台所ぼかし

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page18】

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三、奥多摩で ⑥

 ゆいは言葉を選びながら、断片的に話していきます。

「あ、あたしもほんとはここに戻ってBBQ食べるって思ってたんですけど……途中でしおりが松田にLINEしてて……あ、松田ってクラスの男子ですけど……来るって返信が来て……クラスが違う男子が一緒に来るって……ありさを紹介してっていう男子で……それからミズキちゃんが別行動になって……ありさは来たけど、松田たちに会ったらすぐ……ミズキちゃんが心配だから帰るって……松田たちとしおりとあたし、とり残された感あって……ちょっと歩いたけど、松田たち、もう帰るって……ほんとはしおり、松田ともう少し一緒にいたかったと思うけど……だからありさのこと、ちょっとむっとしたというか……」

「あらあら、しおりちゃんは松田って子のこと好きだったのかな」

「あ、はっきりは聞いてませんけど……たぶん……しおりとあたしは小中といっしょだからなんとなくわかるっていうか……」

「そうなの。親友なんだね」

「でも、あの、中学の時は普通に仲が良かったけど、今はちょっと違うっていうか……しおりが高校に入ってから変わったっていうか……」

 何か奥歯にものが挟まったようなすっきりしない話し方でしたが、ハルはあまり口を挟まずに聞くことにしました。

「変わったっていうのは何かあったのかな?」

「たぶん、家のことだと思うんです……しおりのお父さんはしおりが小学生のころからけっこう勉強にうるさくて、中学はお父さんが薦める中高一貫に行くように言われてて……しおり、お父さんに褒めてほしくて頑張ってたみたいだけど、落ちちゃって……お父さんにダメだなってがっかりされたって……それであたしと同じく地元の公立中に行くことになって……それでも勉強は頑張ってお父さんに褒めてもらいたいらしくて……成績が悪いとお父さんがお母さんにまで『お前がだめだから』っていうから、お母さんのためにも頑張らないとって……。ちょうどそのころうちの両親が離婚してあたしはママと暮らすことになって……ママが夜遅くまで働いて高校までは出すっていうから、ママのためにもがんばらないとって思ってたから……しおりとあたしはお互いに励ましあう感じで……でも、しおりの弟が今年、お父さんの希望の中高一貫校に受かって、それからはしおりのお父さんもお母さんもしおりは眼中にない感じで、家にいても自分は空気みたいって言ったことあって。それからしおりが変わってきた気がする……」

「そうなの。それはつらいね。どんなふうに変わった?」

「う~ん、うまく言えないけど……人を下に見たがるっていうか……。あくまでも自分は上っていう立場にいたいというか……入学式で担任から注意されたありさをかわいそうだねって言って……そのあと両親がいない話を聞いてかわいそうな子だから友達になってあげようよみたいな感じで……ありさが先生に何度も注意されてぼやいてるときには『先生ともっとうまくやりなよ、反抗的だと思われちゃうから』ってアドバイスしたり……でも、ありさは言いたいことはズバッと言っちゃうし、男子も何となく集まってくるし……気に入らないところはあったと思うけどそれでも『気をつけなよ』って余裕を見せる感じでいたのが……あのおまつりのことで、キレたっていうか、態度変えちゃったっていうか……」

「友達付き合いをやめたわけ?」

「まあ……LINEのアカウント変えて、あたしにも変えろって言って……学校ではこっちからはほとんどしゃべらない……ありさが何か言ってきたら軽い返事だけ。ありさが休み時間とかに『あ~、学校やめて~』っていうと『やめればいい』ってあたしにLINE送ってくる。どこかから手に入れた退学願いの用紙をありさの机の中に入れといてやれって……」

「あ~、それがみちるに見せたっていう退学願いの用紙なんだね」

「あの……ありさは退学届を出したんですか?」

「ううん、出してないし、コピーじゃ受け付けないらしいよ。この間、学校に行ったとき、教務の先生が言ってたもの」

 それを聞いてほっとした様子でゆいは

「あの、自分は悪くないって……しおりが。ありさが退学したいっていうから用紙あげただけ、自分は悪くないっておうちの人に会ったら言ってほしいって、しおりが……ありさの様子も見てきてって……しおりが言って……」

「そう。しおりちゃんに命じられて来たってわけ?でもさ、ほんとはしおりちゃんもあんたも心配になっちゃったんでしょ?」

 ゆいはちょっとの間うつむいて黙っていましたが、きっと口を結んだ顔を上げ、そしてゆっくりと口を開きました。

「あたしは……しおりの気持ちわかります。あのおまつりの日、ありさちゃん浴衣着てた。そこらのスーパーで売ってるようなのじゃなくて、大人みたいなステキなの。すごくかわいかった。かわいいねって言ったけど、正直、ちょっと悔しいっていうか……あたしもしおりも親に浴衣着せてって言えるような状況じゃないし……ありさちゃん、いろんな人に囲まれてて楽しそうだし……BBQとか……下に見てるはずの子にそういうとこ見せられると……」

「あのさ、友だちの間で上とか下とか、なんだろねえ」

 ハルはわからんという顔で腕組みして斜め上を見上げました。

「カーストっていう人もいるけど……クラスの中の序列みたいな、そういうのはどうしてもできちゃうんです。だから自分は最下層にはなりたくないから、自分より下を作って安心するっていうか……あたしもありさがいなくなると……あたしより下が……」

「はあ~?わかんない。あたしにはわかんない。けど、今どきの高校生が大変なんだなってことはわかる。疲れるでしょ?おうちでは辛かったり、我慢してたり、学校では上だの下だのって……ケンカはあってもいいけどさ、対等にやりあったり、また仲直りしたり……そういうのが友だちなんじゃないの?それにさ、浴衣着てるくらいで上も下もないよ。あんたが着たいときはいつでも着せてあげる。誰かと一緒にご飯食べたいときはいつでもここにおいで!それから、学校に行くか行かないかはありさが自分の問題として決めなきゃいけないこと。あんたはそれは心配しなくていいよ」

「そうですね。あたし帰ります。ごちそうさまでした」

 ゆいは立ち上がり、一礼して帰っていきました。

  三、奥多摩で⓻ に続く

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