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【ラノベ】『青春マッチングアプリ』を読んで【ガチ考察】

*記事の性質上、多くのネタバレが含まれます。

■はじめに

・この記事の目的

 この記事の目的は、『青春マッチングアプリ』のテーマ、構成からこのジャンルの可能性について考察することです。
 キャラ萌えや感想ではなく、ガチ考察となります。したがって、対象読者としては、ハードなラノベ読みや、アマチュア物書き(ラノベ新人賞投稿者など)を想定しています。

・この記事の要約

 この記事の要約は以下の通りです。

 本作は「ナチュラルラブコメ」(作者命名、詳細は本論参照)の系譜にあります。このジャンルには「キャラクターの心情描写に現実感を持たせられる」という長所と「伝統的なキャラ萌え表現に頼りにくくなる」という短所があります。
 しかし、本作では「青春マッチングアプリ」というガジェットを用いることで、「ナチュラルラブコメ」のジャンル的短所を補いつつ、伝統的キャラ萌え表現を再解釈する、トリッキーなアプローチが採られていました。

 また、『青春マッチングアプリ』のテーマは「青春とはなにか」だと思われます。この問題設定に対する答えを導くための仕掛けとして、「青春マッチングアプリ」が登場します。「青春マッチングアプリ」によって、登場人物は多くのフィクションに描かれる典型的な青春イベントを追経験し、本作のテーマに対峙していきます。
 このテーマ設定はありそうでなかった盲点であり、新鮮に感じられました。
 
 「本論」では以上の要約を詳しく述べます。また、「おわりに」ではこの作品の拡張性について考察します。

■本論

・作品紹介

青春マッチングアプリ 1 - 株式会社ホビージャパン (hobbyjapan.co.jp)

 まず、『青春マッチングアプリ』を簡単に紹介します。
 文庫本巻末のあらすじでは、以下の通りです。

青春を諦めていた高校生・凪野夕景(なぎのゆうけい)のスマホに突如インストールされた『青春マッチングアプリ』。それはマッチングした相手と『正しい青春』を送るためのミッションが課され、クリアすると報酬がもらえるというアプリだった。夕景とマッチングしたのは、なんと同じクラスの美少女・花宮花(はなみやはな)! 彼女は自身の夢を叶えるためミッションをこなしたいという。青春とは何かを知り、花の夢を叶えるべく夕景は送られてくる指令をこなしていくが――。不思議なアプリからはじまる青春学園ラブコメディ!

 また、パッケージングから即座に読み取れるのは、ナチュラル(自然)な表現だということです。


 象徴的なのは、キャラクターの髪色でしょう。黒に近い青系であり、たとえば異世界ファンタジーによく見られるカラフルな髪色でありません。
 他には、キャラクターの制服もそうです。ポイントで入っているチェック柄の意匠はややマンガゲーム的ですが、それを踏まえても現実に存在する制服からかけ離れた非現実的な印象は感じられません。

 青春というワードと青っぽい配色とあわせて、甘酸っぱい恋愛や初々しいラブコメが想起されるでしょう。
 私はこのようなジャンルを「ナチュラルラブコメ」と勝手に呼んでいます。

・「ナチュラルラブコメ」と「伝統的ラブコメ」

 「ナチュラルラブコメ」の特徴としては、茶系や黒に近い青系の髪色のキャラクター、繊細な心情描写、リアルクローズに近い衣装設定などがあります。また、近年では「クラス内カーストの指摘」もよく見られるようになっています。

 私の記憶で最古の有名作品は『ラブプラス』です。同じギャルゲーの系譜では、『キミキス』や同シリーズもあります。
 ラノベでは、『青春ブタ野郎シリーズ』や『弱キャラ友崎くん Lv.1』などがあります。

 私の解釈では、「ナチュラルラブコメ」と対になるのが「伝統的ラブコメ」です。

 実際のところ、「伝統的ラブコメ」の特徴は、カラフルな髪色のキャラクター、ツンデレのような記号的表現、非現実的なまでの装飾的衣装などがあり、「ナチュラルラブコメ」の真逆にあります。

 このジャンルには一定のファンがおり、前述したような「伝統的ラブコメ」へのアンチテーゼ的な立ち位置もあって、彼らは記号的な表現よりナチュラルな表現を好みます。

 以上のような系譜や、ユーザーの嗜好から、「ナチュラルラブコメ」の長所と短所は以下の通りになるでしょう。

長所:キャラクターの心情表現を写実的に描くことができる。

短所:いわゆる「お約束」のような、典型的ラブコメ表現が描きにくい。

 長所と短所は表裏一体です。キャラクターを写実的に表現すれば、当然、記号的に表現するのは難しくなります。
 たとえば、ツンデレヒロインのような使い古された表現や、ヒロインの着替えに偶然遭遇するといったありがちなイベントがそうです。

