約書が無効とされた事例が存在しないことを根拠とする主張
グループは、Westlaw Japan(判例集)の検索結果によれば、裁判例において司法書士が作成した契約書が無効になった事例がないことも論拠として挙げている。
しかし、そもそも、司法書士による契約書の作成が行政書士法違反になる場合、依頼者と司法書士の間の準委任契約が公序良俗違反として無効になり、報酬の返還等を請求される可能性はあっても、作成された契約書に基づく依頼者と第三者との契約そのものが「無効」になるとする根拠は存在しないと指摘せざるを得ない。
そのため、裁判例において司法書士が作成した契約書が無効とされた事例が存在しないとしても、それによって「司法書士による契約書の作成は行政書士法違反ではない」という結論が導き出せるものではないのだが、一応検討してみよう。
まず、グループが挙げている事例(下記)
を良く読むと、司法書士が契約書を作成したとされるケースの多くは、登記することができる権利に関する契約書の作成であることが読み取れ、かえって、多くの司法書士が、「請負契約書」や「株式交換契約」など、登記することが不可能ないし困難な契約書の作成については、前記のとおり行政書士の独占業務ではない「相談」や「精査」限りの関与に留めてきたことが窺える。
唯一、例外的と見えるのは、「特許権の譲渡・金銭消費貸借契約書」を司法書士が作成したとされる知財高判平成23年10月13日であるが、当該判決の原文をあたったところ、当事者(控訴人)の主張として、
とされており、対する被控訴人の主張としては
との指摘もなされており、裁判所の認定事実としても、
として、金銭消費貸借契約書と保証契約書の作成は当事者同士で行っている一方、特許権の売買契約書については司法書士が作成しており、「金銭消費貸借契約書も司法書士が作成した」というグループの認識と若干の相違があることが明らかになった。
ちなみに、この「D司法書士」が契約書を作成していたとすると、直接の依頼者である被控訴人にとって「本件停止条件を明記することが依頼者である被控訴人に有利に」なるように工夫し、かつ、「控訴人が署名・押印を拒むことが予見され」ていることを知りながら、「苦肉の策」として「本件条項」(上記登録(註:特許原簿への登録)については,買主において当面留保し,その後の売主との協議の動向,情勢等を勘案し,適当な時期において登録するものとし,この際には売主は直ちにこの登録に協力するものとする)を契約書に加えたことになるおそれがあり、このこと自体、法的整序の範囲を超えて他人間の法律関係に立ち入ったものとして弁護士法第72条(非弁活動の禁止)に抵触する可能性が高く、
また、D司法書士は、少なくともこの事件の被控訴人によれば「控訴人及び被控訴人の双方から依頼を受けた」とされており、その契約締結においても一字一句の読み合わせを必要とするなど、利害が当初から鋭く対立していたことをD司法書士も認識していたことも考え合わせると、D司法書士の行為は、グループが、司法書士の契約書作成権限の有無には直接関係しないものの、弁護士法や司法書士法には利益相反禁止規定があるのに、行政書士にはこれがない(から、契約書の作成主体として不適格だ)として殊更問題視する「利益相反行為」にも該当するのではないだろうか。
もっとも、司法書士が、登記の申請義務者と申請権利者の両者から依頼を受けて登記を遂行することは、一見すると双方代理に見えるものの、本邦においては、登記はあくまでも売買等の対抗要件とされており、効力要件とはされていないことに照らすと、登記の申請はあくまでも当事者間で既に成立した売買契約の履行であり、当事者の利益が相反する売買契約等の締結そのものではないことからして、司法書士が登記申請において義務者と権利者の双方を代理することは認められている(大審院昭和19年2月4日判決、民集23巻42頁)。
しかし、本件のように登記とは無関係の権利(特許権)に係る契約書作成について、同様の説明が妥当するとは考えにくいのである。
