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イッキューパイセン 緊急事態宣言編

 アジア某所で発見された新型ウイルスは瞬く間に世界を恐怖のどん底に叩きこんだ。
 右肩上がりに増える感染者と死者。
 掻き立てられる恐怖と不安。
 横たわるのは犬と豚。
 デマや流言が飛び交い、店頭からはマスクやガーゼ、トイレットペーパーやハンドアックスなどが次々と姿を消した。

 各国首脳による緊急事態宣言のもと、大都市がロックダウンされていく。
 野球、サッカー、格闘技、UNOなど多数の観衆を集めるイベントは軒並み中止あるいは延期を余儀なくされた。

 不要不急の外出を避けるようにとの呼びかけもおこなわれ、繁華街や観光地は人っ子ひとり居ないような閑散ぶり。

 世界中の人々は『STAY HOME』『ソーシャルディスタンス』『常在戦場』などのスローガンを掲げ、可能な限りの自衛に励んではいたものの、ストレスはやがて解放感を求めてゆく。

 ───日本。キョート。
 伝統と格式を重んじるこの街であってもそれは例外ではなかった。
 春恒例のオイランサンバパレードは200年の歴史の中で初の中止決定がくだされたばかり。
 成人の儀『キヨミズ・ダイブLIVE』も然り。
 今年20歳を迎えた若者たちは成人になれないこととなった。

 そんな中、嵐山、カモ・リバー。
 川岸にたむろする数十名の男女あり。
 ウェットスーツに身を包み、サーフボードを脇に抱える者。
 ライフジャケットを着ることなくカヤックに乗り込む者。
 忍びの装束を纏い、水蜘蛛を履いた者。
 1億数千万のクルーザーを浮かべ、船内でワイングラスを傾ける者。

 彼ら彼女らは自粛要請による窮屈・鬱屈に耐えかねて無軌道道楽野郎どもだ!

 「ウェェェェェェイ!!」
 川面をジェットエンジン付きのサーフボードが駆け抜けていく。

 「激流を制するは静水」
 サーフボードの立てた波をカヤックが左右にうまく避けていく。

 「ゴボッ!ゴボボボボッ!!」
 水蜘蛛が水底へとまっすぐ導かれる。

 「君の瞳に乾杯」
 「あなたの財産に乾杯」
 クルーザーの中では若い男女がプラトニックなラブ会話だ!

 しかしこの至福のレジャー空間に水を差すものが現れた。川だし。

 「ちょっ!ちょっとちょっと!何をしているんですか!パブリックにペナルティーですよ!」
 40歳前後のスーツ姿の男性が川辺の男女集団に近寄って叫んだのだ。
 黒の極太縁メガネに赤い烏帽子を被っており、その腕には「京都市感染症予防臨時チーム副代表の腕章」と書かれた腕章を巻いている。
 これを見る限り、男は「京都市感染症予防臨時チーム副代表」なのだろう。
 そうでなければ「京都市感染症予防臨時チーム副代表の腕章」などという腕章をするはずがないからだ。

 「あぁーん?何コイツなワケ?」
 小便色のソバージュヘア女が眉間に皺を寄せて言った。

 「あぁん?役所のだべ?おめーに俺らのバカンス止める権利ねーべよ?あじょーにもそんなやめろやめろいっだところで聞ぐわけがねーべ?」
 若草色のツーブロック男も中居弁で続く。

 「密状態は感染の危険性が増します。あなたたちの健康のためにも川遊びは控えて自宅に帰って待機を......」
 赤烏帽子職員も譲らない!真剣そのものの表情と語気で訴えかける!

 「イヤーんワタシぃ、ヒロくんと密になりたぁーい♡」

 小便ソバージュ女がなよなよとスキンヘッド男性の腕にしなだれかかる。
  
 「フンヤッ!」

 スキンヘッド男は腕を大きく後ろに振り小便ソバージュを払いのける!
 
 DGOOOOON!

 ソバージュ女はワイヤーアクションめいて真後ろに吹き飛び、自販機へと激突! 衝撃で自販機から電子音声!

 「ピロロロロン!ピロロロロン!当たりが出たらもう1本だよ♪」
 スキンヘッドは真剣な表情で自販機を見つめる。
 しかしこの自販機に抽選機能はついていないのだ!

 なおソバージュ女は鼻と目から血を流し動かない。

 よくわからない暴力の現場を目撃しようとも赤烏帽子職員は引き下がらない!公務員の鑑だ!
 「緊急事態宣言中ですので、不要不急の外出は...」

 「ハァー!?!?!!??そんなのいつ決まったんですかぁー!?何年何月何日何時何分何秒地球が何回回ったときー!???」

 口を挟んだのはピンクリーゼント男!ブーメランパンツだけを身に着け、汚れはてた海の家の幟を二刀流で構えながら、3秒に1回痰を吐いて職員に迫る!

 「ですが...」

 変態と称されても民事刑事の責任を負うことはなさそうな無軌道若者に果敢にも反論しようとする赤烏帽子職員!

 しかし
 「今日だけだからいーじゃん!明日になったらマジやめるしー!」
 ジーン・シモンズメイクの褐色女性がそれに被せを仕掛ける。

 「そーだよ1日くらいババ抜きさせろよ」
 ピンクリーゼント海の家二刀流がアシスト!

 「それを言うなら骨抜きだぞ♪っと」
 小便ソバージュがまたスキンヘッドの腕に自身の腕を絡ませる!

 「フンヤッ!」

 スキンヘッド男は腕を大きく後ろに振り再び小便を払いのける!
 
 ZGOOOOON!

 ソバージュ女はワイヤーアクションめいて真後ろに吹き飛び、老朽化した焼きそば屋台へと激突! 衝撃で屋台から電子音声!

 「ピロロロロン!ピロロロロン!当たりが出たらもう1皿だよ♪」
 スキンヘッドは真剣な表情で屋台を見つめる。
 この屋台には抽選機能がついており、当たりを引くと焼売がもう1皿貰えるのだ。

 ソバージュ女は鼻と目から血を流し動かない。

 「暴力はダメですよ暴力は!」
 職員がスキンヘッドを窘めたそのとき


 「きょうだけくらいいいじゃねぇか」

 職員の背後、その肩をポンと叩きながら若者たちの前に進み出たのは1人の僧侶であった。

 漆黒の袈裟には金色で『疾病退散』『体の距離は心の距離に非ず』『病魔撲殺』『病魔絞殺』『病魔鏖殺』『たまご』などの威圧的な経文が刺繍されている。

 「さっすが坊さんはハナシがワカるわ!」
 若草ツーブロックが僧侶の禿頭に触れようとした次の瞬間!

 ミシッ

 僧侶の右拳が若草の顔面にめり込んだ。
 腕をぶらんと垂らしたまま両膝をつき、前のめりに倒れる。

 「え...」
 「は...?」
 「マジ?」

あっけにとられる周囲をよそに、僧侶は正拳突きの姿勢を崩さぬまま静かに言い放った。

 




「強打拳」


なお全員おとなしく家に帰った。



【終わり】
 
 

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