カミカゼの消えた日
文永11年、筑前国早良郡。
沖からの冷たい風が秋の深まりを告げている。
菊花の香り深い小春日和の空と博多湾。
白砂の浜に打ち上げられるのは夥しい数の水死体。
そのどれもが甲冑に身を覆い、刀を佩き、矢筒を背負う。
───戦の装いである。
風間景信は愛馬を降り浜にどっかと腰を下ろす。
傍らに置かれるは丈3尺を超えようかという野太刀。
日が中天にあるころに始まった戦であったが、すでに西の空には赤みが差している。
ざすざす、と背後から砂を踏む音。
「風間殿、ご苦労で御座った」
そう声をかけ隣に腰掛けたのは四間草摺の大鎧に厳めしい髭面の武者。
景信は軽く会釈をしその声に応える。
「いや、此度もまたお手柄で御座いましたな!異国警固番役のおぼえも目出度きことで御座いましょう!」
豪快な笑い声。
景信は掌を向けそれを制すると、ぼそりと尋ねる。
「こちらは上陸さえ阻止できればそれでいい。それより鳥飼潟の情勢は」
「心配御無用。そちらは少弐の当主殿が当たっております故。先程百道原、姪浜あたりまでの追い戦に及んでいるとの報せが」
豪快な笑い声、ふたたび。
「それは重畳。して総攻めの下知は」
「明け方早々かと」
「そうか、では湾内の蒙古は総じ任せよと御味方に」
「承知仕った」
両者は立ち上がりそれぞれ反対の方向へ歩き出す。
髭面は陸へ。
景信は海へ。
ぱしゃぱしゃと波が脛に跳ね返る音。
景信は身をひるがえし愛馬へと跨る。
どるぅん。どるんどるんどるぅん。
ヤマト331型直列2気筒、2スロレシプロエンジンが嘶く。
その最高時速は80キロを超える。
────2024年10月20日。
あの日博多競艇場に集った観衆は忘れない。
メインレースゴール直前。
断トツの一番人気だった風間景信のボートが突然転覆。
これは、そのレースぶりで「神風」と呼ばれた伝説の選手が行方不明になってから、ずっとずっと昔の物語だ。
【続く】
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