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9月10日

日が昇ってから改めて町を眺めると、たしかにブルーシティと呼ばれるだけあって建物が青い。
空の青と町の青の間に Mehrangarh Fort の茶色い岩壁が山のようにそびえるさまが、ホテルの窓から綺麗に見えた。
朝の涼しいうちにその城、というか『地球の歩き方』には「砦」と書かれているその場所へ行くことにした。
青の町を見下ろすようになっているので、もちろんその道中は坂道になる。
朝9時すぎのジョードプルは日中ほどではなくとも十分暑くて、だらだらと汗をかきながら砦を目指した。これじゃ敵の兵士も心が折れただろう。
ホテルから見た街並みを創っている一つひとつの建物はやはり青くて、壁にはよくクリシュナ神の絵が描かれている。
しかし青以外の色にもあふれている。他のインドの街並みにもれずリキシャ―は急で細い坂道を無理やり駆け上がっていくし、道端では青の壁によく映えるサフラン色の花飾りを見かける。
歩いているだけでどこも絵になるので、フィルムカメラのシャッターを何回も切った。

もちろん青くない建物もある
リキシャーの色とのコントラスト


がんばれおじちゃん

何回か転びそうになるほど急な坂だったが、観覧が始まる10分前ほどにたどり着いた。
職員らしき人が規制線を潜り抜け、周囲には清掃員のおばさんと受付の荷物検査員くらいしかいなかった。
5分前ほどになると反対側の坂からわらわらとインド人が列をなして現れた。
砦にたどり着くもう一方のルートでは、車である程度の高さまで来られるらしい。
羨ましかったが、早めに着いたのでほぼ一番乗りで砦の中に入ることができた。これで City Palace の時のように写真をせがまれたり人ごみに疲弊したりせずに済む。

インドの観光地は外国人か否かで入場料に大幅な差がでるので、友人は「私はマニプール出身だ」とヒンディー語で訴え大学の ID カードを見せた。
が、なかなか通してもらえず苦戦した。
意外にこの方法でマニプール人として入れてしまうことが多いのも、そもそもインド人以外からは倍以上の額を請求してしまうのも、なんだか意味の分からないシステムである。
何とか中に入ると、砦の中にまで坂道が続いて驚く。
もしかしたら敵が侵入しようとしたときに、この坂に大きな鉄球を落として追い払っていたのかもしれない。
坂を上り切って後ろを振り返ると、先ほどまでいたホテルなどがある青い街並みがずいぶん遠くに見えた。
大きなゲートには大量の鳩がいたほか、サティー(寡婦殉死)で亡くなっていった王妃たちを表す手形が生々しくも残されている。
こうしていろいろな街の城跡をめぐっていると、近代的自我や倫理観の芽生えというのは案外最近のことだったのだなと思う。

デカいなぁ
こわいなぁ

ONE PIECE は一応アラバスタ編までは斜め読みしたはずなのだが、これが○○で出てきた武器のモチーフになっている、などと言われてもあまり感動できなかった。覚えていない。
しかしこの町にインスピレーションを得たのだとすれば、尾田栄一郎はジョードプルに来たのだろうか。偉大な作家先生も青年時代に本の中ではないどこかで冒険したから、ああして漫画世界で航海できるのかもしれない。
世界遺産に登録されているおかげもあってか、今まで見てきたインドの観光地の中ではトップクラスに保存状態が良く、ディスプレイの仕方も小洒落ていて、快適にみてまわれた。

天使っぽくなくていいね
ステンドグラスが綺麗
やっぱり鳩が多い
イヌイヌの実がどうたら

途中、瞑想体験をするブースがあって、無料だしすぐ終わるとのことで入ってみた。
CD か何かを流すのだと高を括っていたら、おじさんが瞑想用の音楽を生演奏してくれた。
サーランギというのだろうか、四角い弦楽器の奏でるサリガマパダニサの音階はどこか物悲しくて、それが人気のない砦の一角に響く様は抒情的だった。
対してサントゥールの音色は対照的に明るい、明るいけどどこかハープとは違う独特の響きをもっている。
目を閉じ音楽と呼吸に神経を集中させたあの瞬間は、長くは続かなかったものの不思議な幸福感があった。
私が瞑想できるようになるにはもう少し集中力が必要だ。