 他方で、写実的に寄せすぎると一般文芸に近くなり、ラノベ読者に向かない表現にもなる危険性もあります。書き手にとっては、リアルとフィクションのさじ加減が難しい繊細なジャンルだと言えます。

・ジャンルの垣根を越える取り組み

 さて、本作ではこの以上の長所と短所を乗り越えるトリッキーな取り組みが見られました。その取り組みは「青春マッチングアプリ」というガジェットを利用した離れ業です。

 作中では、「青春マッチングアプリ」から以下のようなミッションが課されます。

 今日の放課後。屋上で青春相手が寝そべっています。
 その時、相手に下着が見える位置に立ち、下着の色を指摘され、あなたはそれに『最低』と返してください。

 前述したように、本作は「ナチュラルラブコメ」の系譜にあると思われるのですが、「青春マッチングアプリ」から課されるミッションは「伝統的ラブコメ」的なイベントなのです。

 作中では、他にもいくつかのミッションが課されますが、いずれもが「伝統的ラブコメ」的なものです。

 この仕組みによって、「ナチュラルラブコメ」と「伝統的ラブコメ」の垣根を乗り越えつつ、「伝統的ラブコメ」的な表現を再解釈しているのです。

 おそらく意図的な構成でしょう。
 それを示すように、作中、ヒロインの花宮花は以下のように発言しています。

「た、多分これって、ラブコメマンガとかでありがちな、出会いのシーンでパンツを見られてお互い最悪の印象から始まった……みたいなことだと思うのよ、きっと。だって、ミッションのタイトルが《それは最悪の出会いだった》だし。アオハコはそういうシーンの再現をしたいんじゃない……かな……」

*「アオハコ」は「青春マッチングアプリ」の作中内呼称です。

 「青春マッチングアプリ」によって「テンプレ青春」を半ば強制的に追体験させられる中で、主人公はひとつの疑問を抱きます。

 「青春とはなにか」という問題です。
 おそらく、これが本作のテーマでしょう。

 ここでいう「青春」とは、「ナチュラルラブコメ」と「伝統的ラブコメ」双方の上にあるイデアのような概念です。あるいは、「青春」それ自体がフィクションである、という入れ子構造の指摘を含んでいるのかもしれません。

 青春がなんであるか、という問いに対しての明確な答えは提示されません。読者によって解釈が委ねられているのでしょう。
 これは作品としての欠陥ではありません。テーマは提示されるし、ヒントも提示される。しかし、答えは明かにしない。文芸作品とは、そういうものなのです。

 この記事を読んで興味を持たれた方は是非、ご自分で『青春マッチングアプリ』を読んでみてください━━という企業案件らしい一言で本論を締めさせて頂きます。

■おわりに

 最後に、この作品の拡張性について指摘しておきます。
 一般文芸ならば一巻完結でもよいのですが、シリーズものが前提となるラノベでは、拡張性はとても重要な要素です。

 逆算していえば、拡張性を明らかにすることで、本作の2巻以降の内容が予想できるとも言えます。

 この作品の拡張性は、以下の三点にあると思われます。

(1)人間関係の広がり

 本記事では、「ナチュラルラブコメ」の特徴について、近年では「クラス内カーストの指摘」もよく見られるようになっている、と述べました。

 本作でも、役割に基づくクラス内の雰囲気が示唆されていましたが、多くの描写は主人公とヒロインの二者関係に基づいており、第三者的な介入はひかえめでした。
 クラス内の役割やカーストに関する人間関係が広がれば、新たなる展開が生まれる可能性があるでしょう。

 実際、それを示唆するように、終盤では作中のサブキャラが主人公に密かな想いを寄せている描写がありました。続編では、彼女が新ヒロインに昇格する展開が大いに期待できるでしょう。

(2)アプリの謎

 作中では、シリーズものの1巻ということもあってか、「青春マッチングアプリ」が何者によっていかなる目的でリリースされたのかは明らかにされませんでした。
 この謎に迫る形でのストーリー展開には大きな余地が残されています。

(3)テーマの深掘り

 「青春」はラブコメの定番ですが、それが何であるかについては、実はこれまでにあまり模索されてこなかった盲点ともいえる部分です。

 「青春マッチングアプリ」というガジェットを用いた、「青春」表現の再解釈という試みにはまだまだ幅があり、いくらでも深掘りできるテーマであると思われます。

 これまでの「ナチュラルラブコメ」の先行作品では、「クラス内カースト」についての模索が多かったために、このテーマ設定は新鮮に感じられました。

 以上のように、本作は拡張性が高く、テーマ解明による早期完結やストーリーのマンネリ化が置きにくいと思われます。そのため、続編の展開に期待できるでしょう。

■備考


*この記事は「HJ文庫公式レビュアープログラム」(≒企業案件)に基づいて執筆されています。

*『青春マッチングアプリ』は2024年5月1日発売ですが、販売元のHJ文庫様より発売前に商品提供を受け、一般読者より先んじて読ませて頂いた上で記事を執筆しています。

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