このように見ていくと、「司法書士が契約書を作成した」とグループが主張する事例のほとんどが、むしろ登記を前提とする契約書の作成事例にすぎず、多くの司法書士はむしろ登記を前提としない契約書の作成(行政書士の独占業務)の受託を回避しており、唯一の例外と目される事案についてさえも、実際は特許権の売買契約書だけの作成であって金銭消費貸借契約書は司法書士が作成しておらず、その売買契約書の作成だけを取り上げても、弁護士法違反や利益相反行為などの疑念が存在し、一般的な事例とはいえず問題性の高い例外的な事例であることが明らかになったといえよう。
司法書士が行政書士法違反の罪に問われた事例が存在しないことを根拠とする主張
グループは、「契約書を作成した司法書士が行政書士法違反とされた事例」が、民刑ともにWestlawとGoogleで検索する限りは存在しない、また、行政書士法違反の容疑で司法書士が逮捕された事例も存在しないとして、司法書士も契約書などの権利義務関係書類を作成できると主張する。
しかし、(本当にその存在を知らないのか、「懲戒処分例」であって「裁判例」ではないからあえて無視しているのかは不明だが、)Googleで検索すると、「司法書士の非弁行為 司法書士の行政書士法違反」と題するウェブサイトが検出され、認定司法書士が、行政書士の資格がないのに契約書を作成したことが行政書士法違反にあたるとして、福岡法務局長により懲戒処分に付された事例が示されている。
当該認定司法書士は、この懲戒処分に関して逮捕されることも、その後裁判所に無効確認や取消し請求等の訴えを提起することもなかったようで、その意味に限定して捉えるならば、確かに、本件は裁判例でもなければ、逮捕事例でもない。
しかし、権限のある行政機関等により、司法書士が法務局や裁判所への提出書類以外の契約書等の権利義務関係書類を作成することができないと判断されたという点では、裁判例や逮捕事例と何ら異なるものではなく、仮に、この事例の存在を知りながら「裁判例」や「逮捕事例」ではないことだけを理由として「契約書を作成した司法書士が行政書士法違反とされた事例は存在しない」と喧伝しているのであれば、悪質なミスリードであると言わざるを得ないだろう。
ちなみに、筆者は、この疑念を明らかにするため、グループの長を名乗る司法書士に連絡をとり、本事例を知らないのか、知っているとすれば、なぜ「契約書を作成した司法書士が行政書士法違反とされた事例」が存在しないといえるのかを質したが、司法書士の回答は、「あくまでもインターネット上の根拠不明の論説であり、そのような懲戒事例が実在するのか分からないから、対応できない」というものであった。
ウェブサイトの記載からすれば、懲戒年月日や福岡法務局長との懲戒権者も明示されており、その全てがウェブサイト運営者の創作や捏造とは考えにくく、また、少し調べれば、司法書士会ウェブサイトのアーカイブや、インターネット上で公開されている官報の検索結果からも当該懲戒処分の存在は推認できるものであるし、そもそも同じ『月報司法書士』の606号と627号を引用しているのに、471号だけは知らない、調べていない、読んでいないというのはおかしい。
しかし、あくまでも司法書士は厳密な客観的根拠を求めるということであったので、福岡法務局長に対し情報公開請求を実施した。しかし、保管期限徒過で破棄したということで、懲戒処分書を入手することはできなかった。
そこで、東京都立中央図書館において『月報司法書士』のバックナンバーを調査したところ、当該懲戒処分の存在を確認することができたのである。
(引用元・日本司法書士連合会『月報司法書士』第471号)
なお、アップロードしたファイルについては、そのファイル内部についてはGoogleやnoteから検索可能にはならないこと、既に『月報司法書士』のほか、官報をインターネット上で検索できるウェブサイトにおいては現在も公表されている懲戒処分であること、被処分者の氏名をマスキングすると、本資料を懲戒請求や裁判等の資料として提出した際に、「根拠不明であり、そのような懲戒事例が実在するのか分からない」などと主張する者が現れることが懸念され、判例等で既に示された行政書士法や司法書士法の適正な解釈運用の定着という公益の実現を妨げるおそれがあることから、あえて被懲戒処分者の氏名をマスキングすることはしていない。
