暇はいいものだ
ここ数か月、暇や退屈について考えてきたが、この頃特にこう思う。
暇はいいものだ、と。
大袈裟にいうほどのことでもないのだが、自分にとっては発見だった。暇をいいものだ、と思えるようになるまでに時間がかかった。凝り固まった思考から抜け出すことができて、今は気分が少し楽だ。
暇とは何か。
それは、今すぐにやらなければならないことがない状態だ。やらなければならないことによって急き立てられることがなく、心に余裕がある。気の向くままに過ごすことができる。
こうして暇について言葉にしてみると、やはり暇はいいものだ、と思う。
では、なぜ暇をいいものだと思えないのか。
それは「やらなければならないことがない」ということを悪いと見なす価値観があるからだ。暇をいいものだと思えないことの背後には、「人生の充実には、やるべきことが必要だ」という考えがある。そう考える人にとって暇は、やるべきことを失った退屈な時間なのだ。
退屈という言葉。これについても考えたい。
退屈とは、暇な状態によって生まれる否定的な感情だ。退屈は、楽しさの対極にある感情だと多くの人は思っている。簡単にいうと「つまらない」だ。人生において楽しさこそが善という、現代で力を持つ「楽しさ至上主義」も手伝って、人は過剰に退屈を嫌う。
退屈のこの悪い印象に引き摺られて、暇もまた、よくないものだと思われがちだ。
これは、「やらなければならないことがない」ということを肯定的に考えるか否定的に考えるか、という話だ。否定的に考えると、それは退屈になる。しかし逆に、暇を肯定的に考えることもできる。
暇をいいものだ、と思えなくさせているのは、退屈を恐れる気持ちである。またそれは「人生の充実には、やるべきことが必要だ」という価値観でもある。やるべきこと = 理想を持って生きることと、理想を持とうと無理をすることは全く違う。現代の多くの人は、理想を持とうと無理をしているように思える。
理想を持とうと無理をするのは、実は不安があるからだ。退屈という感情は、この不安のことでもある。やるべきことを持っていない自分は駄目だ、という思いがあり、そう思わせる世間の価値観がある。
暇をいいものだと思えない人の多くは、不安との向き合い方がわからないのだと思う。暇ができると不安に駆られてしまうので、暇をなくそうとする。
そうして仕事や安易な娯楽などで時間を埋めていくのだが、それではいつまでも心に余裕を持つことができない。「忙しい」という漢字は心を表す「りっしんべん」に「亡くす」と書くが、忙しさの中で自分を見失っている人は多いと思う。
暇は、自分自身と向き合う時間だ。
だから自分を見失っている人こそ、暇を増やした方がいい。暇になれば、「人生の充実には、やるべきことが必要だ」という価値観から離れることができる。忙しさの中にいる人は、自分が信じている「やるべきこと」にしがみ付くが、それは「やるべきこと」を失って退屈になることの恐怖がそうさせるのだが、暇になってみれば、必死にしがみ付いていた「やるべきこと」など取るに足りないものだったことに気付くし、退屈も怖くなくなる。
先ほどいったように、やらなければならないことがない状態が暇である。やらなければならないこととは、やりたくないが誰かにやらされていることだ。つまりやらなければならないことが多い状態とは、他人に支配されている状態だといえる。だから暇は、他人による支配からの解放を目指している。
「やらなければならないこと」と比べて、「やるべきこと」というのは、しばしば人生の目的とか幸福、充実感とともに語られ、一見いいものに見えるから厄介だ。あるいは「本当にやりたいこと」という言葉が使われたりもするが、これらは結局のところその言葉によって自分を縛り付けているという点で、他人に支配されている状態と同じだ。
また、暇はいいものだ、という考えに反するものとして、「生産主義」とでもいうべき、何か価値のあるものを生産する人生であるべきだ、という考えがある。この観点からすると、暇は非生産的な時間ということになり、よくないと見なされる。芸術家や知識人への憧れがあるとこのような考えになりやすいが、これも自分を支配して身動きを取れなくする価値観の一つなので注意したい。
「やるべきこと」はないし、「生産的」である必要もない。
まずは暇になって、支配されている状態から解放されよう。
そうして気ままに過ごすことで、自分自身を知ろう。
逆説的だが、自分をよく知る人は、もはや暇を必要としない。自分をよく知る人とは、自分が心地よいと感じる状況、自分のよさが発揮される状況を理解し、そういう状況を作り出せる人だ。このような人は、自分の時間を生きているので、わざわざ暇について考えることはない。
暇そのものを生きているともいえる。このような状態が理想かもしれない。
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