チャクラってやつ?
CD買わなくてごめん

砦の中は広々としていたが、朝早くに来てスムーズに見て回ったので昼前には出てこられた。
レモネードを1杯飲んで休憩し、朝上ってきた坂をゆっくりと下った。
途中ウダイプルにいた時から気になっていた革製品の土産物屋に寄った。
キャメルサファリに行っておいて残酷な気もするが、ラージャスターンのお土産ではこのようなラクダの皮でできた製品が人気らしい。
日本の古着屋でもこういう革製品に憧れていた私にとっては、今回の旅行先の道端の店はどれも魅力的で仕方なかった。
とうとう近くに寄って見てみたら、余計にほしくてたまらなくなる。
使い勝手がいいかと聞かれたら頷けないが、コロンとしたシルエットの小さいバッグが欲しい。
しかしなかなか好みの柄のバッグは見つからない。クジャク柄は人気がないようで在庫が少なく、ラクダ柄は共食いのようなグロテスクさがあるし、ゾウ柄はインドでゾウを見かけたことがないからしっくりこない。
結局色合いが気に入った四角い蔦模様のバッグと、たくさんカードが入りそうな緑色の財布を買った。

その場でオイルを塗って色の深みを変えられた

そのまま Toorji Ka Jhalra Bavdi という階段井戸に向かう。
デリーにも階段井戸があった気がしたが行ってない。ボリウッド映画に詳しければ聖地巡礼の旅も楽しいだろう。
お腹が空いたので階段井戸を見下ろしながらお昼ごはんを食べることにした。
さすがにここぞとばかりに青を基調としたカフェは内装がかわいらしくて、若いインド人の女の子たちがお互いの写真を撮りあっていた。
テラス席に案内されて外を見ると、すぐ隣に階段井戸はあった。
まず、水の汚さに驚く。真緑じゃん。
そして魚影が高台からでもはっきりと見える。かなりの量の魚が棲みついているようだ。
そこに少年が飛び込む。意味が分からない。
中には私たちのいるテラスと同じくらいの高さから飛び込もうとする少年もいて危険極まりない。死亡事故が起きてもおかしくない状況。
その手前でウェディングフォトを撮るカップルもいて、さらに意味が分からない。
こんなカオスを横目に、インスタ映えしそうなカフェで美味しいオムレツをいただいた。
食べていると急に少年が井戸に飛び込む水の音が聞こえて落ち着かない。後で横を通ったら、一番高いところから飛び降りるから金をくれ、と1人の少年に話しかけられた。なんて商魂たくましいんだ。

人も魚も結構たくさん泳いでた
チーズオムレツ美味しかった

カフェをあとにした我々は、砦までの坂道で疲労困憊だったのでホテルで昼寝した。
ものの見事に誰も起きず、気が付けば16時過ぎ。
本当は Jaswant Thada に行く予定だったが、そんな時間もないので改めて時計塔の広場に行くことにした。
これこそ熱心な ONE PIECE ファンからすれば見覚えのあるものなのだろうが、案外こじんまりとしていて見るところがない。中に入って上ることもできたが、お金がかかるので外から眺めることにした。
不思議なのが、この時計塔の近くでは馬車が通っている。
インドでは牛こそ見かけるが馬は街中で見かけたことがない。しかもリキシャ―に紛れて仕事をしていて、時計塔も相まってなんちゃってヨーロッパな空間が局所的に広がっている。
とはいえリキシャ―はやかましいし、すぐ近くの市場はデリーのそれと同じくモノであふれかえっていて、インドでしかない。

