短編読物:はなれ森の王
折からの西風が窓に叩きつけ、窓枠のせわしない軋みが室内の空気をかき乱していた。本陣にしている空き家の柱が悲鳴を上げている。蝋燭の灯が隙間風に煽られて右へ左へと踊るのを、グルッソは灰色の目で見つめていた。
襲撃の準備は万端だった。北側の細い吊り橋を除き、四方の橋は全て落としてある。今や、メーゾルの町は丸裸だ。メーゾルはその高い防壁で外敵の襲撃を堪えてきたが、それも今日で終わる。この季節になると吹くこの強風を待っていたのだ。町壁はしょせん木造りでしかない。空気が乾燥している中、大量の火矢と油で攻めれば、壁破りなど容易いことだ。壁なくしては、町の守備隊ごとき、我が軍の相手にはなるまい。所詮は数合わせの民兵集団に過ぎぬ。
グルッソは新品の胸甲に指を這わせた。鍛冶屋のダルゴスに作らせた、新たな甲冑である。かつて不浄ケ原のドワーフに奴隷として仕えたダルゴスは、今グルッソの元に身を寄せている。今頃は留守部隊に加わり、森の村で女子供を守っているはずだ。
母を殺し、自分を森に捨てた連中への報復。この日のために苦しい日々を乗り越えてきた。自分と同じ境遇にある連中を集め、その頭へのし上がった。地元のゴブリンを滅ぼし、ノールを追い出し、オーク部族を配下につけた。グルッソは今や、はなれ森の王なのである。
だが、今宵の戦にあって、グルッソは自分の胸につかえるものを感じていた。人間たちへの憎しみこそあれ、いざ襲撃の晩に、こんな気分になるとは考えてもみなかった。
「おれの親父も、こうしてメーゾルを攻めて、お袋を...」
グルッソは思わずひとりごちた。結局自分は、自分の親父と同じことしかできないのか。親父の顔も、名前も知らぬ。知りたいとも思わぬ。母を庇い守るどころか責め苛み、果てには命まで奪ったメーゾルの衛兵どもと同じくらいに、グルッソは父親を憎んでいた。だが、オークの命は短い。今頃はもう死んでいよう。仮に生きておれば、その首を引きちぎっても足りぬ。
ふいに、扉の向こうで鎧の擦れる音がした。扉が開かれ、腹心のビートが顔を出す。
「お頭、そろそろ時間でさ。黒牙の大将が、イノシシどもを早くけしかけたがってやすぜ」
「わかった。ビート、黒牙の野郎どもにはちゃんと伝えてあるな?」
「へい。お頭の仰せのままに。でも、わしらはともかく、黒牙の兵隊はオークですぜ。あのアゴデカ連中に我慢ができますかね」
「我慢させろ。もし犯ったやつがいたら、次の相手はオークになるぞ」
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