以上を総合すると、それが裁判例や逮捕事例には発展していないというだけで、「契約書を作成した司法書士が行政書士法違反とされた事例」は存在するのであり、それも大正時代あるいは司法代書人の話ではなく、平成23年ときわめて現在に近い時期の懲戒処分例なのである。
現在は、司法書士の懲戒処分権限は地方法務局長から法務大臣に移行されたとはいえ、懲戒処分の基準自体は変わっておらず、現在でも、本事例と同様の契約書等の権利義務関係書類を司法書士が行えば、仮に認定司法書士であったとしても、同様の懲戒処分に付されるものと考えられる。
全ての契約書は最終的に裁判所提出目的であることを根拠とする主張
その他にも、グループは種々の理由を挙げて契約書等の権利義務関係書類は司法書士業務であると主張するが、他の書籍の見解等を援用するとして出典を示すに留まるものについては、稿を改めて、グループの主張に対する直接の反論ではなく当該書籍に対する反論として別途取り上げるべきであるため、ここでは詳論しない。
もっとも、「全ての契約書は最終的に裁判所提出目的であることを根拠とする説」との記載も見られるので、一応指摘しておくと、そもそも裁判所で扱われる事件には訴訟事件と非訟事件とが存在し、契約書等については主に訴訟事件において裁判所に提出され、その審理の対象とされるものと考えられるところ、訴訟事件とは、当事者間の権利義務関係についての紛争を公権的終局的に解決する裁判所の国家作用であり、また、訴訟事件、非訟事件、そして「その他の一般の法律事件」のいずれについても、弁護士法第72条により、非弁護士よる法律事務の取扱いが禁止されている。
仮に、「全ての契約書は最終的に裁判所提出目的である」とする前提に立つならば、裁判所は、訴訟事件及び非訟事件等全ての契約関係は、潜在的には裁判所が審理するべき当事者間における紛争(訴訟事件)又は非訟事件の原因ないし発端であり、その契約書等の作成は、弁護士法第72条にいう「訴訟事件」又は「法律事件」についての「法律事務」にあたり、現に同法にいう訴訟事件等の紛争が顕在化しているものは勿論、事案に照らして交渉において解決しなければならない法的紛議が生じることがほぼ不可避である案件に係るもの(最決平成22年7月20日刑集64巻5号793号)、あるいは類型的に前記「紛争」に発展するおそれが大きいもの以外についても、行政書士等が権利義務関係書類を作成することは一切できないという論理的結論に行きつくが、これは、明らかに行政書士法等の法意や、行政書士や弁理士、海事代理士等が現に紛争性のない契約書類や内容証明郵便等を広く作成している社会的状況に反する結論といえる。
グループの長を名乗る司法書士は、「法律には時間的な制限が付されているわけでもない」(佐藤大輔司法書士のホームページより)として、現在ではなく将来において、かつ、潜在的抽象的な可能性として裁判所に提出することがあり得るに過ぎない書類についてまで、司法書士の業務である「裁判所提出書類」に含まれると主張することで、実質的に契約書等の権利義務関係書類の作成業務全てを司法書士の業域に取り込みたいのであろうが、行政書士だけでなく弁理士、海事代理士の業域をも否定する議論であり、そもそも、既に述べた通り刑罰法規については拡大解釈が許されないこと、司法書士違反については行政書士法違反と異なり、書類作成について相談にのみ応ずることやこれを無償でする場合についても禁止されることに照らすと、きわめて乱暴な議論だと言わざるを得ない。
ちなみに、仮に「全ての契約書は最終的に裁判所提出目的」であり、その作成は法律事務一般を独占業務とする弁護士又は裁判所等提出書類を独占業務とする司法書士しかできないと仮定すると、いわゆる法的整序の問題について前出の裁判例(高松高判昭和54年6月11日)が存在し、なおかつ、いわゆる専門的判断の問題として富山地判平成25年9月10日が存在する以上、司法書士は、仮に認定司法書士であったとしても、訴訟物の価額140万円を超える契約書や、非財産権上の契約(前出「パートナーシップ契約」もこれに含まれるだろう)、財産権上の契約であってもその訴訟物の価額の算定が極めて困難なものについての権利義務関係書類に係る契約書作成は、法的整序、つまり依頼者の言い分を的確に法律用語に置き換える行為の範囲内で、なおかつ専門的判断の提示にも至らない範囲でしか、これを扱えないことになる。
