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店を決めないと決めた男

知恵袋なんかでよく、「デートの度に私がすべてお店を決めて、彼は絶対にお店もメニューも決めません!」なんて悩みが投稿されているので、おそらくこれは結構な数の女の人が感じている、「どうでもいいけれど、見逃せないポピュラーな悩み」なんじゃないかと思う。

そういう男に限って言うのだ。「場所なんてどこだっていいじゃないか、大事なのは二人で過ごす時間だよ」と。仰る通り、その通り。だけれども、現実問題として、その「大事な時間」を外で過ごすのなら、どこの店に入るか決めないといけないでしょ、駅で何時間も突っ立ってるわけにはいかないでしょ、ということなのだ。おそらく多くの女の人は、本当に好きな男の人となら、別に場所はどこだっていいんです。誕生日やらクリスマスやら各種記念日ならいざ知らず、普通のデートなら、居酒屋だっていいんです。ただ、どこの居酒屋に入るか、え?天狗か?養老乃瀧か?和民か?わたみんか?和民ダイニングか?それを決めないことにイライラしてるだけなんだけど、これが意外に通じない相手が多い。

まだ私が20代のうら若き頃、それが理由で相手をイヤになったことがある。当時、彼が私のことを気に入っているというのは、周囲の友人も含め皆が認めていたことなので、おそらく実際にそうだったんだと思う。そして、彼は初デートに誘って来た。しかも、私が共通の友人女子数名と一緒にあげたVDの超・義理チョコのお返しとして、ホワイトデーにご飯を食べに行こうと提案してきたのだ。これは今思っても、結構粋な感じ。こっちは複数の女の子と義理でVDというお祭りに乗っかっただけなのに、相手は自分だけにお返しをしたいって言うんだから。明らかに他の女の子と君は僕の中で扱いが違うんだよ、っていう意思表示を感じて優越感をくすぐられ、私は、キタキタ!と、満更でもなくOKの返事をしたのだ。

なのに…。「そっちが誘って来たんだから、行ってあげてもいい」というテイで臨む気満々なのに、あれ?当日になっても全く連絡なし。ついに時計は17時を回り、このままだと、あと1時間ほどで定時を迎えてしまう。その時点で私のイライラは頂点に達し、キーボードを打つ手の強さも激しさを増し、隣の席の男子に奇異の目で見られ始める。私は何時にどこへ行けばいいのだよ?と。だが、その時点では、まだ怒るのは早い、と気持ちを建て直した。何故なら、女に慣れ、モテている男の中の何割かは、ギリギリまで女を焦らせておいて、最後に超短文のメールで「19:00。赤坂の割烹○○で」なんてメールを寄越すことが多いからだ。この、全く無駄な情報がない簡潔なメールほど、女をトキめかせるものがあるだろうか。いい男ほど仕事が忙しいのは世の常、だから連絡がギリギリになるのも仕方がない、でも私との約束を忘れてはいなかった!というあの感じ。しかも、貼られている食べログのリンクから店舗情報を見てみれば、赤坂って言ったって、外堀通り沿いなんかじゃなくって、ちょっと分かりにくい裏通りにあって、しかも予算「7,000円~8,000円」的な、もしもご馳走になっても、「ありがとう!」と明るくお礼を言えばいいかなという、絶妙な価格設定。そして素っ気ないメールとは裏腹に、会えばとっても至れり尽くせり……これ百点。

さて、17:30になっても連絡なし…。その時点で、私の考えは二択に絞られた。①彼は今日の約束を忘れている②私を好き過ぎて、迫り来るデートに怖気づいている。

正解は、③彼が知恵袋に相談されるような、店を決められない男だったから、でした。17:45の時点で私はついにしびれを切らし、メールを打った(試合に負けた)。「今日、約束してるよね?何時にどこへ行けばいい?」と。そうしたら、10秒もしないうちに返信あり。「今日よろしくね。どこが出やすい?」と。「出やすい」……?お互いオフィスは都心にあるし、どこでも出やすいし!この時点で私は失望を隠しきれなかった。もしも彼が今日のデートに、ひとかどの気合いを入れてくれているのなら、とっておきのお店を予約して案内してくれるだろうと思っていたから。別に高いものをご馳走になりたいわけじゃない、これは本当にそうなんだけど、ノープランで臨んで来るというのは、かなり軽んじられた感じ。

まだ若くて傲慢だったこともあり、私は決めた。「彼が指定するまで、私はオフィスの席を絶対に動かねえ!」と。そしてこう返した。「どこでも飛んで行くよ!」と。以下、彼とのメールのやりとり。

彼:「オフィスはお互い便利なところにあるもんね。じゃあ、帰りやすいところでいいよ」私:「帰りの心配ありがとう。でもほんとにどこでも大丈夫!」彼:「何線がいいとかある?」私:「何線でも平気なので、ご指定の場所に行きます」彼:「うーん、あえて言うと、西側?東側?」私:「西側かな」彼:「西側っていうと、どの辺りをイメージしてる?」私:「六本木とか、青山とか?でも、本当にどこでも平気なので」彼:「六本木と青山だったら、どっちがいい?」私:「どっちでもいいよ」彼:「六本木か青山で、どっかいい店知ってる?」

この時点で、私のイライラは、先ほど登りきったはずの山の頂点の更に頂点に達したのだけど、とりあえず「六本木のアマンドの前」という場所まで私が指定し(再び試合に負けた)、19:00過ぎにアマンドの前で無事に落ち合いました。その後の展開は推して知るべし。満面の笑みで登場した彼は、悪びれもせず「さて、どこ行こっか?いいとこ、知ってる?」と。だからよ、いいとこ……って?こうなったら「ああ、知ってるよ!」とか言って、瀬里奈だのキャンティだのに駆け込むという手もあったが、虚空を見つめながら「知らない」と言ってみた。

そしたら、まさか、まさかの返し。「知らないってさ、六本木がいいって言ったの、そっちだよぉ?どこか、いいとこ知ってるのかと思ったよ」って。今だったら、その時点で「お腹痛い」と顔を歪めて無理矢理に退散するところだけど、当時の私はそうもいかず、外人まみれの六本木通り沿いを、あてもなく歩き、もう覚えてもいない、どうでもいいダイニングバーみたいなところに入った気がする。そこで彼と何を話したかは全然覚えていないし、好意を示されることもなかった。妙に甘ったるいピニャコラーダの味と、VDのお返しだったはずなのに、割り勘(4,000円とか)を要求した彼の表情だけを覚えている。

そして、彼も何かを感じたのかもしれない。それっきりデートをすることもなかったけれど、最近、Facebookで、彼が奥さんと子供と一緒に楽しそうにディズニーランドに行っている写真を偶然目にした(共通の友人が「いいね!」したばかりに)。この日の行動を決めたのは、やっぱり奥さんなのか?それとも、あれから幾歳月……大人になった彼が「明日はディズニーランドに行くぞ!」と決断出来たのか、とっても不思議な気持ちで画面を見つめたよ。                      


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