カレン3わ

カレン・ザ・トランスポーター #3

 ここまでのあらすじ。


 吸い込まれそうな蒼い空。
 流れていく白い雲。
 初夏の陽気が眠気を誘う昼下がり。
 
 私、カレン・キューピッチは乗合馬車の座席で船を漕いでいた。
 足元にはウッドエルフに似つかわしくない高級トランク。
 その中身はさらに似合わない高級下着の山ときてる。

 「運び屋」である私の今回の仕事。
 それがこの高級トランクをガルム峡谷奥の洞穴まで運ぶことだ。
 ―――ガルム峡谷。
 亜人から竜種まで様々な生物が闊歩する魔境ではあるが、
「さらってきたお姫様が、用意した着替えを気に入ってくれなかった」
といえば、どれだけ馬鹿馬鹿しい仕事なのかわかってもらえるだろうか。

 運び屋の仕事は決められた時間内で決められた場所に決められた物を届けること。よっぽど非合法や非人道でもなければやり方はそれぞれだ。
 早馬で街道を往くものもあれば、私のように野山を突っ切る変わり種もいる。
 でもまぁ、今回は荷が汚れてはマズイこと、下着の山を抱えて走りまわりたくないこと、そして何より面倒くささが勝り、多少報酬が減るのを覚悟の上で、こうして乗合馬車を使うことになった。
 専用の護衛がつき、当然お値段も張るものの、乗合ということもあり一人あたりの負担はそこまで大きくならないのが魅力的である。

 もっとも、いつものような野伏の格好で高級トランクを抱えてこういったものに乗りこむのは不自然極まるので、ちょっとばかりお洒落なワンピースなどを仕立ててもらい「黙っていればどこかの大店の娘に見えるだろう」作戦を敢行しているというわけだ。
 とはいえ、ただただ黙って座っているのがこんなにもツライとは。

「お嬢さん、だいぶお疲れのようですね」

 話しかけてきたのは向かいに座った人間の男。
齢50ほど。これから手品でも披露してくれるのかという黒のスーツに蝶ネクタイ。シルクハットからはみ出んばかりの、というかはみ出ているアフロ白髪。

「ティランタまでまだあります。お休みになられては」

 ティランタは目的地の街。ガルム峡谷の近くにある要塞都市だ。
 到着までゆうに半日はかかるだろう。
 私は慣れない笑みを顔に張りつかせたまま軽く会釈をし、向かい合った座席間を仕切るカーテンを引く。
 護衛は客の動向にまでいちいち気を配らない。
 この紳士が悪人だとはとても思えないが、全身に軽く風の結界を張り、万が一に備えておく。
 よし、これで問題は無い。
 安心して座席に身を横たえる。
 疲れと振動が眠りを誘う。
 ティランタからガルム峡谷までは徒歩で半日余り。
 洞穴の誘拐犯には斡旋所が話をつけているのでトラブルの可能性も無い。

 ―――トラブルの可能性は無い。
 このとき私はそう信じていた。
 あの紳士が、よく似た高級トランクを携えていたことに気づいていなかったのだから。

【続く】 

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