左手に見えるのが朝行った砦
道が汚すぎて目立たない馬

時計塔は確かにきれいだが眺めるほかすることが何もないので、近くの露店でサリーを買うことにした。
インドと言えばサリーだが、なんにせよ自国の伝統衣装の着物すら自分では着られないのだから、着方がわからず今まで買わなかった。
しかし時計塔の近くの古着屋ではたったの300ルピーでブラウス付きのサリーのセットを買えるというので、上等なものを買う前に試しに1着買ってみようということになったのだ。
私はせっかくだからご当地モノを、と思いラージャスターンでよく着られるドレスにした。
パンジャーブ州ではパンジャービードレス、という感じで地域ごとに色々な伝統衣装があるらしいから、こうして旅するたびに各地の衣装を安く買って帰ったら大学の資料として寄贈できていいかもしれない。

その後友人の希望でお香屋さんに入ろうと思ったが、蓋を開けたらそこは香辛料と紅茶の専門店だった。
かつて来店した日本人が書いたのか、に書かせたのか、日本語で店の紅茶を絶賛する文章が書かれた紙を店主がもってきた。
その他にもいろいろな国から来た人が母国語で書置きをしているらしく、その中で必ずと言っていいほど言及されていた Special Tea を試飲させてもらった。
この紅茶のすごいところは、茶葉を使用していないところだ。
サフランやカルダモン、シナモンなどを少量とってお湯を注いだだけでできているのに、きちんと紅茶として味わえるどころか、飲んだことのない不思議な風味で、たしかに Special だった。
カシミールが原産とのことだったのでそれは現地にいつか行ったときに買うとして、これもまた試飲しておいしかった Mango Tea を買った。
Green Tea がベースになっているのが珍しいが、風味が豊かで淹れる前からマンゴーの香りが店に広がっていた。
寮でストレスを感じたときに飲もうと思う。

インド人の1杯はこのサイズ

ホテルに帰って先ほど買ったラージャスターニードレスを着てみようと思ったが、日本語や英語で着方を説明している動画やサイトはみつからず、ヒンディー語の動画を見るほかなかった。余計に着方がわからなくなった。
そう考えるとインドのサリーと日本の着物ではだいぶ立ち位置が違う。
サリーは町を歩けば必ず毎日複数人が着ているのを見かけるが、日本だと着物を着ているだけでだいぶ目を引くほど特別なものに変わっている。
紅茶屋のおじさんによれば、砂漠でターバンをしているのも村の高齢者だけだという。
インドでも今の若者は普通に洋服を着ていることが多いから、サリーが街中で見かけられなくなる未来もそう遠くはないのかもしれない。
それはちょっと寂しいなと思いつつ、自分も和装して生活する勇気も気力もないもんな、と思い直す。

その日の夜はホテルでライトアップされた青の町と砦を眺めながら、バターチキンカレーを食べた。
日本のインド(ネパール)カレー屋のカレーをイメージして油断していたらしっかり辛かった。美味しかったけど。
ついでにキングフィッシャーも頼んだ。1日坂道を歩き回って来たので美味しくてしかたがない。
デリーではなかなか見かけないが、ラージャスターンに来てからどの町でも酒屋をよく見かける。
寮は酒の持ち込み禁止なので大っぴらには飲めないが、もう少しデリーでも気軽にお酒が手に入らないものか。私が知らないだけで酒屋やバーもあるらしいので、旅行が終わったら開拓することにする。

キングフィッシャーの缶かわいい
辛すぎてナンをおかわりした

同じテラス席に日本人の大学1年生の男の子がいた。ムンバイやコルカタなど1週間でインドの各都市を回る一人旅の最中らしい。
自分が高校生の時は海外に行くなど考えてもいなかったから、大学1年生の夏なんてバイトを始めたばかりだったし、それを貯金しようとも考えてなかった。
自分の見てきた世界の狭さが時々恐ろしくなるが、それは今嘆いたところでもう変わらない事実。
20歳になるまでに人はある程度の経験を積まないとたどり着けない境地があると個人的には思っていて、私はそういった経験をことごとく飛ばしてきてしまったから、今こうして欠陥人間をやっているのだろうと思う。
たらればを言っても仕方ないが、もっといろんな生き方があったよな、と酔いが回った頭でぼんやり思った。

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