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明治のままの無鄰菴では、酷暑と極寒は、実は「価値」。

書いてる人
平野友昭(ひらの ともあき)
植彌加藤造園株式会社 指定管理部 無鄰菴スタッフ

 
私の所属する指定管理部は、京都市所有の国指定名勝・無鄰菴を指定管理者として管理運営する部署に当たります。私自身は、一スタッフとして、イベント運営、ガイド解説などの仕事やボランティアスタッフの育成などを主な仕事として担当しております。

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 今でこそエアコンが世に普及していますが、初めて無鄰菴で仕事に携わったとき、ご見学いただける各部屋にはありませんでした。エアコンは昭和40年代に普及が始まり、当然無鄰菴ができた当時は皆無で、熱中症は霍乱という言葉で少なからずかかる人々は存在したと思われます。少しでも暑さを凌ぐために、当時の家屋は冬の寒さを我慢してなるべく風通しの良い、放熱性の高い構造で作られていましたが、現在の普及している家屋はエアコン使用により、密閉性が高まり、室外機の温風が都市の気温を上昇させる結果となっています。時代が変わり木造建築から快適さを求められる形となっていったんですね。

夏の暑さを和らげる方法として、風の動きを家屋に取り込む仕掛けが無鄰菴にはあります。窓のスペースを大きくして風を取り込み、風の通り道としての坪庭などがそれにあたります。山の麓に家屋があり、また玄関から坪庭を抜けて10畳間に風が通り抜ける際、風に揺れる笹の揺らめき葉の擦れる音により涼をとっていたと考えられます。

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 ●坪庭と植栽は涼を感じられる場所

 また光の射し込みで周囲の明暗により静寂さがまた清涼が感じられる場所に見えます。そよ風とともに聞える葉音は、部屋の奥までは届かないですが、目で涼を感じるものとして大切な存在です。各部屋の窓に近づくにつれ、庭園内の流れが際立ち、ここでも涼が感じられる場所です。瀬落ちの水音をより際立たせるために、作庭家の七代目小川治兵衛は手水鉢を半分に加工し、横向けに設置したため、流れ落ちる水音が空洞部分に反響し、音がより強調される工夫が成されています。滞留する水ではなく、動きのある水の流れの構成、瀬落ちの視覚などを含めて実は涼の取り込みが細やかなところでされているのです。

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●瀬落ちの空洞部分により音がより強調される仕組み。

 酷暑を感じているのは人間だけでなく、動植物も同じです。当時は定かではありませんが、少なくとも訪れる野鳥の種類と個体数は増加したように思われます。人間と違い汗線が無い野鳥たちは酷暑下でセーターを全身にまとっている状態です。園内には小鳥も活動できる浅瀬があるため、水浴びで羽虫や汚れを落としつつ、身体を冷やすために利用されています。園内に生育している苔たちは乾いた土壌と熱い空気によって取り込んだ水分を逃さないように身体をすぼめて暑さに耐えています。明治の頃は夜露・朝露・朝霧によって空気中に水蒸気が漂っていましたが、現代ではそれがほぼ皆無となり、苔たちは雨や夕立がくるまでじっと耐え凌いでいます。長期に渡り自然の力に任せて、暑さを耐え凌ぐことができた強い生命力の苔だけが、庭園内では生育しています。涼を取り入れることは生き物たちにとってもありがたい環境の場所提供にもなっているようです。

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●暑さの回避に飛来する野鳥たち/カワラヒワ

 その一方で、冬季は現在よりも降雪量も多く、寒さも厳しかったと思われます。夏の涼を取り込む家屋の構築を優先し、寒がりでもあった施主の山縣有朋は冬の無鄰菴滞在時に、洋館2階にある黒い暖炉から離れなかったといういわれがあります。ちなみに無鄰菴での冬の過ごし方として、寒がりの私は今でも極寒と感じ、衣服を多い時で8枚、ズボンは2枚履き、靴下も厚手の生地を2枚重ねて凌いでいます。エアコン、ホットカーペット、ストーブが備わった無鄰菴。私が来た頃には暖をとるものがなく驚き、イベント開催時や来場者のカフェスペースも肌で体感しましたが当時は本当に耐えしのいでいたのかという事、その中で寒さを回避する工夫などがとられていたのではないかと感じました。

 日本には四季があるので、冬季は特別な景観が垣間見れ、春の準備をしている植物の様子、霜に照らされる斜陽の銀世界、積雪の白景色などが見られます。いずれも自然の織り成す芸術作品は、作庭完成から続く景色として現在に引き継がれています。人の手によってお庭を管理され続けている無鄰菴は、昭和26年に名勝庭園に指定され、面影や建築の姿が当時のまま残されている貴重な場所でもあります。是非その姿を来場時にお楽しみいただけたらと思います。

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●積雪時の無鄰菴庭園(年々積雪の景色が少なくなってきました)

 次回は、指定管理部 太田から「繁忙期と閑散期の入場者数のばらつきを改善する取り組み」といった内容について掲載する予定です。

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