訴額が算定可能で、かつそれが140万円以下という、認定司法書士であってもかなり限られた範囲においてしか契約書等を作成できない斯様な状態を指して「司法書士も契約書などの権利義務関係書類を作成できる」と表現することは、明らかに優良誤認であり、依頼者、相談者など、グループのホームページの一般的な読者との関係において問題があるだろう。
他方で、弁護士法第72条や行政書士法、司法書士法について素直に判例の立場に立つならば、いわゆる紛争性のない事案の契約書等については、その事案や提出先の官公署に応じて行政書士、司法書士、弁理士及び海事代理士のすべてが自由に作成できる一方、紛争性のある事案については、弁護士だけが契約書等を作成できるのであり、「全ての契約書は最終的に裁判所提出目的」との前提に立つ場合よりも明らかに「国民の利便に資し、もつて国民の権利利益の実現に資する」(行政書士法第1条)状態であり、社会通念及び(Westlawで現れる裁判例に登場するような、グループに属する者以外の一般的な)司法書士、行政書士、弁理士及び海事代理士の実務の現状と一致している。
まとめると、司法書士の裁判所等提出書類の作成権限を契約書等の権利義務関係書類の作成権限の論理的根拠として援用すると、理論上、いわゆる法的整序と専門的判断の問題により大きく制約される裁判所等提出書類の作成権限に基づいて権利義務関係書類を作成することになり、その論理的に必然の帰結として、契約書等についても原則として法的整序の範囲内でしか作成できないという結論になり、「司法書士も契約書などの権利義務関係書類を作成できる」というグループの説明とはかけ離れた結論に立ち至る。
また、契約書等の権利義務関係書類が「裁判所提出書類」であるとする根拠として、「全ての契約書は最終的に裁判所提出目的」であるとの解釈に立つと、裁判所が訴訟事件等の契約当事者間の紛争について審理し、公権的終局的な判断を下す機関であることにより、「裁判所提出書類」の作成と弁護士法第72条にいう「訴訟事件、非訟事件……その他一般の法律事件」の外延が一致してしまい、その結果、弁護士法第72条の規制により、仮に認定司法書士であっても自由に契約書を作成できるのは140万円未満の価額の財産権上の契約に関するものに限られるということになるので、いずれにしても、これらの前提からは「司法書士も契約書などの権利義務関係書類を(自由に)作成できる」という結論は導き得ないのである。
したがって、グループの主張はいわば自縄自縛の論理であり、行政書士の業域をできる限り狭めうる解釈であるという意味においてのみ「有力な主張」であるが、弁理士、海事代理士等の他業の賛同を得られるはずがないものであるばかりか、当の(認定)司法書士にとっても、140万円未満の価額の財産権上の契約に関する契約書等についてしか自由に作成できないという結論に立ち至り、到底満足のいくものではないと思われる。
もっとも、グループは、「弁護士向原栄大朗先生の論考」として同弁護士のブログを参照し、同弁護士が、「司法書士に契約書作成権限があるからといって、無条件にどんな契約書でも作成できるという訳ではなく、司法書士の裁判書類作成権限と同様に『法的整序』と『専門的判断』という縛りが働くとおっしゃいます。私も先生のご意見に賛成です。」(前記佐藤大輔司法書士のホームページより)と述べているため、このような論理的帰結を承知のうえで、「全ての契約書は最終的に裁判所提出目的である」等と主張している可能性も否みがたい。
しかし、それらは、同グループが、既に述べたように、日司連が定期借地権設定契約書について自治体に契約書案の提供や講演をしていることや(仮に「法的整序」の範囲内でしか定期借地契約設定契約書を作成できず、向原弁護士が説くように、専門的判断に基づく同契約書の作成もできないのであれば、そのようなタイプライター的立場にすぎない司法書士が、同契約書作成について主体性・能動性をもって自治体に「契約書案」を提供したり、「講演」をしたりすること自体がお門違いといえるだろう)、「パートナーシップ契約」を支援する活動をすること(これも、タイプライター的にしか「パートナーシップ契約書」を作成できないのであれば、文字の読み書きができない者を救援するようなごく一部の例外を除いて、当事者を「支援」しに行く立場にはそもそも立ち得ないといえよう)をしていることを正当なものとして肯定的に評価し、契約書などの権利義務関係書類の作成が司法書士の独占業務であると主張する事実上の根拠としていることとの関係で、大きな自己矛盾を生じると言わざるを得ないだろう。
