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j.トマトクリームパスタ

こずやのグランドメニュー第10弾…

「へらがに とまと すぱげってぃ」

余市町の人気洋食屋さんのジジヤババヤで食べることができる余市の名物料理です。

このヘラガニの出汁の効いたトマトクリームソースの味に衝撃を受けて、札幌では滅多にお目にかかれないのですが…毎年初夏の5月末あたりでしょうか…ヘラガニが市販されているのを見つけた場合には必ず、こずや でも作るようになりました。

ヘラガニは脚が細くて、脚の付け根部分くらいしか食べられる身はないのですが、殻がとても柔らかいので、嚙みついて身をすすりながら食べるとやけに美味しいです。

ヘラガニの正式名称はヒラツメガニで、ワタリガニの一種です。

地域によって、ヒラガニ、アカガニ、シラガニなどの呼び名もあるようです。

北海道では夏の時期(6~8月)に、小樽より南の地域で採れます。

他にも東北や関東、愛知、沖縄など全国各地で採れますが、それほど大量には流通しません。

鮮度が落ちるのが早いので、基本的には都市部に流通することはなく、採れ立てのものをみそ汁にして食べるのが海沿いの街の基本のようです。

水揚げされた地元で消費されています。

一番下の足の先はヒレのようになっていて、泳ぐことができるので水の中での動きは早いです。

似たものにモズクガニがいますが、そちらは気性が荒いので調理の際は気をつけた方が良いです。

ここでパスタの歴史も少し…。

パスタ誕生については諸説あるようですが、古代ローマ時代に食べられていた小麦などの穀物を粥状に煮込んだ“プルス”が起源ではないか…と言われています。

現代のようにソースと絡めて食べるパスタ料理がイタリアに普及し始めたのは、トマトがイタリアに観賞用に持ち込まれた時のことでした。

1500年代の大航海時代で、新大陸…現在のアメリカ大陸からでした。

観賞用だったものを改良して食用トマトにし、1600年代からナポリ地方を中心に栽培が盛んになりました。

それに伴って、パスタとトマトの組み合わせが美味しいことがわかり、イタリア国民の間で広く普及し、それは周辺国にまで広がりました。

1700年代後半には、イギリスで起きた産業革命が世界に波及してパスタ産業も機械化が進んだことで世界中に広まることになりました。

日本に最初にパスタが持ち込まれたのは幕末です。

横浜に作られた外国人居留地でした。

最初は うどん に似ているという印象が持たれたようです。

初めて国内でパスタが作られたのは明治時代…1883年頃で、フランス人宣教師マリク・マリ・ド・ロ神父が長崎県長崎市外海町にマカロニ工場を建設して製造したのが始まりと言われています。

日本人による最初の国産パスタが作られたのは大正時代になります。

現在の新潟県加茂市で製麺業を営んでいた石附氏に、横浜の貿易商がマカロニの製造を依頼したのが始まりでした。

昭和初期から国産化が進みましたが、当時は大量の生産が困難であったことから、一部のレストランなどでしか提供されていなかったようです。

その後、第二次世界大戦の影響でパスタ作りは一時縮小しました。

日本でパスタが一般化したのは、イタリアから配合から乾燥までを連続で行う全自動式の本格的製造機が輸入されるようになった1950年代以降のことです。

本格的なパスタ製造機導入の契機になった1955年は“パスタ元年”と言われています。

今では、日本人の家庭料理の基本食材になっています。

こずやでは、季節の食材によって…その時々でパスタメニューの内容が変わります。

春の「なのはな ぺぺろん」や「ぷちぽわ soup すぱげってぃ」、夏の「へらがに とまと すぱげってぃ」、秋の「きのこといくら くりーむ すぱげってぃ」や「紅鮭のくりーむすぱげってぃ」、冬に「リーキとベーコン すぱげってぃ」…年中変わらない「なぽりたん すぱげってぃ」などです。

あぁ~おいしい ♪



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