台所ぼかし

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味【Page14】

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三、奥多摩で ②

 夕方、ミズキは息を切らして帰宅しました。

「ありささん、ただいま~!ありささ~ん!」

部屋に行っても、リビングにもどこにも家の中にありさはいません。

(えっ?まさか……やっぱり、家にいればよかった)

外に出て近くをうろうろしましたが、思い直し、家から内線で診療所に電話しました。

「あの、あの、ありささんがいないんです!」

 電話に出た陽子は

「ああ、こっちにいるわよ。お手伝いしてくれてね。もう戻ってもらうわね。それから私はもう少しかかるから、カレー作ってあるから温めて二人で食べてね。昼間ありささんにも手伝ってもらって作っておいたの」

 すっかり気が抜けてへたり込んだミズキでしたが、気を取り直し、よいしょっと立ち上がり、部屋へ行こうとするところにありさが戻ってきました。

「おかえり!ミズキちゃん!」

「もう、ありささん、心配しましたよ~!」

「ごめんごめん、家出したと思った?」

「そうですよ~!」

「あはは、家出はミズキちゃんのほうが先輩だもんね。あ、それからさあ、あたしに敬語使わないで、ミズキちゃん。歳はあたしのほうが上だけど。さん付けだとなんかちょっと……タメ語にしてくれない?ありさでいいよ」

「わかった、ありさ。そうだ、えっへん、私は家出先輩……ってなんだかこれもへんじゃないですか?」

「あはは、ウケる~、家出先輩って!」

「あ、そうだ、今日、帰りにえんどうのおばちゃんにお団子もらってきたの。一緒に食べよう、ありさちゃん」

 ミズキの部屋には帰ってきたときに投げた荷物が放り出されていました。床に落ちている買い物袋の中の包みを開けると、茶屋えんどうの名物の甘辛い味噌のお団子と、あんこのお団子が五本ずつ入っていました。茶屋えんどうは昔は街道の茶店として旅人向けに営まれていたのですが、ミズキの小さい頃は駄菓子屋さん、最近は食料品や雑貨など、近隣の人が買い物に立ち寄る店になっていたのです。それでも昔からのお団子だけは生地や味噌やあんこすべて手作りにこだわって作り続けて、人気商品なのでした。

「あ~、美味しそう!あたしお団子大好き!」

 二人は床にぺたりと座り込んでお団子をほおばりました。

「ねえ、ありさちゃん、お姉さんには敬語で話すの?」

「まさか~、みちるとはタメ語」

「名前も呼び捨てなの?」

「うん、お姉ちゃんって呼ぶときもあるけどね。けんかするときはテメーっていうこともあるよ」

「ええっ!テメー?すごい!どんなけんか?」

「だいたいは口げんかだけど、ときどき、手も足も出る。あたしが中学の時は取っ組み合いもあったなあ。プロレスみたいな。でも、高校に入ってからは、ていうか、お姉ちゃんが就活で忙しくなってからはあんまりしてない」

「え~、プロレス?想像できない!ケガとかしないの?」

「うん、それが、ケガはしないんだなあ、不思議と。あざ作るほどはやんないし、絶対に顔には手を出さない」

「それって、ストレス解消のスポーツみたい」とミズキに言われ、

「ああ、そうかもしんない。最近してなかったからストレスたまってたのかも」と笑いながらありさも納得しています。

「いいなー」

「ミズキちゃんは一人っ子だもんね。家にいるときは何してるの?」

「今はたいてい絵を描いてるかな。学校でちょっと面白いことがあったときとか、誰かがこけたりして……あはは、あと、先生が怒った時の顔とか……その場で描いてると変に思われるからうちに帰ってから思い出して描いたりとか」

「え~。人を描くのって難しくない?ねえ、描いたの見せて!」

「いいですよ。でも乱雑に描いてるから、なんだかわかんないかも」

 ミズキは机の上のスケッチブックをありさに渡しました。ぱらりぱらりとめくってみたありさは

「なにこれ!すごい!全然わかんなくない!上手いよ、みずきちゃん!」

 そして何枚か見たあと、手を止め

「あ、これハルさんでしょ。なに?泣いてるの?」

「あ、それはこの前の土曜日、薪能をいっしょに見たとき。『隅田川』見終わったハルさんのほう向いたら、涙がツーってなってたから、すぐに描いたんです」

「こういうのぱっと描けちゃうってすごいよ。写真じゃないんだから」

「あー、私は写真撮らない代わりに頭の中をカメラみたいにしてるっていうか、写真みたいに記憶しておいて、あとでそれを紙に描くことよくありますね」

「ねえ、ミズキちゃん、天才じゃん!将来は画家になるんじゃない?」

「わかんないです。高校は美大の付属に行けば?って先生はいうけど。あ、そうだ、ありささんの絵もあるけど、見ますか?」

「え~、ほんと?どれどれ?見せて~!」

 ミズキは机の上の別のスケッチブックを出してきて見せました。

「これは夏に春日部に行った時の絵。家に帰ってから描いたんです」

 そこには浴衣を着て友達二人と歩いているありさの絵が描かれていました。

「ありさちゃんとお祭り見に行ったでしょ。その時の絵。浴衣のありさちゃん、すごくステキだったなあ。そのあとわたしが別行動しちゃって……あはは、あのあと見た幽霊みたいのは次のページ。それ描いたときも、今見てもちょっと怖いんですけど……」

 ミズキは7月にスカイツリーに行こうとして春日部に着いてしまい、ハルの下宿に迷い込み、ちょうどその日がお祭りで、ありさといっしょに祭りを見に行って、別行動したらまた迷ってしまい、幽霊のようなものを見たことを思い出していました。

 ありさはさっきまでは一つ一つの絵に感心してコメントしていたのですが、なぜか自分と友達が描かれた絵には何も言わず黙ってしまい、すぐに別のページをめくってしまいました。その様子を見たミズキは慌てて

「あっ、あっ、リアルのありさちゃんはもっとかわいいのに、ごめんなさい!うまく描けなくて」

 我に返ったようにありさは首を振って

「ううん、ほんっと!ミズキちゃん上手いよ!いいなあ、こういう才能があるって」

 そのとき、廊下から陽子の声がしました

「ありさちゃん、ミズキちゃん、ご飯まだ食べてないのね。一緒に食べましょう!」

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