さらに、法的整序の範囲内であって、かつ専門的判断に至らない範囲でしか契約書作成はできないという向原弁護士の説に賛成する立場からすると、司法書士が契約書を作成し、かつそれが無効とされなかった事例としてグループが援用する前記知財高判平成23年10月13日におけるD司法書士の活動も、当然ながら、弁護士法第72条に基づく法的整序・専門的判断の規制を大きく逸脱した違法なものと評価せざるを得ないことになるだろう。
この観点からも、結局、グループは知財高判平成23年10月13日を根拠として契約書の作成は適法な司法書士業務であると主張したいのか、同事例は法的整序・専門的判断の規制を逸脱した違法なものであると主張したいのか全く明らかではなく、論理的に不可能な両者の「いいとこ取り」を目論むものであるとしか思えない。
ちなみに、向原弁護士は、平成30年10月11日、いわゆる農業アイドル第4事件について、自殺したとされる元アイドルの遺族側の訴訟代理人に就任して記者会見を行い、元アイドルの所属事務所とその社長を批判する発言をした行為について、違法な名誉毀損の不法行為であるとして、元アイドルの所属事務所とその社長に対し、遺族本人と他の訴訟代理人と連帯して計約560万円を支払えとの判決が下され、確定している(東京地判令和5年2月28日、東京高判令和5年7月13日、最決令和6年10月16日)。
向原弁護士を被告として560万円もの損害賠償金が認容された前記事件だが、他ならぬ弁護士が、違法な名誉毀損行為であることを知りながら問題の記者会見を開催したとは考えにくく、同弁護士としては適法な記者会見(及びその発言)であると考えて会見・発言に及んだものの、結果的には裁判所においてその適法性が認められず、損害賠償を命じる判決が下されたものと考えられよう。
この事件は、向原弁護士の司法書士法に関する解釈論の内容に直接の関係はないものの、結果的には裁判所において三審ともに向原弁護士の法解釈が誤っているとされ、巨額の賠償責任が認められたことからすれば、同様に司法書士法についての同弁護士の解釈も誤っていても決しておかしくはなく、ひとつの判断材料として参考にしてほしい。
法務省設置法に根拠を求める主張
最後に、グループが述べる主張のうち、「法務省設置法において『民事に関すること』及び『総合法律支援法に関すること』が所掌事務とされていることから、法務局・地方法務局提出書類作成関係業務の延長として契約書作成も当然に含まれる」(前記佐藤大輔司法書士のホームページより)との主張についても検討しておきたい。
ここで、グループは、七戸克彦九州大学教授の論文『司法書士の業務範囲(5) : 司法書士法3条以外の法令等に基づく業務(1)』において、同教授がそのように主張しているかのように述べているが、同論文を良く読むと、同教授は、「①司法書士は国籍・戸籍や生活保護に関する事案にも関与し、あるいは、②賃貸借や特許権譲渡といった、法務局・地方法務局提出書類でも裁判所・検察庁提出書類でもない契約書の作成・相談を受けて」いるとした上で、その理由について、
と述べているに留まり、「国籍・戸籍や生活保護に関する事案にも関与」「法務局・地方法務局提出書類でも裁判所・検察庁提出書類でもない契約書の作成・相談」(註:「作成」については、前記知財高判平成23年10月13日の事例のみを指すものと思われる)との表現を選択するなど、帰化許可申請書の作成(昭和37年5月10日自治丁行発第29号により行政書士と司法書士の共管業務とされる。)などのごく一部の「国籍・戸籍」に関する業務が司法書士の業務とされ、生活保護に関する申請書の作成に至っては完全に行政書士の業務であることを意識して、「関与」や「相談」との表現を多用しているものと思われ、グループがいう「法務省設置法において『民事に関すること』及び『総合法律支援法に関すること』が所掌事務とされていることから、法務局・地方法務局提出書類作成関係業務の延長として契約書作成も当然に含まれる」との主張は、そもそもしていないものと読み取れる。
