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M&Aにおけるアーンアウトの売り手と買い手の会計上(IFRS・日本基準)及び税務上の取扱いを包括的に纏めてみた!

M&Aにおいて、将来の業績見通しや不確実性等によって買い手と売り手が買収価額に合意できない場合に、例えば将来に一定の業績を達成した場合に追加で対価を支払うという取り決めをすることがありますね。いわゆるアーンアウトというものです。

まだまだ日本のM&Aにおいてアーンアウトはそこまで一般的には利用されていないかも知れませんが、最近では、ペッパーフードサービスがペッパーランチ事業をファンドに譲渡するにあたり、アーンアウトを設定している事例がありました。

このアーンアウトは、企業結合会計においては条件付対価(contingent consideration)と呼ばれ、買収者の会計処理について日本基準とIFRSで会計基準差異があることは有名なのですが、売り手側の会計処理はどうなるのか、或いは、買い手・売り手ともに税務上はどう取り扱われるのか、というのは意外と整理されたものが見当たらないんですよね。

ということで、今回は、アーンアウトの買い手と売り手の会計上(日本基準及びIFRS)及び税務上の取扱いを包括的に纏めてみる!ということにチャレンジしてみたのですが、実はもしかすると今後の重要な会計・税務の実務上の論点になってくるのではないかという印象を持ちました。

尚、このnoteでは、株式買収による子会社化で、ターゲットの将来の業績に応じて現金で対価を追加支払いするアーンアウト、を前提とします。

1-1. IFRSにおける取扱い(買い手)

まずは比較的わかりやすいIFRSの取扱いからいきましょう。

IFRSでの買い手の処理については、IFRS3号に条件付対価の具体的な定めがあり、「買収時点で公正価値によって認識し、当初認識後は、(金融負債に区分される条件付対価については)公正価値の変動をPLで認識する」ことになります。

つまり、のれん(或いは負ののれん)の金額は買収時点に認識した金額で確定することになり、条件付対価の公正価値が変動してものれんは変動しないことになります。

IFRSにおいては、金融負債は、現金や金融資産を引き渡す契約上の義務や企業にとって不利な条件を金融商品を交換する契約等がと定義され、抽象的に幅広く規定されています。EYのInternational GAAP 2020(以下、EYガイダンス)では、条件付対価のほとんどは金融負債に該当し、その多くはデリバティブであるとされています

実際には、条件付対価がもし金融負債ではなく資本に区分される場合は、当初認識後の公正価値の変動も資本で認識することになりますが、資本に区分されるケースは極めて稀ですし、このNoteの前提は現金を追加で支払うものなので、金融負債に該当します。

1-2. IFRSの取り扱い(売り手)

では、IFRSでの売り手の会計処理はどうなるでしょうか。

この点、IFRS3号には売り手の条件付対価の処理は規定されていません。しかし、売り手にとっては、将来の業績に応じて現金を受け取れる契約上の権利ですので、IFRS9号の金融資産の定義を満たすと思われます。

金融資産に該当すると、アーンアウトは、契約上のCFが元本と利息の回収のみ且つそれを目的とした事業モデルではありませんので、いわゆるFVTPLに分類されます。

従って、アーンアウトを受領する権利は金融資産として、「売却時点で売却対価の一部として公正価値で認識して譲渡損益を認識するとともに、事後の公正価値の変動もPLで認識する」こととなります。つまり、買い手の会計処理とミラーになるものと思われます。

EYガイダンスでも、条件付対価を受領する権利が金融資産に該当しないと結論付けるのは難しいだろう、とされていました。加えて、金融資産に該当するため、IAS37号は適用されないということで、偶発資産とはならないことが示唆されていました。

2-1. 日本基準における取扱い(買い手)

日本基準においても、企業結合における買い手の条件付対価の処理は企業結合会計基準に以下の通り規定されています。

『条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん又は負ののれんを追加的に認識する』

つまり、IFRSとは異なり、アーンアウトによる対価の支払いの有無/金額が確実になった時点で、買収時の会計処理(のれん/負ののれん)を修正することになります。ここはよくいわれるIFRSとの会計基準差異ということになります。

