ラッシー売りの少女

世界名作劇場『ラッシー売りの少女』

 その日、東京はこの夏最大マジMAXの猛暑に襲われていました。
 空は雲ひとつ無い快晴、風すら吹かないこんな地獄のような真夏日でも、ウチらの原宿、ウチらの竹下通りはアゲアゲです。
 その通りを、一人の少女が歩いていました。マジぼっち、ウケるww

 少女はTシャツの上にボロボロのケープを羽織っただけの姿で、その小さな体とは不釣り合いな大きな籠を抱えて歩いています。
 てかそれユニ●ロのやつじゃん。マジうけるww
 
 やがて少女は籠からプラスチック製のカップを取り出し、それを頭の上に掲げながら叫びました。
 「ラッシー、ラッシーはいかがですかー?」
 カップの中にはラッシーらしき白い液体が入っています。
 そりゃラッシーいりませんかとか言ってオレンジジュース売らねぇっしょフツー。

 でも誰も買ってくれません。
 それもそのはず。この原宿で天下を取っている飲み物といえば、そう、タピオカミルクティーだからです。アタシも愛飲してるし!

 少女を目にしたJK二人組も、「えーマジラッシー!?」「ラッシーが許されるのはインド人までだよねー!」「キャハハハハ」と馬鹿にしたように笑ってその前を通り過ぎていきます。
 
 かなりリスペクトがないっつーかぁ、マジムカ着火ファイアー案件じゃねーの?って思ったけど、少女は一瞬だけ悲しそうな顔をして、また声を張り上げてラッシーを売っています。 マジけなげ。

 すると、血の赤と闇の黒、ペアのサマーセーターを着たバカップルが少女にぶつかり、ラッシーがひとつ籠から落ちてこぼれてしまいました。サイアク。 
 でもカップルは謝りません。
 「ラッシー!?何それダッサ!!www」
 男が笑うと女も笑います。
 「今時代はタピオカどすなぁwww行くべーよケンジ!ダサイのが伝染っちゃうでアリンスwww」
 バカップルはそのまま少女の前から去って行ってしまいます。

 それから長い長い時間が経ちました。ロングロングアゴーってやつ?
 でもラッシーはひとつも売れません。
 とうとう少女はその場に座り込んでしまいます。
 でも原宿は厳しいのでミスターヤマダも座布団持ってこない。シビア。

 少女は少し逡巡(しゅんじゅん、って読むらしい)したのちに、売り物のラッシーのカップをひとつ手に取り、ストローを咥えて飲み始めました。
 アタシ知ってる。これって横領っていうんだよ。でもノドとか乾くから問題とかなくない?そもそも原宿は法律より掟優先だし。

 ラッシーを一口含んだ少女の目には不思議なものが見えていました。
 エアコンの効いた涼しい室内。
 脱サラしてYoutuberになった父、パート先のレジで毎日万単位の不足金を発生させる母、毎日盗んだバイクで走りだす弟、みんながそこで美味しそうなメロンを食べています。
 少女はそこにいません。
 
 少女の眉間に小さく皺が寄りました。怒るのは美容のエネミーってテレビで言ってたし!
 さらにラッシーを一啜りすると、また別の風景が広がります。
「よし子居ないからピザも3等分ね!」
「やったぜベイビー!」

 少女は固く拳を握りしめ、二の腕には太い血管が浮き上がります。
 炎天下に晒され続けてぼやけた意識もクリアーになり、全身に遍く行きわたった水分は筋肉の躍動を促します。
 ビフィズス菌マジやばい。

 そこへ、先ほどのバカップルがまたやってきました。
 少女を目に留めると、今度は意図的に挑発を仕掛けてきます。
 「えーwwwマジ全然売れてねーじゃん!」
 男が笑うと、女もまた笑います。
 「ワテクシらは美味しい美味しいタピオカミルクティーを買ってこれから帰るんでゴワスwww」


 しかし少女は以前のようにひるみません。
 男の喉元を右手で掴み、静かに、しかし怒気を含んだ声で問いかけます。

 「ラッシーいかがですか」
 殺気すら感じさせるその迫力に男は思わず失禁し逃走。
 女も腰を抜かし泣きながらそれを追いかけていきます。
 でもタピオカミルクティーはこぼさなかった。えらまる。
 
 「これが...これがビフィズス菌の力じゃ...!!」

 その光景を偶然見ていた長老らしき長いヒゲの老人が呟くと、「俺にもひとつくれ」「あたしにも」「拙者にも」「吾輩にも」と、どっとお客さんが少女のラッシーを求め押し寄せ、あっという間に完売してしまったのです。

 売上を家族に渡す気は毛頭なかった少女は、有名店でインドカレーを食べて帰ることにしました。
 「オ飲ミモノ、ドシマスカ?」
 インド人店員の問いに少女は笑顔で答えます。
 
 「ラッシーをください」

【終わり】 

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