なお、七戸教授のように、司法書士が、現に国籍・戸籍や生活保護の事案に「関与」している事例が存在することや、契約書の作成・相談に応じている事案が存在することの理由として、司法書士の監督官庁である法務省の設置法において、これらに類似する所掌事務が規定されているからであろうという関係性を指摘することと、法務省設置法に規定されている所掌事務であれば、その法務省を監督官庁とする司法書士の業務に含まれるのではないかと指摘することは、論理的に全く等価ではない。
したがって、グループの論理的立場は、そもそも七戸教授の論文と似て非なるものなのであるが、行政書士法・司法書士法違反という刑罰法規をもって規律される行政書士や司法書士の業務範囲が、同法の条文ではなく、その所轄官庁の所掌事務によって左右されるという主張そのものが罪刑法定主義に照らして無理があるし、仮にそうであるとすれば、司法書士は、法務省設置法に基づき土地家屋調査士の業務もできてしまうことになるし、行政書士は、他法の規定にかかわらず、監督官庁である総務省の項数では法務省に倍する所掌事務や、都道府県の所掌事務もなしうることになってしまう。
ちなみに、総務省と都道府県の所掌事務は次の通りである。
司法書士損害賠償責任保険において契約書等の権利義務関係書類の作成が担保されないこと
ここまで、同グループの主張に対して一点ずつ取り上げて批判的に検討を加えてきたが、一点、筆者固有の論拠に基づく反論を記しておきたい。
それは、司法書士等の士業者が一般的に加入する損害賠償責任保険において、グループが主張する契約書等の権利義務関係書類の作成が、損害賠償責任保険の範囲内の行為として補償されないことである。
上記の通り、少なくとも損保ジャパンの司法書士損害賠償責任保険においては、補償対象とされる書類作成は「法務局、地方法務局……裁判所、検察庁」と限定列挙されており、「土地家屋調査士・行政書士等の資格を合わせて有する場合にそれらの資格において行なう業務は対象外となります。」として、司法書士と行政書士等の業務範囲が同じものではないこと、行政書士等の他資格がないのに他資格の業務を行う場合は勿論、他資格があっても、その他資格の業務を行う場合は、司法書士損害賠償責任保険の補償の対象外であることが明記されている。
他方で、同じく損保ジャパンが提供する行政書士損害賠償責任保険においては、「権利義務または事実証明に関する書類」の作成及びその相談に応じることが補償対象であることが示されている。
もっとも、「全ての契約書は最終的に裁判所提出書類である」との立場からすれば、「権利義務または事実証明に関する書類」は全て「裁判所提出書類」に含まれるから、損害賠償責任保険においても補償されると主張することも理屈上は可能かもしれない。
しかし、そのように解した場合は、既に述べた通り、司法書士は、ほとんどの場面において「法的整序」であって、なおかつ「専門的判断」に至らない範囲内でしか契約書作成ができないことになり、そのような厳格な制限の中で完成にこぎ着けた契約書についても、「全ての契約書は最終的に裁判所提出書類である」という主張はあくまでもグループの法的見解であり、判例や監督官庁(前記福岡法務局長平成23年2月28日参照)の立場でも保険会社の立場でもないことから、万が一、契約書作成に瑕疵があり、司法書士がその資力を超える損害賠償を負う場合は、グループの法的見解に立つ司法書士としては、直ちに損害賠償金を支払うことができず、依頼者に迷惑をかけ、依頼者を(司法書士法の解釈という依頼者に無関係な事件に)巻き込みながら損害保険会社に保険金の支払いを求めて交渉しあるいは訴訟を提起し、裁判所の判断を待つしかないということになる。
いうまでもなく、その「訴訟」においては、損害保険会社は請求棄却を求め、その有力な根拠として平成23年2月28日福岡法務局長の懲戒処分例を提出するであろうことは想像に難くない。
他方で、行政書士が「権利義務または事実証明に関する書類」を作成した場合については、保険金の支払対象となることが一見明白であり、依頼者の利益保護の観点からどちらが適切かは自ずと明らかだ。