但し、株式買収による子会社化を念頭に置くと、上記はあくまで連結決算(連結財務諸表)における会計処理になります。

単体決算(個別財務諸表)においては、この取引はあくまで子会社株式という金融資産の取得になり、その場合の条件付対価/アーンアウトの処理は企業結合会計基準に規定はありません。また、金融商品会計基準でも、子会社株式は取得原価で認識するということとされており、条件付対価についての規定はありません。

では、単体決算ではどう処理するのでしょうか。

参考になるのはIFRSにおいて、アーンアウトは金融負債であり、その多くはデリバティブに該当するとされている点です。

日本の金融商品会計基準では、金融負債の定義は「支払手形、買掛金、借入金及び社債等の金銭債務並びにデリバティブ取引により生じる正味の債務等」とされ、IFRSと異なり具体的に列挙される形になっています。

しかし、結論の背景では、「適用範囲の明確化の観点から」そのような規定にしたものの、「国際的な基準における適用範囲との差異が生じるものではない」とされ、また、日本公認会計士協会の金融商品会計に関する実務指針では、「金融負債とは、他の企業に金融資産を引き渡す契約上の義務又は潜在的に不利な条件で他の企業と金融資産若しくは金融負債(他の企業に金融資産を引き渡す契約上の義務)を交換する契約上の義務である」としており、実質的にはIFRSと差異はないと考えられます。

次に、デリバティブに該当するかどうか、です。

IFRSと日本基準(実務指針)のデリバティブの定義/特徴を比較すると、権利義務の価値がいわゆる基礎数値によって変動し、当初純投資が不要か又はほとんど必要しない、という点は概ね類似していますが、日本基準では差金決済を要求もしくは容認しているという要件がある一方、IFRSにはその要件がありません。従い、IFRSの方がややデリバティブの範囲が広くなっています。

しかし、差金決済というのは、要するに現物で決済せず現金でやり取りするということですので、これによってアーンアウトが日本基準においてデリバティブに該当しないということにはならないと想像します。

とすると、日本基準における単体決算においては、アーンアウトはデリバティブとして処理するのが妥当と思われます

そして、デリバティブについては「時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額は、原則として、当期の損益として処理する」こととされていますが、、現行の金融商品会計基準では、「時価を把握することが極めて困難と認められる場合には、取得価額をもって貸借対照表価額とすることができる」という容認規定があります。

とすると、この容認規定に基づき、時価評価不能なので取得価額=ゼロで認識することも認められる可能性があります。

しかし、2019年の時価の算定に関する会計基準に導入により、この容認規定は削除されました(2021年4月以降強制適用)。時価の算定が困難、という概念がなくなったということです。いわゆる非上場株式については、同じくこの容認規定が削除される代わりに「市場価格のない株式等」はそもそも取得原価評価とする規定を導入することで、従来の実務から変更が生じないように配慮されているのですが、デリバティブにはそれがないのです。

つまり、時価算定会計基準の適用以降は、デリバティブに該当するアーンアウトは、単体決算においては、時価で認識し、評価差額はPL認識しなければならないという、IFRSと同様の会計処理になる可能性があるのではないでしょうか。

2-2. 日本基準の取り扱い(売り手)

次に売り手の会計処理ですが、こちらは、IFRS同様、企業結合会計基準に特段の規定はありません。

そうすると、売り手においては、子会社の支配喪失/子会社株式の売却に係る損益認識において、上述の買い手の単体決算上の処理と同様の取扱いが連結決算・単体決算ともに当てはまるのではないでしょうか。

つまり、アーンアウト(将来の業績に応じて追加で対価を得る権利)はデリバティブとして金融資産に該当し、現時点では時価評価が極めて困難ということで時価評価しない処理も容認されるものの、時価算定会計基準の適用以降は、アーンアウトを時価で認識し、評価差額をPL認識する必要があるものと思われます。

もしそうだとすると、現行の会計実務が大きく変わる可能性があるのではないでしょうか。


3. 税務上の取扱い

なかなか長くなっていますが、最後に税務上の取扱いを検討します。

法人税法上、いわゆるアーンアウトの取扱いを定めた規定はないと思いますが、アーンアウトについては有名な平成18年の国税不服審判所の裁決事例があります。

https://www.kfs.go.jp/service/JP/72/19/index.html

この裁決事例は、端的に言うと、買収対象会社の予想利益が実現するかどうかと既存債権が回収できるかどうかに基づく条件付対価が設定されていた事案で、実際にはその条件が満たせなかったことにより、買い手が売り手から株式取得対価の一部返還を受けたものです。

