ジャズと私

そもそも何故ジャズを練習しているのか。
遡ることかなりの年数。まだ未成年のころだったはず。

テレビでミスチルか何かのライブ映像が流れてきて、キーボードがプロデューサーの小林武史だった。
そこで聞いたことのない音の組み合わせの伴奏が耳に入ってきた。
今思うとポップスのコードの合間にブルーノートを挟んでいたんだと思う。
当時は三和音のコードしか知らなかったのでテンションノートの緊張感に妙な大人の雰囲気を感じたのを覚えている。

なんだ、これ。
多分ジャズ的な何かだろう。

幼いながらに初めてジャズを意識した瞬間だった。それからどうすればあんな洒落た伴奏ができるのか試行錯誤が始まった。

インターネットもまだ一般的ではなかった頃なのでヒントは「ジャズ」というワードと本屋に偶然あった教則本のみ。
学校のジャズ研に突撃してどうやればあんな風に弾けるのか聞いたりもした。
答えは「メジャースケールを覚えろ」だった。

ペンタ一筋の自分には二音足すことで世界は変わっていった。
しかし、あのジャズっぽい何かとは違うことはすぐに分かった。
もっと濁っているのだ。

不協和音との出会いである 笑
もっと外人みたいな音が出したいのだ。

今ならばGoogleを駆使して答えに辿り着けたかもしれないが、当時はそうではない。
私が導きだした解決策は、アメリカに行こう!
だった。

アホすぎる。

ジャズの国に行けばおしゃれな伴奏ができるようになるはずだ!!

あれから月日は流れ。
今日もジャズと向き合っている。
間、諦めたり逃げたりもしたけれど、常にジャジーな伴奏への憧れは自分の中に残り続けた。

これは人生を賭けた課題なのだ。
大袈裟だけれどもそうなのだ。

やればやるほど下手になるような錯覚を覚えさせる厄介な相手だけど、
もはややるしかない。

幼き日の小林武史の伴奏の呪いを解くためには、ジャズを行けるところまで極めるしかないのだ。
おそらくあの日聞いた伴奏音は今なら弾けてしまうだろう。

しかし、もう遅い。
沼にハマってしまった以上とことん練習するしかない。

長い付き合いになりそうだ。

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