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種族解説:ミミック

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ミミック、すなわち“擬態せるもの”に関する記録は古い。上古かみふるに栄えた国ヘイデリアで記された粘土板に“人食い箱に食われた王女”の記述がある。つまり今から約四千年前に、ミミックに人間が接触した(と言うよりも喰われた)記録がしたためられているのだ。

現在ミミックは、魔術師や学者の間でこそ存在を知られてはいるが、人々の間で、この恐ろしい魔物はほとんど、あるいはまったく知られていない。オークやゴブリン、ノールやコボルド、ドワーフやエルフといった種族は別としても、同族ならざる者たちの存在は、人間の定住民にとって実に縁遠いものだ。

とはいえ、ミミックの存在を知る者でさえ、実際に遭遇した者は少なく、遭遇してなお生還できた者はさらに少ない。加えて、この悪しき存在の出自が禁忌の領域とされるため、専門に研究する者もいない(少なくとも建前上は)。

このような背景もあり、今回ここで紹介する事物の多くは、稀代の魔術師にして召喚術者であったヴェンセルフーリアが著した『ザージパル大冊』をその出典とする。ヴェンセルフーリアは、深淵と奈落、および悪魔に関する研究の第一人者であったが、その晩年は暗いものであった。彼の悪名が決定づけられたのは、彼の命日である。宴会の席で奇声を発して悶え死ぬやいなや、その遺骸は同輩たちの目前で煙と化し、忽然こつぜんと消えてしまったのだ。『ザージパル大冊』が禁忌の書物とされ、その写本がことごとく燃やされた理由は様々だが、著者の最期があまりに壮絶であったことも、もちろん影響している。

『ザージパル大冊』には、音読(声に出して読む)することで、よからぬ存在の注意を惹きつけかねない危険な語句が大量に用いられているが、本項目にある悪魔の名前は、決して声に出して読まぬように忠告する。

読者各位におかれては、この部分をよく理解した上、自己責任のもと読み進めていただきたい。ここまで断り書きをしてまで、なぜミミックに言及するのか? ミミックに遭遇する危険が最も高いのは、君たち冒険者に他ならないからだ。

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ミミックがいかなる生命体であるかを説明するのは難しく、ともすれば不可能である。なぜならミミックはこの世のものではなく、地底深くに広がるかのおぞましき領域──〈深淵〉──をその故郷とする生物だからだ。

獲物の好む姿に形を変え、犠牲者をひたすら待ち伏せする魔物として語られることが多く、それはある意味十分な説明と言えるだろう。

ミミックの本性はゼリー状で、決まった色や形を持たない。姿形、色、質感や感触まで、己が変化したものとそっくりに擬態し、身じろぎ一つせず、数百年もの間そのままとどまっていられる。ただし、ミミックが擬態するのは無生物だけだ。ミミックは生物の姿を真似ることがない。

ミミックが好んで姿を変じるのは、宝石や財宝、あるいは巨大な宝箱である。二本の足で歩く種族の多くは、財宝に欲がくらみやすい。慎重さを欠き、欲の皮を突っ張らせた者ほど、ミミックが好む食物はないのだ。一説によると、ミミックは獲物の体ではなく、膨れあがった欲の感情を餌にして滋養を得るのだという。実際、野生動物や植物にミミックが襲いかかった例はひとつも報告されていない。

実際のところ、ミミックが自身の維持に食餌を必要とするか、そもそも寿命があるのかどうかさえ不明だ。なぜならミミックは、数百年もの間に渡って擬態を維持することができ、老衰や餓死したミミックの記録はない。これも、ミミックの〈深淵〉到来者説を補強するものである。

ミミックはあらゆる環境下で生存できる。海底の沈没船内でミミックに遭遇したという報告も近年なされており、空気がなくても平気なようだ。ほとんどの遭遇記録は地下ないしは構造物内であるため、陽光を嫌う可能性はあるが、仮説の域を出ていない。

なお、ミミックには感情がなく、感覚も持ち合わせていないと思われ、それらを外部に発露する器官も持たない。よって、通常の方法でミミックと会話したり、心を通じ合わせることはできず、対話や交渉は無意味だ。心を通じることさえできないと断言できるのは、近年ミミックとの対話を試み、無惨にも丸呑みにされた古代僧がいるためである。彼女の犠牲は学術的に大きな貢献ではあるが、この事実を知る者は少なく、名前を覚えている者は誰一人いない。

周囲に溶け込んだり、他のものに姿を変えて敵の目を欺く生き物は沢山いるが、ミミックほど巧みで、かつ悪賢い擬態能力を備えるものは他にないと言える。不用心な獲物が充分近づくと、ミミックは擬態を緩めて本性を表す。

攻撃は素早く、一瞬の出来事だ。擬態を解いた直後、ミミックは大型肉食獣を思わせる巨大な牙と舌を伴う口を一時的に顕現するが、これらはいずれも獲物の捕食に用いるための二次擬態にすぎない。また、目や鼻のような器官を捕食時に顕現させることもあるが、これらが実際の機能を備えるとは考えにくい。

なお、ミミックを倒すことは非常に難しく、おそらく不可能と言われている。相手に反撃を許す隙を与えないからだ。擬態中は動かないため、そもそも怪しいものには近づかないのが最良の対策となる。もしも擬態を見破れずに近くに行けば、一瞬のうちに丸呑みされるだけだ。万一初撃を避けることができても、ミミックは瞬時に床や壁面などの無生物に擬態して周囲に溶け込み、敵に発見されないように逃げる。深追いなどは考えないことだ。命を拾えたことに感謝し、その場をすぐに立ち去るのが良かろう。

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