結論
グループは、
と述べるが、以上の検討を総合すれば、「どのような観点からしても『司法書士には、当然に契約書作成権限があることは明らか(登記の添付書類であろうがなかろうが)』」ということは到底できず、それをグループが知ってか知らずか、筆者には知るべくもないが、平成23年2月28日福岡法務局長の懲戒処分例という最大の反例が存在するという厳然たる客観的事実からこれ以上目を背けることは、道義的に許されないといえよう。
また、そもそもグループの論理的立場及び向原弁護士の説に賛成する立場からは、司法書士は法的整序の範囲内でかつ専門的判断に至らない方法でしか契約書を作成できず、損害賠償責任保険が適用されるかも明らかではないものであるが、かかる状態で、「自信を持って、登記に関係しない契約書であっても受託」することが適切であるとも、依頼者にとって利益であるとも到底思えない。
仮に、グループがいう「司法書士も契約書を作成できる」との主張が、このような法的・論理的状態のもとに置かれているものであることをあらかじめ知っていれば、一般的な依頼者・相談者は、ふつうは、「それなら、最初から弁護士に依頼したい」と考えることであろう。
私見だが、一般論として、行政書士試験は、司法書士試験よりも遙かに容易であるといわれているし、筆者もこの感想に賛成である。
余談になるが、筆者の場合は、1ヶ月半ほどの試験勉強で246点(本試験成績通知による)を得点して合格し、予備校TACの統計では全国2位、LECの統計では全国5位との順位が示された(ただし、両予備校に成績を提出した3000人余の中での順位である)。
もっとも、TACによれば、最高得点者は290点を得点したということであり、筆者はこれに遙か遠く及ばないものであったので、偉そうなことはいえないのであるが。
司法書士業務と関係なく契約書等の権利義務関係書類を作成したいのであれば、判例や懲戒処分例、損害保険会社の運用に反する無理な解釈に拘泥して無理矢理行政書士の独占業務に「進出」する「現状変更」を試みるまでもなく、難易度の低い行政書士試験に合格し、安い(東京会であれば7000円)月会費を支払って行政書士登録をなした上で、依頼者とともに真に安心して契約書等の作成を手がければ良いのではないか。
そうでないと、平成23年の懲戒処分例という明白な「反例」があること、なおかつ、(グループの「見解」に基づけば、)紛争性がない契約書等の作成についても、いわゆる法的整序・専門的判断という桎梏の範囲内でしか関与できないというかえって不自由な結論に帰すること、しかも損害賠償責任保険により保護される保証が全くないことなどからすると、こうした「見解」は、単に行政書士試験に合格する自信がないから、あるいは会費を「節約」したいから、司法書士の業務として契約書等の作成ができると強弁しているようにしか見えず、そこには、「法律の定めるところによりその業務とする登記、供託、訴訟その他の法律事務の専門家」として「国民の権利を擁護し、もつて自由かつ公正な社会の形成に寄与することを使命とする」(司法書士法第1条)真摯な姿勢は窺えない。
グループが、以上指摘したとおり数々の事実誤認や法令解釈の誤りを原因とする「見解」を速やかに撤回し、行政書士法及び司法書士法の適正な解釈が周知されることを、一市民として切に希望するものである。
参考文献
『月報司法書士』第471号、日本司法書士連合会、平成23年5月10日発行
『月報司法書士』第627号、日本司法書士連合会、令和6年5月10日発行
『注釈 司法書士法(第4版)』、テイハン、令和4年6月発行
『歴史に見る行政書士像江戸の奉行所と公事訴訟の実態』、宮原賢一行政書士、平成24年6月24日発行
『司法書士法第3条第1項第5号と第7号における法律相談の研究』、八神聖(司法書士、名城大学法学部特任教授)、平成27年
『契約代理人の心構え』、山上和則弁理士、平成14年
『市民と法』第102号”司法書士の業務範囲(5)”、七戸克彦九州大学教授、平成28年12月1日
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