これを国税当局は確定した株式売買価額の変更ではなく利益の補填であるとして、買い手が返還を受けた対価を課税所得であるとして更正したのに対し、審判所は、買い手と売り手の契約条件に基づき、これは株式売買価額の返還と認められるため、株式取得原価の調整として処理すべきであるとし、納税者の請求が認められています。

おそらく、現行の税務実務上は、売り手・買い手ともに、この裁決事例に基づき、株式譲渡契約において損害賠償等ではなく株式売買代金の調整としてアーンアウトを規定することによって、事後的な株式売買代金の調整として処理することが一般的であると思われます。

しかし、この裁決事例では、会計処理で検討したような、このアーンアウトの条件がデリバティブに該当するのかどうか、という点は論点となっていません。

デリバティブの税務上の取扱いとしては、みなし決済損益という規定があります。未決済のデリバティブは期末時点で決済されたものとみなして所得計算するもので、つまりは会計上のFVPLと同じです。

ただし、法人税基本通達2-3-39において、みなし決済損益額の算出が困難なものについては、「みなし決済損益額はないものとする」とされており、実質的に取得原価評価でOKとされています。ですので、特に税務上デリバティブに該当したとしても課税されることはありませんでした。

しかし、この通達は、時価算定会計基準の導入に伴い令和2年6月付けで改正され、「みなし決済損益額はないものとする」という規定が削除されているのです。

ということは、今後、売り手及び買い手の会計上、アーンアウトがデリバティブとして時価評価損益が認識されると、税務上そのままみなし決済損益として課税所得を構成するということになる可能性があるのではないでしょうか。

この点、売り手においては、いずれにせよどこかで確定する株式譲渡損益の金額について、その認識タイミングが変わる、ということになります。一方、買い手においては、株式取得原価の調整になるのか所得になるのかは非常に大きな違いになります。

税務上、購入した有価証券(株式)の取得価額は、購入の対価+直接費用、となっていますが、デリバティブ取引により取得した資産については、「その取得の時における当該資産の価額とその取得の起因となったデリバティブ取引に係る契約に基づき当該資産の取得の対価として支払った金額との差額は当該取得の日の属する事業年度の所得」とすることとされています。しかし、これはデリバティブが現物で決済された場合を想定していると思われ、アーンアウトとは場面が違うような気がします。

ということで、買い手のアーンアウトの税務については、裁決事例(及び契約内容)に従って株式取得原価の調整でよいのか、或いは、購入の対価はあくまでデリバティブの当初時価までしか含まれないのか、難しいところかも知れません。

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ということで、今回はここまでです。

正直、デリバティブとかあまり得意分野ではないので、いやいやお前全然わかってねーな、ということがあれば是非ご指摘ください。


(追記)

早速の追記というか補足です。

買い手側の処理について、仮にアーンアウトがデリバティブだとしても、その時価の変動或いは将来の対価の調整を、取得原価の調整とすべきなのか、PL認識すべきなのかは、改めて会計も税務も議論があるように思われます。

IFRSでは、企業結合の文脈での処理はIFRS3号で明らかですが、例えば固定資産の取得に際して条件付対価が含まれていた場合の明確な規定はありません。

この点、EYガイダンスでは、条件付対価が金融負債/デリバティブに該当し、IFRS9号の適用範囲から除く規定がない以上、一義的にはIFRS9号に従ってFVPLが想定されるとしつつも、現実の取引には様々な複雑な条件が存在しており、過去にIFRICが議題として取り上げた上で結論を出せなかった問題でもあることから、FVPLとするのか取得価額の調整とするのか等は、現時点では企業の会計方針に委ねられると結論づけていました。

これを踏まえると、日本の会計・税務の観点からも、買い手側(単体決算/税務)の子会社株式の取得に係るアーンアウトについて、上記2-1ではPLの可能性にのみ言及していましたが、PLとすべきか、取得原価の調整とすべきかは難しい論点なのかも知れません。もちろん、税務の裁決事例のように、契約上の規定振りも重要かと思われます。


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