かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page3】
一、ありさの家出 ③
5時間ほど前、ありさは帰宅したみちるに高校を辞めたいと言いだし、喧嘩になっていました。
理由を言ってもその程度は我慢しろと言われ、中退すればいいことはないと、先輩ぶった話を聞かされ、就活がうまくいかないと不機嫌になるから、なるべく邪魔しないように気を遣い、静かにしていたのに。それなのに進路の希望も聞いてはくれず、なにかにつけて私のすることを否定する……そんな思いが噴き出して思わず
「いいよもう!あたしはあたしなんだから!お姉ちゃんとは違うんだから!あたしだってお姉ちゃんの勉強を邪魔しないようにずっと我慢してきたのに!就職が決まらないのはあたしのせいだって言いたいわけ?どうせ邪魔なんでしょ!そんならもう一緒になんか住まないよ!ちゃんと退学願いの用紙ももらってきたから!これで、お姉ちゃんともあんな学校ともさよならバイバイ!」
それを聞いてカッとしたみちるは
「そんなら好きにすれば?あんたはいっつも、あれは嫌い、これはいやだ、あの人はどうだこうだって……。明るいと寝れないとかいうから気を遣って部屋の電気は消して机のスタンドだけにしてたのに、朝、寝れなかったから体調が良くないとか……。いっつも、どこが痛いとか、調子悪いとか、気分が悪いとか、そのたびに薬を買ってきてあげても、薬を飲むとかえって具合が悪くなるとか、ぐずぐず言って……。あたしだって一人の方がせいせいする!勝手に出て行けばいいじゃん!」
とみちるに言われ
その辺にあった衣類をバッグに詰め、ドアを思い切りバーン!と閉めて廊下に出ると、そこには驚いたような顔の裕太がいましたが、声もかけずに出てきてしまったのでした。
速足で駅に向かい、とりあえず来た上りの電車に飛び乗り、ドア際に立ってドアが閉まるのを確認してから、空いていた席にズン!と腰を下ろしました。
イヤホンをつけ、好きな音楽をかけ、しばらくは暗くなっていく窓の外の景色を眺めていましが、ふっと顔を上げ、立ち上がり、電車の停車駅の表示を見て、指で追い、行き先を確認しました。
(ああしまった!幡ヶ谷に行くときは大宮に行くんだった。いっつもお姉ちゃんと一緒だったからよく覚えていなかった。でも乗り換えに気をつけて地下鉄使えば、なんとか行けるかな……)
ケータイで乗り換え案内を確認しました。
(やばい、バッテリーが少なくなってる。うちで充電しておくんだった。おじさんの家に着いたらさせてもらおう)
いくつか乗り換えをし、なんとか幡ヶ谷駅に着き、そこからは割とわかりやすい道だったので、ありさは叔父のアパートに着くことができました。けれど、ドアフォンのボタンを押しても、返事がありません。
「おじさん、ありさです」何度かボタンを押しましたが、出る気配がありません。
(おじさん、いないのか。もしかしたら夕飯食べに行ってるか、買い物かな)
ありさは叔父さんのケータイ番号もアドレスも知らないのでした。叔父さんと連絡を取るのはいつも姉のみちるだったから。帰るのを外で待っているのも周囲の人に見られているようでなんだか気まずく、自分もおなかが減っていたので、来る途中にあったファミレスで待つことにしました。
ファミレスでは若いカップルや子供連れの家族などが何かしゃべりながら楽しそうに食事をしています。それを避けるように隅の席に座り、メニューを見ましたが、なんだか食べたいものがありません。結局アイスココアだけ注文し、バッテリーの少なくなったケータイの連絡先を開いて見ていました。叔父さんの電話番号をみちるに聞くかどうか迷っているとき、その下にあるミズキの連絡先に目が留まりました。
(そうだ、ミズキちゃん、青梅市だって言ってた。市だから東京じゃないって思ったら、青梅も東京なんですって言って笑ってた。青梅ってここから近いのかな……。このままおじさん帰ってこなかったら、そのときは……)
「ねえ、君。待ち合わせ?おれたちさ、これからカラオケ行くんだ。一緒に行かない?」
突然、テーブルの前に立った2~3人の若い男が声をかけてきました。
「あの、私、これから行くとこあるんで」
ありさは即座に立ち、伝票をもってレジに向かいました。
外に出ると、またその男たちが追ってきて、
「ねえ、待ち合わせの相手来なかったんでしょ。いいじゃんちょっとだけ行こうよ。家には送って行くからさあ。うちどこなの?」
ありさは思わず
「青梅です。もう帰りますから!」
「おうめぇ~!ひょほ~!そこってここの地続きなの~⁈今日中に帰るのはムリムリ~。いいから行こうよ~!」と一人がありさの肩に手を回して来ました。
その手を振りほどこうと上げたありさの手を、うしろから誰かがぐいとつかみ引き寄せて
「悪いけど、この子は僕の連れなんだ。待たせたてごめん、さあ早く帰ろう!」
男の人がありさの手を引き、走り始めました。ありさは一瞬叔父さんが迎えに来たかと思い、腕をひかれるままにいっしょに走りましたが、なんだか違うという気もして、はっきりと顔が確認できないまま、とにかくこの場を離れるために走っていました。
100mほど走ったところに駐車場があり、男はその中の一台の黒色の車のドアを開け、ハアハアと息をしているありさに早く乗るよう促しました。そのときにはこの男が叔父さんではないことがはっきりとわかりましたが、ありさは躊躇なく車に乗り込み、男は車を発進させました。
一、ありさの家出④ に続く
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