台所ぼかし

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page20】

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四、ありさの決断 ①

 採れたておろしたてのワサビは絶品でした。ミズキとその両親、ありさ、みちる、ハルの六人の手巻き寿司パーティーはとても和やかで楽しいものになりました。

 けれども食事が終わり、リビングでお茶を飲み始めたころにはミズキは今にもありさを連れて帰られるのではないかと思い始めていました。先ほど川で、みちるが十数年ものあいだ閉じ込めていた心の蓋が開き、あふれだしてくる思いをありさが受け止めたのを目の前で見たからでした。

(やっぱり家族の絆は切れないもの……しかたないや)

 そのとき、意外にも転校には慎重だったはずのミズキの父がこう口を開きました。

「保育士を目指すにも今の高校でなくても大丈夫だし、高校そのものや通い方にもいろいろな道筋があるから焦らなくていいさ。ここで暮らして八木原先生のアドバイスを受けながら、一番合った道を探してみてはどうかな。そりゃ贅沢はさせられないけど、もう一人娘がいると思って、生活はやっていけますから。ありさちゃんが望んで、お姉さんがそれでよければ」

ミズキは思わず大きく目を開き父の顔を見ました。

(お父さん、さすが……)

 ありさは顔を上げて、みちるとハルの顔を交互に見ました。自分が何か返事をしなければいけないと思いながらも、みちるかハルが何か言うのではと思ってにわかには言葉を発することができないのでした。でも、二人とも黙っています。

(ミズキちゃんのお父さんも二人もあたしが返事をするのを待っているんだ……)

「あの……何から何まで……ほんとすみません。ありがとうございます!保育士になりたいって思ったのは本当です。ただ、自分がどうしたらいいか……まだわかんなくて……みんなに心配かけて……やらかしたのは自分のほうなのに……」

 誰かが何か言うかとまたちょっとの間をおいて、それでも誰もものを言わないので

「あの……一週間……すごく長かった気がするんですけど……でも、まだ一週間なんで……どうしてここに来たか、ちゃんと向き合ってみないと……前に進めない気がして……」

 戸惑う様子のありさを見てミズキの父は

「ああ、すぐに決めなくてもいいんだよ。それに、うちの養女にするというわけじゃないからね。家賃のいらない下宿みたいなもの。まあ、緊急避難的措置というのかな、平たく言えば……困難なことに立ち向かうより、楽に進めるほうを選ぶのも手だということだよ」

 ミズキの父の言葉を受けてハルも口を開きました

「ありさたちはさっき出かけていて聞けなかったと思うけど、心療内科の八木原先生が言うにはありさが家出した日の夜の出来事よりも、高校の友人関係のトラブルが原因なんじゃないかって。まあ、担任の先生のこともあるだろうけど、教室の中に居場所があれば、先生のことはそんなに問題ないしね……。この前の木曜日、ゆいちゃんて子、ありさの友達がうちに来てね……なんだかカーストだとか、上とか下とか、変なこと言ってたよ。しおりって子?もう一人の友だち……家に自分の居場所がなくて、学校ではそのうっ憤を晴らしているのかね……ありさを無視したり、LINEで悪口言ったり、ゆいって子に命じて退学願いの用紙を机に入れたりしたんだね。そう言ってるゆいって子も親が離婚して母子家庭で、いろいろ大変そうだったよ。そう考えると、担任の先生だって、職場ではどういう扱いを受けてるかはわからないね。あの学年主任を見る限りでは……職場の雰囲気もよくなさそうだね。そういう中に今あえて戻るのか、一度リセットして新しい環境でやってみるのか……どっちがいいかなということ。それはありさが決めること。すぐには返事できないかもしれないけど、一週間前、行動を起こしたときの気持ちを振り返ってみるのもいいかもしれないね」

 それを聞いていたミズキは自分は発言できないものの

(そんなところに戻ることないよ、ありささん……うちにいてくださいよ……うちから別のところに行きましょうよ!)

 ありさの顔をみつめて心で叫ぶのでした。

  四、ありさの決断② に続く

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