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イッキューパイセン #7

 「ちょっとちょっと君!このハンコの押し方!」

 とあるオフィス。課長が新人を呼び止めた。
 
 「えっ 押し方がどうかしましたか?」
 「どうかしましたか?じゃないよ!」

 新人の疑問に対し、課長は決裁文書の押印欄を指さしながら、すっかり薄くなった頭髪を乱して喚き立てる。

 「ハンコはお辞儀するように押さなきゃ!」
 「えーっ…」
 「えーじゃないよ!いつまで学生気分なんだ!」


 その後も『始業時間30分前に着席していない』『タイムカードを押した後すぐ帰る』などと理不尽な説教が続き、課長の決済はストップしたままになっているが、流れ弾を恐れてか、他の社員は黙々とデスクに向かっており新人を助けようともしない!これが働き方改革なのか!
 
 そのときである!
 
 PRUUUUUUUUUUU

 課長の机に着電。
 「何ですかこんなときに!」
 自分で作り出した状況に文句を言いつつ受話器を取る。
 
 「モシモシ企画1課長席です」
 「社長室秘書の〇〇です。社長がお呼びですのでお願いいたします」
 「アッはいわかりました只今」
 
ガチャリ。受話器を置く。
 「社長室に行ってくる!君は席に戻り給え!」

 
 解放された新人に一瞥もくれることなく、課長は上着を羽織るとオフィスを出て社長室に急ぐ。
 時間とマナーにうるさい社長を怒らせて僻地に飛ばされた同僚は数知れない。エレベーターを待つ時間が数十倍に感じられる。やむなく階段を駆け上がり社長室のある最上階へ。
 コンコン
 息を整え、社長室のドアをノックする。
 「入り給え」
 「失礼いたします」

 一礼して室内へ。
 
 「よく来たな」
 
 頭を上げた課長が目にしたのは、自身のよく知る社長の姿ではなかった。
 高級革張りの社長椅子に腰かけ、腕組みしたまま彼を迎えたのは一人の僧侶であったのだ。
 紫の袈裟には『マナー講師に実力行使』『出羽守謀反で死ぬ』『鍋奉行誤審で死ぬ』『GetWild』などの威圧的な経文が金糸で刺繍されており、その眼光は野生の猛獣ですら屈服しそうな覇気に満ちていた。
 彼こそは頓智の申し子、暴力の権化、イッキューパイセンである!
 
 「あ…あなた誰ですか!社長は!?」
 
 課長の問いにパイセンは顎で部屋の隅を指し示す。
 そこにいたのは…本物の社長だ!
 ゴザで簀巻きにされ、顔面を真っ赤に腫らし、自慢のスーツはビリビリに引き裂かれブリーフを猿轡代わりに嵌められて床に転がされている!
 
 「ンムーッ!ムーッ!ンムムーッ!」
 「社長ォーーーッ!」

 
 社長に駆け寄ろうとする課長だが、その前にパイセンが立ちはだかり、胸倉を掴むと1枚の決裁文書を見せつけるように眼前に突き付けてきた。
 
 「今回お前を呼んだのはこのハンコについてだ」
 
 パイセンの持っている書類、その決裁欄には確かに課長のハンコが押されている。90度にならんばかりにお辞儀をしたハンコだ。
 
 「お前の名前なんだっけ」
 突然パイセンが問う。
 「は?なんなんですかあなたいったい!」
 「破-ッ!」

 耳の付け根に僧侶チョップ一閃!
 「グワーッ!」
 胸倉を掴まれたままでは逃げられない!
 「名前なんだっけ 破ーッ!」
 さらにもう一発!
 「グワーッ!」
 「か…川田、川田です」
 「そうか 破-ッ!」

 3発目!
 「グワーッ!」
 「ずいぶんと立派にハンコがお辞儀してるじゃねぇか」
 「は…はひ……」

 もはや抵抗する体力も気力も無し!
 「でもなぁ…」
 文書の課長押印欄を指し示す。
 
 「これじゃあ、『三田』にしか見えねぇだろうがぁーッ!!?」
 
 パイセンの怒声に課長は言葉も出ない!
 失禁が超高級ペルシャ絨毯に染みを広げていく。
 「だが仏様は慈悲深い、そんなお前の文書にもきちんと決裁をしてくださる」
 そう言うとパイセンは文書を課長のすぐ目の前にかざし視界を遮った。
 「へ?」
 課長が困惑した次の瞬間!
 
 「破ァァァァァ威矢ァァァァァッ!」

 パイセン渾身の右ストレートが文書ごと課長の顔面に大穴を穿つ!
 「アババババーッ!」
 昏倒する課長を見下ろし暴力の権化は冷たく言い放った。
 「やり直しだ」

【おわり】
 
 
 

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